☆☆ BB's Blog ☆☆ KV 2

ぼくの名前はBBです。「悪いヤツ」と呼ぶ人もいます。でも、犬には「いいヤツ」だと思われているかもしれません。これでいいのだ。バカボンのパパなのだ。ちなみに、バカボンもBBみたいですが、ぼくはバカボンとは別人です。

31 March 2008

Happy Birthday

きょうは吾が愛犬の誕生日である。11年前、1歳の誕生日が近づいたとき、ぼくはあの子に何を贈ろうかと思案したのだけれど、彼がいちばん楽しそうに見えたのは、公園でほかの犬たちと遊んだり、いろんな場所を探検しながら散歩することだったから、誕生日には終日、彼の好きな場所につき合うことに決めていた。

今あの子と一緒に過ごした年月を振り返っておもうことは、ぼくからあの子に与えた贈りもの以上に、ぼくのほうこそいつも彼から多くの贈りものを受けていたようにおもう。この世を去る1日前まで重病であるのに気づかなかったことを、ぼくはずっと後悔して自分を責めて来た。もしあの子が苦しむような病気になって、回復する望みがなければ、安楽死を選択しなければならないと、以前からぼくは覚悟しているつもりだった。彼は心臓の音が止まる直前まで、ぼくに希望を与えながら、最後まで安らかな表情のままでいてくれた。まるでぼくの覚悟を知っていたかのように。

最後の最後まで、あの子はぼくになんの苦労もかけなかった。ほうとうに、いい子だった。いつも楽しそうで、幸福そうで、あの子の姿を見ていると、いつもぼくは幸福の意味を確認できるような気がした。ぼくは「平和主義」という言葉を知っているけれど、あの子にはそんな言葉など必要がなくて、そのいのちが平和そのものであるかのように見えた。

内村鑑三は、悲惨なこの地上の現実を知れば知るほど、天国の実在がより明らかになるというようなことを書いていたとおもう。もちろん彼の信仰は、悲惨な現実から逃げるような厭世的信仰ではなく、正義をおこなう神の存在を確信する信仰であったからこそ、不正のはびこる地上にあって、いつも天国を見上げることができたのだろう。それは聖書を信じるキリスト者として当然の信仰におもう。

しかし、ぼくはもうひとつ別の方向からも天国の実在を信じることができるのだ。この地上は確かに悲惨な出来事が目立つけれど、そんな地上にあっても、天国の香りを漂わせるかのように生きている生命を、ぼくは知っている。動物や草花のような生きものたちばかりでなく、たとえば人間の作曲した音楽にしても、まるで天国から降りて来たいのちで輝いているかのような音楽がある。そのような美しい生命と出逢うとき、ぼくは天国を見上げることができるのだ。永遠のいのちを信じることができるのだ。

愛犬の12回目の誕生日。この地上では、もうあの子に何も贈ることはできない。だから、ぼくはただ感謝しよう。あの子にいのちを与えてくれた創造主なる神に。そして、この地上であの子に出逢えたことを。

今日のビデオ:Bach Menuet from French Suite
-- Anna

30 March 2008

日本の固有文化


ぼくも何気なく「判決を<下す>」という言い方をしてしまうけれど、考えてみると、ここにも日本の近代史の面影が見え隠れしているような気がする。裁判官なるものが何か高いところに座していて、しもじもの民衆に向かって仰々しく宣告しているような、そんな偉そうなイメージさえ想像できる表現じゃないだろうか。たとえ「畏れ多くも」という前口上が飛び出さなくても。

帝国憲法下において、しもじもの臣民はどういう扱いを受けていたか。たとえば、道を歩いていて消防自動車に轢き殺されたとしても、遺族に訴訟の権利はなかった。オカミの仕事に対して文句を言うことなど絶対に許されなかったのだ。患者が医療ミスで死んだとしても、帝国大学の医者に対してその責任を問うことは許されなかった。

太平洋戦争末期、米軍のB29爆撃機が日本国内に不時着し、その際に捕虜になった軍人のうち8人が、裁判も受けずに死刑を宣告された。その8人は九州帝国大学に移送され、医学部の教官たちの手で実験動物のように扱われ、生体解剖によって殺されてしまった。このようなことが平然と行なわれた背景には、単に「鬼畜米英」というスローガンだけでなく、帝国憲法下によって育まれた日本の固有文化がドッカリと根付いていたのだろう。

きのう登場してもらった櫻井よしこだけれど、あの系統の日本人は、日本国憲法の保障する権利と自由を批難しながら、まるで帝国憲法時代の日本文化にノスタルジーを感じているように見える。しかし、彼らは事実を知らないのだろうか。帝国憲法下、教育勅語などで育った世代のほうが、現代よりずっと凶悪な少年犯罪が多かったという事実を。

明治政府には、西洋先進諸国から見下されないことを願って帝国憲法を公布したような気配が見られるが、表面的にはいくら人権を尊重しているかのように見せてはいても、天皇に絶対的な主権を認め、神聖不可侵なる天皇からの恩恵として、しもじもの臣民にとにかく権利を認めてやったというのが、帝国憲法の規定する人権の意味だった。

第1条 「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」

第3条 「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」

まるで古代ローマ帝国を思い出させるかのような宣言が、1889年という近代において平然と公布されたとは、実に驚くべきことじゃないだろうか。英国では、当時、動物の権利を認めるような法律が議会を通過して、すでに半世紀以上が過ぎていたというのに。

しかし、それよりも驚くべきは、帝国憲法が公布されてから1世紀ほどの長い年月が過ぎた頃、このニッポンの文部省官僚が、教科書執筆者たちに向かって、帝国憲法と日本国憲法の違いを強調しないように通達していたという事実だ。一体、戦後この国のエリートたちにとって、あの戦争はどういう意味があったのだろう。沖縄集団自決に関しても、一部のウヨク体質人間の感情に共鳴するかのように、単細胞的に教科書記述に干渉してしまうこの国の教育機関とは、一体全体、ニッポンの子どもたちの未来をどう考えているのだろう。

もちろん文科省の背後には、自民党を中心とする右派勢力がドッカリ居座っているのだ。官僚たちはただイエスマンで自分の生活を守っているにすぎないのだろう。しかし、このままで本当にこの国の庶民の生活は守られるのだろうか。自民党による長年の一党独裁政治のつけが回って来たとき、あわてて眼を丸くしても、すでに手遅れという事態になっていなければいいが。

日本語では、判決を<下す>といい、犬を<飼う>という。英語では、判決は贈り物と同じように<与える>(give)ものであり、犬は子どもと同じように家族として一緒に<いる>(have)ものなのだ。ウヨクの好きな「日本の固有文化」というのは、ぼくには生理的に合わないものが多いようだ。

今日のビデオ:The War Song
-- Culture Club
Senso hantai
Senso hantai
Say no more war

29 March 2008

戦争と名誉と感情と


昨日、大阪地裁で下された「沖縄ノート」裁判の判決は、画期的な判決だとおもう。ぼくはこの判決に心から敬意を表したい。例によって、マスコミでは読売と産經が反論しているようだし、ウヨクの常連評論家たちもぶつぶつ文句を言ってるらしいが、このように正しい判決を下すのがこの国の司法の常識になれば、そのうちウヨクもこれまでのようには大声で叫ぶことができなくなるのじゃないだろうか。庶民の中に残るウヨク体質も、徐々に薄れていくような、そんな希望さえ見えて来る。ただ、この国では、最高裁のように、偉くなればなるほど、相変わらずおかしな連中が威張っているようなので、まだ安心はできないけれど。

靖国神社に参拝に来た若い女性が、街頭インタビューに答えて、こんなことを言っていた。
「お国のために戦って死んだ人々に感謝するのは当然じゃないですか。靖国参拝に反対する人たちの言ってることは、戦没者に対して,またご遺族に対して、とても失礼なことにおもえます。」
ぼくがあの戦争で戦死した兵士のことをおもう時、何よりも感じるのは、「感謝」という思いよりは、むしろ「無念」という気持だ。西洋列強の侵略からアジアを解放するための戦争などという「大東亜」の美言で日本人の精神を一色に染め、前途ある若者たちを地獄のような戦場に送り込み、食糧さえも与えずに、その多くを餓死させた当時の権力者たち。その歴史をおもうとき、ぼくには「ありがとう」などという儀礼上の言葉で済ませることなど不可能だ。特攻機や人間魚雷で死んだ若者たちのこともおもう。彼らのいのちをまるで爆弾のようなモノとして使い捨てにできた当時の戦争指揮官たち。愚かな国家権力の犠牲となった人々の無念な気持をおもい、ぼくはただ言葉を失ってしまうしかない。

靖国神社では、今でも「大東亜共栄圏」の夢から覚めずに、あの戦争を正義の戦争として讃えるかのようなことをしている。正義の戦争で死んだ兵士たちの霊を神として崇めることは、日本人として当然の義務であるかのように、彼らは信じているのだろう。

この国は、敗戦後に天から降って来た新しい憲法によって、史上初めて人民の権利を知った。人民の自由を知った。いや、知ったはずであった。しかし、あの戦争の重大な責任者であった岸信介が、戦後の高度成長期に首相の地位を得たことに象徴されるように、この日本国の政治形態と社会構造は、戦後もずっと戦前から引き継ぐ指導者層によって支配されていたといってもよい。彼らの仲間たち(政治家、評論家、大学教授、ジャーナリスト、最高裁判事など)は、日本国憲法が人民に保障する「権利」を軽く見て、国民の「義務」を重んじることを強調するかのような言動を繰り返して来た。

ジャーナリストの櫻井よしこは、子どもを虐待する若い親たちを批判する文脈の中で、こう言った。
「権利と自由ばかり主張する憲法、そしてその上に立つ教育制度で育った人たちが、親になってしていることなんですね。」(東京新聞、2007年5月13日)
テレビか何かを見ていて、若い母親が自分の子どもを殺したというニュースを知れば、そりゃ怒りを覚えるのは人として当然だろう。しかし、その怒りをなぜ憲法の「権利」と「自由」とに結びつける必要があるのか。憲法に忠実に生きていた人間だから子どもを殺せたのだとでも信じているのだろうか。そんな信仰をもてるジャーナリストだから、従軍慰安婦問題でも、わざわざ米国の新聞紙上にまで登場して、「事実(THE FACTS)」と題する意見広告を主導することもできたのだろう。まるで元慰安婦たちの証言がウソであるかのように決めつけ、日本軍による強制の事実はなかったと断言することができたのだろう。国際的に見てこんなに恥ずかしい行動を、多くの政治家や大学教授までもが平然と支持することができたという事実は、世界史の中にシッカリ刻まれたにちがいない。

櫻井よしこという女性は、首相の靖国参拝を心から支持している著名人のひとりだ。ぼくには、きょう最初に登場してもらった無名の若い女性と、どこがどうちがうのか区別がつかない。歴史という過去の事実を、まず正しく事実として知り、正しく理解し、それから初めて感情というものが人の心に芽生えてこそ、人の感情も地球の未来をより良き方向へと導く力となってくれるだろう。

靖国参拝を批判する日本人の態度は戦没者や遺族に対して失礼だという彼らの感情は、本当に正しいのか。戦地で地獄を体験した元日本兵の中に、あの世に行ってまで残忍な帝国軍人と一緒にはなりたくないと言い切る人を、ぼくは知っている。クリスチャンとして戦死した兵士の霊が靖国神社に勝手に祀られ、その事実を知った遺族が、そんなことはやめてほしいと頼んでも、その感情を無視するかのような態度をとるのが,靖国神社という宗教法人だ。彼らは一体どこからそんなに大きな権威を授かったのだ。憲法の保障する信教の自由を侵害することまで許されるほどに。

なぜ国家なるものが死者個人の霊のことにまで干渉することが許されるのか。そんなことをしてはダメだというのが、人類が長年の暗澹たる歴史の中で知り得た知恵だったはずじゃないのか。いや、人類などと大げさなことを持ち出すまでもなく、ニッポンの近代史を通して、日本人が何よりも知るべきことは、愚かな国家権力がどれほど庶民の生活を不幸にするかという事実であったはずじゃないのか。お国のために死んだら英霊として国民から崇められる。そんな安っぽい信仰を臣民に押しつけて、それで軍国主義の見栄を張って破滅への道を暴走したのが、大日本帝国のたどった惨めな歴史じゃなかったのか。

靖国神社はまさに軍国主義の象徴であった。当時、この神社は軍の管轄下にあったのだ。それが歴史の事実だ。現在の靖国神社の実態を見るがいい。施設内にある遊就館では、あの侵略戦争を今も聖戦であるかのように正当化する映画を上映している。このような神社に日本国の代表者が参拝するばかりか、それを庶民の中にまで支持する者が目立つようになれば、この国の歴史はまたいつか来た道へと向かうことになるだろう。

戦没者に対して失礼。遺族に対して失礼。そんな儀礼的・感情的な言葉であの戦争を片付けることのできる日本人は、本当に歴史を知ったのだろうか。名誉なんてものは、そんなに尊いものなのか。帝国軍人の名誉のために、父を殺され、息子を殺され、兄を殺され、母を殺され、娘を殺された人々がいる。帝国軍人の名誉は、ニッポンの同胞までをも殺したのだ。今に生きる戦争を知らない若い世代の日本人が、「失礼」などという感情的な言葉で軍人の名誉を守り、神にまで高められた軍人の霊を崇めるとすれば、彼らに殺された人々の遺族の感情は一体どうすればいいのだ?

今日のビデオ:Sentimental Journey
-- Robert & Debbie

☆ 昔のハリウッドとブロードウェイのミュージカルを愛するイギリス人カップルのようです。たぶん英国でも無名のデュオでしょう。わざと昔風の映像にしているところは、ぼくと趣味が合うかもしれません。美しいものはいつの時代にも美しいものです。

28 March 2008

愛国心とは何か


道徳を強化するとかいう文科省の方針を聞いたりすると、ぼかあニッポンジンは相変わらずだなあと、例によってオナラ、じゃなくて溜め息が出てしまう。

たとえば、かつて地球の3分の1を統治したというあの小さな島国グレート・ブリテンでは、学校教育の中で国歌を歌うような儀式などないのが普通なのだ。だから、児童に国歌を「歌えるよう指導する」という話など聞いたことがない。だいたい英国では、はるか昔から、たとえ公立の学校であっても、子どもたちの教育に政府や官僚が余計な干渉をすることはなかったのだ。そのような近代史をもつ英国は、やはりグレートだなあとおもう(最近、ニッポンのTVで、ぼくの真似をしている芸人がいるというのは本当だろうか?)

おっとっとのオットセイ。またいつもの英国病か何かの症状が出そうだから、話を愛する日本国にもどせば、一体全体どーして、この国のエリートたちってえのは、戦前からちっとも進化しないのだろう。これじゃあダーウィンさんだってあの世かどこかでビックリ仰天で、男はつらいよ寅次郎モードじゃないのかな。そのうちオットセイさんのほうが、ニッポンジンよりお利口さんに進化してしまうなんてことになりやしないかい。それとも、ホモ・サピエンス・ジャポニカは地球上から絶滅しちゃったりとか ....

そもそも国家とは、なんなのだろう。道徳などというものを子どもたちに教えることができるほどに、国家なるものには正しく健全な人格が備わっているのだろうか?

地球上でいちばん嫌われている国はどこかといえば、どうやら北朝鮮である可能性が高いようだ。それはなぜかと考えるに、あの国の親分の顔か身長のせいというよりは、社会的弱者に対して余り優しそうには見えない全体主義のせいじゃないのだろうか。地球の良心を気取るアメリカ人にいわせれば、とにかくアカ(共産主義者)は大嫌いってことで落ち着くのだろうが、ぼくの国際的な経験では、そういうアメリカ人だって、かなり地球規模で嫌われているような気がする。それに、北朝鮮て国は、ほんとうに共産主義でやってるのだろうか。マルクスの理想と全くちがって見えるのは、ぼくの視力のせいだろうか。

ハッキリいえば、ぼくは北朝鮮も米国も、国家としては嫌いだ。じゃ、日本国を愛するのかと訊かれれば、返答に困ってしまう。特に質問者がウヨクだったら、きっとノーコメントだろう。この国の政治形態や社会構造は、子どもの頃からずっと性に合わなかった。特に1980年代後半のバブル以降から現在にかけて、このニッポンという国は、いよいよ地獄へと向かって突き進んでいるような気がしてならないのだ。かつて細木数子は選挙の応援演説か何かで、「自民党に入れないと地獄に堕ちるよ」と言って聴衆を脅したそうだが、こんな占い師が毎日のように電波に乗って茶の間を駆け巡ることのできるニッポンて国家は、風呂場で考えるまでもなく、やっぱり地獄へと向かって行進しているような気がしてならない。

この世知辛い世の中、汚れっちまった大人たちに共鳴してしまう若者も少なくないのだろうか。しかし、この日本国の未来を明るくできるような素質のある子どもたちなら、そんな大人たちの口から飛び出す道徳的な言葉に、きっと悪臭を嗅ぎ分けるにちがいない。たとえ学校の教師から愛国心を教えられたとしても、この国の大人たちの多数派を信じることはできないだろう。なぜなら、彼らは愛というものの本質を、ほとんど本能的に知っているからだ。まるで性質の良い犬のように。

汚れつちまつた悲しみに

いたいたしくも怖気づき

汚れつちまつた悲しみに

なすところなく日は暮れる
         -- 中原中也

今日のビデオ:And I Love You
-- Mr Children

25 March 2008

どちらを信じるか

このブログのおすすめリンクでも紹介しているPETA (People for the Ethical Treatment of Animals, 直訳的に訳すと、"動物を倫理的に扱うことに賛同する人々") の悪いウワサを耳にした。余り単純に信じてもらっても困るけれど、ニッポンではほとんど知られていないこの運動のことを、ぼくは時に応じて話題にして来たので、その悪いウワサのことも知ってもらう必要があるとおもった。

そのウワサの発信地は、米国のCCF (The Center for Consumer Freedom, "消費者の自由を守るセンター"のつもりなのか?) という団体らしく、彼らはネット上でも、PETA Kills Animals(PETAは動物を殺す)という物騒なスローガンを掲げて盛んに活動しているようだ。先日、むかし英国BBCテレビで放送されていた動物関係のドラマのことを思い出して、そのDVD情報を調べようとしたら、彼らはそのような場所にまで出現していて、いちばん目立つ場所でこんなふうに宣伝していたのだ。


これを日本語に訳すなら、こんな感じになるだろうか。「あんな連中など信じちゃダメ -- PETAという名前の意味は、ペット安楽死&テロリズム協会となるべき」

そこで、ぼくは彼らの公式サイトを訪ねて、その主張の根拠を確認しようとおもったわけだ。すると、そこのサイトの中に、PETA's Dirty Secret(PETAの汚れた秘密)と題するページが見つかり、およそ次のようなことが書いてあった。PETAという団体は、無数のアメリカ人(レストランのオーナー、食料雑貨店主、農場主、科学者、釣り人など)による動物の扱いを非道として批判するけれども、彼らのやっていることは偽善である。なぜなら、1998年から2006年までのあいだ、PETAに保護された動物のうち、17,400頭もの動物たちが殺されているのだから。

このように主張する彼らCCFの論客は、さすがアメリカ人らしく、統計上の数字まで公開していて、その主張の土台となる根拠を示している。数字を信仰する現代人なら、そのまま彼らの言い分を信じてしまうのだろうか。

そこで思い出したことがある。むかしイギリス人が何かに書いているのを読んで、ふむふむと納得してしまった話なのだけれど、オックスフォード大学の学生たちと、米国の名門大学の学生たちとが、ディベートの試合をしていた。米国の学生たちの論調は、細かい数字を引用しながら、彼らの科学的アプローチの正しさを主張するものだったのに対し、英国の学生たちは、数字的な根拠で説き伏せるというよりは、聴衆のコモンセンスに訴えるような調子であった。相手方のアメリカ人からの興奮気味な攻撃に対しても、英国の学生はユーモアで応戦して聴衆を笑わせていた。だいたいそんな内容の話だったとおもう。

さて、そこで話を元にもどせば、CCFによるPETAへの攻撃をそのまま信じるような人には、一体どんな傾向が見られるだろうか。おそらく動物愛護をテーマにして真剣に考えたことなどはなくて、たとえば漁師がイルカに迷惑しているというニュースを聞けば、それ見たことかと言わんばかりに、動物愛護活動家を批難し始めるようなタイプの人じゃないのだろうか。

CCFという組織は、非営利団体ということになっているらしいが、1995年の創立時に、米国の巨大タバコ会社フィリップモリス社から60万ドル(約6,000万円)の寄付を受けていることでも明らかなように、それほど<非>営利的でもなさそうだ。科学的な根拠からというより、ぼくのコモンセンスによる直観にすぎないけれど。

そもそもCCFという団体は、何を目的として、彼らのいう非営利活動を行なっているのか。彼らの公式サイトからそのまま引用すると、そのミッションとは、次のような人権を守ることにあるらしい。
the right of adults and parents to choose what they eat, drink, and how they enjoy themselves

何を食べ何を飲むか、また、どのように楽しむか、ということに関して、大人や親たちが(自由に)選ぶ権利
なぜ子どもの権利が問題にならないのか不思議な気がするけれども、とにかくそういう目的があるから、団体の名前の中に、Consumer(消費者)と Freedom(自由)というアメリカ人好みの単語が入っているわけなのだろう。しかし、組織の土台となる支持者たちが、巨大タバコ会社だったり、食料品会社だったり、レストラン経営者たちだったりするのだから、消費者のためというよりは、消費者の旺盛な食欲のおかげで、ガッポガッポとカネ儲けのできる人々の権利を優先しているような印象があるのは、ぼくのコモンセンスの調子が例によって、パッカパッカと疾走しているせいだろうか。

それはともかく、今日のような話は、実に後味が悪い。口直しに、偽善者を嫌ったイエス・キリストの辛口の言葉などはいかが?
"Now then, you Pharisees clean the outside of the cup and dish, but inside you are full of greed and wickedness." (Lk 11:39)

「なるほど、あなたがたパリサイ派の人々は、コップや皿の外側はきれいにするけれども、自分自身の内側は、貪欲と悪意でイッパイです」(ルカ11:39)

今日のビデオ:On the Sunny Side of the Street

21 March 2008

ひとの悲しみを


We must feel the other person's pain as if it was our own.

私たちは、他人の心の痛みを自分自身の痛みのように感じなければならないのです。

あるイギリス人がこう書いていたのを、先日どこかで見てメモしておいたのだけれど、うっかり出典を書くのを忘れていた。一日に大量の文章に目を通すので、よほど印象に残る著者でないと素性を思い出せない。イギリス人ということだけ覚えているのは、ぼくがやはり英国系イヌバカ紳士だからだとおもう。

たぶんこのブログでは話したことがないとおもうけれど、わが家には最近まで4匹の猫がいた。みな野良猫がいつのまにか住み着いてしまったのだ。4匹のうち1匹を除いて、あとの3匹はかなり野性的というか、家族以外の人間には絶対になつかなかった。その家族には、もちろん愛犬BBCも含まれていた。

そのネコたちと出逢うずっと以前、まだ彼が子犬の頃、一緒に麻布十番の路地裏を歩いていたら、どこかからいきなり野良猫が飛び出して来て、彼に向かって激しく威嚇したことがあった。小さな子猫の姿も見えたから、きっと我が子を守ろうとした母親だったのだろう。この経験のせいで、しばらく吾が子(つまりBBC)はネコ恐怖症気味になってしまった。それではいけないとおもい、安全そうなネコを見つけては、怖がる必要のないことを教えたものだ。

やがてその成果が実り、一般的にネコという動物は、イヌを怖がって逃げる習性のあることを彼は学んだらしい。その後、散歩中にネコの姿を発見すると、ふざけて追いかけるような真似をするようになった。もちろん、彼はネコに危害を加えるつもりはなかったのだ。そんなある日のこと、ちょっと不良っぽい顔つきのネコを見つけた彼は、そのネコに向かって、いつものように冗談で奇襲するような行動に出た。そのネコがあわてて逃げ去ることを期待してワーッ!という感じで近づいたのに、逆にネコから本気でギャオーッ!!!と応戦されたものだから、ビックリ仰天でひっくり返りそうな体勢で引き返して来たことがあった。

去年、わが家の4匹のネコのうち野性的な3匹が、立て続けにこの世を去った。あとに残された1匹が、いなくなったネコたちを捜すかのように家の中をさまよい歩きながら、よく淋しそうに泣くようになった。BBCには、その悲しみが理解できたらしい。ある日、彼は自分のおもちゃ箱の中から大好きなぬいぐるみを取り出し、それをくわえて、ネコがひとりで寝ている場所へ持って行き、そのそばに置いて来たことがあった。その頃、自分自身の足は関節炎で弱っていたため、歩くのが苦痛だったはずなのに。

この地球上には、イヌを家族の一員として、あるいは親友として、心から信頼し愛する人々が大勢いることだろう。それは彼らがイヌという動物を知ったからだとおもう。自分の趣味や主観によってイヌを知ったつもりになったのではなく、イヌから教えられた経験を通して、彼らは確かにイヌを知ったにちがいない。そんな彼らにとって、イヌという動物をヒトの食用として殺すなんてことは、コドモを殺すことと同じように、残酷な行為におもえるのは当然じゃないだろうか。彼らがひどく悲しむのは当然じゃないだろうか。

動物の悲しみだけでなく、ひとの悲しみをも理解しようとはせず、どこまでも自分の食欲を満たすことを優先できるようなヒトが存在するから、セントバーナードやジャーマンシェパードのような洋犬を高級肉として売って、カネ儲けしようとするヒトまで存在することになってしまう。そんなヒトであっても、動物に対しては権力をもつ強者でいられるわけだ。これもまたヒトの世の不条理なのだろう。

ひとの悲しみを自分の悲しみのように感じて、なんとか助けてあげたい。ぼくの知るイヌという動物には、そのような愛がある。ぼくの知るヒトの中にも、そのような愛をもっている人々がいる。ヒトの世は不条理なことで満ちあふれているように見えることが多いけれど、まだまだ希望を失う必要はないのかもしれない。

今日のビデオ:L-O-V-E
Love is all that I can give to you ...

20 March 2008

ニッポンの常識


ぼくはどこまでも死刑制度に反対するが、決して犯罪そのものを軽く見ているわけではない。特に組織的な犯罪は、個人の悲惨な境遇から発生するというよりは、人間の異常な欲望(カネ、権力、地位などに関係する欲望)を満たすために、平気で弱い者のいのちを奪うのだから、そのような犯罪を許しておけば、それこそ共同体としてのヒト社会の精神的安定が保たれないだろう。組織的犯罪とは、暴力団やカルト宗教団などによるものが多いが、それだけでなく、表面的には善人を装っている企業や政治団体なども、彼らの仲間として犯罪に加担していることがある。いや、時には犯罪を主導していることさえあるだろう。

組織的犯罪の特徴は、たいていその最高責任者の姿が見えないということだ。オウム真理教のようなのは、むしろ例外であって、近所のオジサン・オバサンや、テレビによく出るタレントなどが、「先生、先生」といって崇めているような男が、実は大きな犯罪の最高責任者であったりすることもある。暴力団にしても同じだ。彼らは中国人などを使いながら、低料金で殺人を繰り返している。ある種のカルト宗教組織は、そのような暴力団とも深く関係しているのだ。

そのような組織的な犯罪こそを社会から排除するように努力しなければならないのに、恵まれない家庭に育ったひとりの犯罪者を死刑にして、それで群衆の正義感を満足させるようなことをするのがニッポンの裁判官の使命なのだとすれば、なるほど、かつて最高裁長官をしていたような男が、カルト宗教と関係する右翼組織の会長をしているという現実も、この国では常識として通用することになるのだろう。日本国の核武装を唱え、犯罪者の速やかな死刑執行を要求するような弁護士が、お茶の間テレビの人気者として、180万府民の支持を得て知事の椅子にすわるというのも、この国では常識になってしまうのだろう。

今日のビデオ:The Sound of Silence
-- Bob Dylan & Paul Simon

19 March 2008

死刑という名の復讐


死刑判決を下した裁判官は、判決理由の中で「遺族の処罰感情も峻烈」と言っていた。死刑を支持する人の口からよく出て来る言葉に、「殺人者を生かしておいたら遺族の気持が収まらないだろう」というようなのがある。つまり彼らは死刑制度に復讐の代行を認めているわけだ。

ぼくは今朝、米軍のアフガニスタン侵攻によって殺された子どもたちの写真を見た。学生時代からずっとマウスを生体実験に使うのさえ心苦しくおもっていたぼくだから、顔の全面がほとんど爆弾で吹き飛ばされている子どもの写真を見るなんてことは、できれば避けたいのだ。しかし、とにかく現実を見なくちゃいけないとおもって、数枚の写真をしっかり見届けた。

米国は、このアフガニスタン侵攻を、9.11同時多発テロの首謀者への復讐として始めたのであった。人でも国家でも、復讐をするときには、きっと悪いヤツを罰してるつもりでやっているのだろう。しかし、子どもたちまでもが、彼らの復讐の犠牲になる必要があったのか。子どもたちの親はどうだろう。彼らも復讐の対象になる必要があったのか。家族の平和を爆弾で破壊され、小さな子どもを殺された親たちの悲しみは、どこへ行けばいいのだ。両親を殺された子どもたちの未来は、どこへ向かえばいいのだ?

復讐が復讐を生み、また復讐を繰り返す。これが人間の歴史として、これからもずっと続くのだろうか。このニッポンという国では、ふだん平和を願うような発言をする人々の口からさえも、犯罪者を罵るような声が聞こえて来ることがある。その声に答えるかのように、政治家たちもまた死刑制度を尊重し、それで正義を果たしたようなつもりになっている。彼らが指揮して来たこの社会の中で、どれほど多くの子どもたちが、オトナたちの不条理によって苦しめられていることか。まるでその現実には気づいていないかのように。

松村死刑囚は、母親をいじめたことへの復讐心から伯母を殺したのだと、ぼくはおもう。死刑制度に復讐の要素を認める人なら、彼の復讐の思いも理解できるはずじゃないのか。それともこう反論するだろうか。その伯母は彼の母親をいじめたのかもしれないが、殺しちゃいないと。

ぼくには彼の犯行が計画的だったとは想えないのだ。長年の伯母への恨みが、何かが引き金となって爆発したのだろう。家庭内での父親との関係も、少年の頃からずっと彼の心を傷つけていたにちがいない。親にさえ理解されない悲しみは、やがて怒りへと変わり、彼を徐々に暴力へと追い込んで行ったような気がしてならないのだ。

松村死刑囚を、法律のもと日本国の手によって殺すことで、何かが解決するのだろうか。遺族の復讐心が、それで収まるのだろうか。ニッポンの社会の中に、それで何か明るい希望が見えて来るのだろうか。

大阪育ちの彼は、日大芸術学部に入学することによって、東京での生活を始めるようになった。大阪は大嫌いだったようだけれど、東京は気に入っていたらしい。ぼくは何も関東vs関西というようなテーマで語るつもりはない。生まれ育った家庭内の環境が余りにも悪かったからこそ、きっと彼は関西そのものを嫌うようになったのだろうと想うだけだ。彼には新しい環境が必要だったのじゃないだろうか。いや、それよりも、彼の嫌う大阪でこそ、彼のことを本当に理解することのできる友が必要だったのじゃないだろうか。

彼は手記の中で、横浜の検事のことを紳士的だったと言ってほめ、関西の検事のことは「こいつら」と呼んで批難していた。態度の悪い生意気な凶悪犯から侮辱されたエリートたちの感情が、彼を理解することを拒み、それが今回の死刑判決をもたらしたような気がするのは、ぼくだけだろうか。彼らエリートの感情を「復讐心」とまでは呼ぶつもりはないけれど。

手記の中で、彼はこんなことも言っていた。

「私は死刑になると思いますが、私が死んだら、東京の神田川に遺骨をまいてほしいです。死んだあとも東京にいれるなら本望です。」

今日のビデオ:Eleanor Rigby
-- The Beatles
All the lonely people
Where do they all come from?

18 March 2008

死刑という名の殺人


突然、死刑制度の話を始めたのは、きのう京都地裁で下されたばかりの死刑判決のことが気になっていたからだ。裁判長は判決理由の中で、「遺族の感情を逆なでするような言動を続け、不合理な弁解を繰り返し、反省の態度は全く見られない。遺族の処罰感情も峻烈」と述べた。松村恭造被告(26)は、この死刑判決を聞かされても、全く動揺する様子は見せなかったらしい。

彼は伯母と大叔父のふたりを殺害している。1月30日の公判で、検察から死刑が求刑された直後、彼は最終意見陳述の中で長い手記を読み上げた。ぼくが特に気になったのは、次の箇所だった。

「松村の人間ども(【注】父方の親戚)には、ざまあ見ろと言ってやりたいです。私は順子(よりこ、【注】殺した伯母)の命日に、長岡京の方を向いてツバを吐いてやりました。」

検察はこの事件をカネ目当ての犯行とみなし、強盗殺人罪として死刑を求刑していた。きのう死刑判決を言い渡した裁判長もそれを認めた。しかし、松村被告の手記を見る限り、動機はカネではなく、激しい憎悪による復讐であったようにおもえる。彼は最後にこう言っていた。

「私はこの裁判でひとつもウソはついていません。こいつら検察は最初からカネ目的だったと言っていますが、嘘つきはこいつらのほうです。私は世間に貸しはあっても借りはないんです。」

彼は伯母を殺した理由として、長年に渡って母をいじめたからだと供述している。手記の中で彼は次のように語っていた。

「父は母を守ろうとしてきませんでした。半分以上、事件はT(父親)のせいです。(中略)いつもTは二言目には警察警察と言って110番通報していました。私が電話を部屋に隠したらすぐ警官を呼んでいました。(中略)私のことを世界で一番わかってないのはお前だよ、と言ってやりたいです。」

彼の父親は教師だが、自分の息子の教育にはお手上げだったのだろうか。ことあるごとに警察の力を借りて家庭問題を処理しようとしたとは、余りにも無責任というか、なんと表現していいのか、言葉が見つからないほどだ。どうしてこうなってしまったのだろう。

ぼくはまた新約聖書のあの言葉を思い出す。
「父たちよ、子どもを怒らせてはなりません」(エペソ書6:4)
聖書は、怒りというものを、まるで罪であるかのようにみなしていて、同じエペソ書にはこう書いてある。
「無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどを、いっさいの悪意とともに、みな捨て去りなさい」(4:31)
松村被告の犯行は、激しい怒りがそのエネルギーとなっているように見える。その怒りは一体どこから生まれたのだろうか。小谷野敦(こやのあつし)という人は、『なぜ悪人を殺してはいけないのか』と題した著書の中で死刑制度を弁護しながら、こう書いているそうだ。
「情状酌量の余地がない殺人を犯した者たちは、排除するだけの理由があり、そうしなければ共同体の他の成員の生命や精神的安定が守れない」
この著者は「殺人を犯すということは、何らかの先天的素質がなければできない」という学説を信じているらしいが、上で述べていることは、彼のいう排除すべき異常な人間のために、他の正常な人間までもが精神的に悪影響を受けてしまうことを主張しているのじゃないのか。彼は凶悪な犯罪を犯した者を社会から排除すべき存在とみなしているようだけれど、たとえ法的には犯罪にならなくとも、傷つきやすい子どもの心を深く傷つけ、その心の奥底に激しい怒りと憎悪を植え付けるようなオトナたちの存在を知らないのだろうか。あるいは、そういうオトナたちの存在を認めるだけのイマジネーションがないのだろうか。

凶悪犯罪を犯す人々の多くが、子どもの頃に小動物を虐待していることは、よく知られている事実だが、それを「先天的素質」として片付けることが可能だろうか。ぼくは彼らより先にこの世に生まれて成人したオトナたちの作る社会の中にこそ、何よりも大きな原因があるようにおもう。だからこそ、まずオトナたちが子どもたちに対して社会的に模範を示す必要があるのだ。

オトナは何よりも愛において模範を示す必要があるだろう。そして、いのちを尊ぶことにおいて模範を示す必要があるだろう。国家というものが、戦争による殺人を認めたり、死刑という名の殺人を認めたりしていて、子どもたちはいのちの尊さを学ぶことができるだろうか。むしろ怒りと復讐を知るようになってしまうにちがいない。

今日のビデオ:Bless the Beasts and the Children
-- The Carpenters
Light their way
When the darkness surrounds them
Give them love
Let it shine all around them

暗闇が彼らを取り囲むとき
彼らの道を照らしてあげて
彼らに愛を与えてあげて
それを彼らの周りで輝かせて

17 March 2008

死刑のある国


かつて杉浦正健(せいけん)という人は、信仰的理由から、ニッポンの歴代の法相の伝統に反して、死刑執行を許可しなかった。これに反撥してなのか、次の法務大臣(長勢甚遠)は、就任するとまもなく4人の死刑囚の死刑執行命令書にサインしたため、数日後のクリスマスに、その4人は絞首台で殺されてしまった。現在の法務大臣(鳩山邦夫)もそれに倣うかのように、立て続けに死刑執行を許可した。鳩山大臣は、安倍晋三の「改造内閣」だとかで初めて法務大臣の地位を得た人だ。その際にこんなことを記者団に語っていた。「法相が絡まなくても自動的に死刑執行が進むような方法があればと思うことがある」(2007年6月25日)。

日本人の中には、悪いヤツが刑罰を受けるのは当然と考え、特に凶悪犯などに情けをかけるなんてのは、とんでもないことだとして、「とっとと殺してしまえ!」とばかりに、死刑執行を支持する人が目立つようにおもう。しかし、いま地球上で死刑制度のある国というのは、死刑制度をなくした国よりも少なくなっているという現実があるのだ。人間の歴史は確実に死刑制度を廃止する方向へ進んでいる。この事実を、そろそろ日本人も真剣に考える必要があるのじゃないだろうか。

現在、世界中の91カ国で死刑制度が完全に廃止されていて、これに事実上、死刑執行を行なっていない国を含めると、世界で135の国々が死刑を廃止していることになる。一方、いまも死刑制度を存置して、実際に死刑執行を行なっている国は、62カ国ある。いわゆる「先進国」とみなされる国で死刑制度を温存しているのは、ニッポンと米国だけである(参考:アムネスティによる死刑存廃国リスト)。

この地球上で毎年、死刑執行により殺される人のうち、その90パーセントは、中国での死刑判決による。そのあとにつづくのは、イラン、サウジアラビア、米国のような国々だ。日本国の代表も、国際的な舞台で、中国の代表と声を合わせるかのように、死刑制度を支持する発言をしている。このテーマでは、日中関係は良好らしい。

さて、ぼくはなぜ死刑に反対するのか。人類の歴史が死刑廃止に向かっているからだろうか。それとも単にヒューマニストを気取っているだけなのだろうか。誤解を覚悟でいうと、ぼくはヒューマニズムというものを、それほど信じちゃいないのだ。いや、時にはヒューマニズムへの過信によって人間が高慢になり、ヒト社会を腐敗させることもあるとさえ考えている。"humanism"を「人間中心主義」と訳せば、ぼくの考えを理解してくれる読者がいるだろうか。

そもそも死刑制度なるもの自体、人間中心主義の産物ではないのだろうか。一体全体、いつどこで誰が、人間に他人のいのちを奪う権利があると決めたのだ。裁判官てのは、そんなに特別な人間なのか。神のように絶対的に正しい裁きを下す能力を天から授かっている人間、それが裁判官なのか。裁判官の決定は絶対的に正しいのだから、法務大臣はそれに従って死刑執行を許可するのが当然ということになるのか。誰がそんなことを決めたのだ?

このニッポンという国では、刑事裁判の99パーセントが有罪判決で決着がつくという。50パーセントにも満たない英国などに比べると、恐ろしいほどに有罪率が高い。この現実を恐ろしいと思わない人がいるとすれば、その人はきっと、たったひとりでさえ無実の罪で有罪となって刑務所に閉じ込められるようなことがあれば、そこからどれほど大きな不幸と苦悩と悲しみが生まれることか、その現実をおもうイマジネーションに欠けているのだろう。ひとりの人の不幸は、彼の家族、友人、愛犬にまでも及ぶのだ。

それでもなお、こう反論する人がいるのかもしれない。軽い犯罪ならば無実の罪で有罪になることがあったとしても、さすがに死刑判決が下されるような裁判では、そういうことはないだろうと。もしそのように主張する人がいるとすれば、その人はまだ現実を知らないのだとおもう。知ろうとしたことさえないのかもしれない。それに、たとえ本当に殺人を犯したような事件であったとしても、その容疑者を一方的に極悪非道な人間と決めつけるのは、人間中心主義の重大な過ちであるということに、まだ気づいていないのじゃないだろうか。

今日のビデオ:Sing
-- The Carpenters (at Budokan, Tokyo, 1974)

16 March 2008

エリちゃんの笑顔

この写真の女の子は、10歳の頃のエリザベス女王だ。一緒にいる犬の名はドゥーキー(Dookie)。時は西暦1936年だというから、前回の写真が撮られてから11年が過ぎている。おそらく、この時はもう愛犬グレンは、この世にいなかったのじゃないだろうか。それでも、とにかくエリちゃんの笑顔が見られてよかった。ドゥーキーも幸せそうで、よかった。

エリザベス女王を天国へ見送る日のことを考えるのは、まだ早いようだけれど、その日が来たら、きっとぼくはこの写真の中のエリちゃんの笑顔を思い出すだろう。そして、天国でグレンやドゥーキーたちと再会して喜んでいる女王の笑顔を想像しては、ぼくもきっとうれしく思うことだろう。

女王の結婚式で歌われた讃美歌 Abide With Me(主よ共にいてください)は、両親の結婚式でも歌われていた。このことからもわかるように、この讃美歌はイギリス人が特別に愛する讃美歌のようだ。それもそのはず、この歌は、1927年以来ずっと、FAカップ(イングランドで行なわれるサッカーのカップ戦)の決勝戦が始まる直前に、歌われつづけて来たのだ。おそらく英国では、国歌の歌詞は知らなくても、この讃美歌の歌詞なら知っている人が多いことだろう。英国の学校教育で国歌が歌われる機会はないけれど、FAカップの決勝戦をテレビで見ないイギリス人は珍しいはずだから。

この讃美歌の詩を書いたのは、ヘンリー・ライト(Henry F. Lyte, 1793 - 1847)という英国国教会の聖職者だった。ある日のこと、結核で自分の死期が近づいたことを知ると、彼はペンをとり、次のように始まる詩を書いた。
Abide with Me; fast falls the eventide;
The darkness deepens; Lord with me abide.
When other helpers fail and comforts flee,
Help of the helpless, O abide with me.

共にいてください。たちまち日は暮れ、
闇が深まるのです。主よ、共にいてください。
あなたのほかに助けはなく、慰めも去るときに、
よるべなき者の助け、主よ、共にいてください。
この詩を書き上げてから3週間後、フランスのニースで、彼は静かに生涯を終えた。彼の遺した詩に今も歌い継がれている曲がつけられたのは、それから14年後のことだった。

この讃美歌はイギリス人だけでなく、世界中で多くの人々に慕われて来た。シュバイツァーもよくオルガンを弾きながら、この歌を口ずさんでいたという。葬式で歌われることも多く、マザー・テレサの葬儀のときにも歌われた。キリスト教会では、讃美歌は、どんなときにも、なくてはならないものなのだ。同じ讃美歌が結婚式と葬式で歌われるというのは、普通の日本人には不思議に思えるだろうか。

今日の終わりに、ライトの遺した詩の最後の節を読んでみよう。
Hold Thou Thy cross before my closing eyes;
Shine through the gloom
and point me to the skies.
Heaven’s morning breaks,
and earth’s vain shadows flee;
In life, in death, O Lord, abide with me.

私の眼が閉じるとき、
あなたの十字架を見せてください。
暗闇の中で輝いて、天への道を示してください。
天国の朝が始まり、地上のはかない陰は消える。
いのちの中でも、死の中でも、
あゝ主よ、共にいてください。

今日のビデオ:Abide With Me
-- Remembrance Day Ceremony 1928, Albert Hall, London

☆ 1928年、ロンドンのアルバート・ホールで行なわれた戦没者追悼式で歌われたときの録音です。録音したのは、蓄音機に耳を傾ける犬のマークでおなじみのHMV(His Master's Voice)です。当時、エリちゃんはまだ2歳でしたから、この日のことは全く覚えていないでしょう。愛犬グレンなら、きっと天国で思い出しながら、耳を傾けているかもしれません。

はじめての悲しみ

きょうの写真に写っているワン公は、こないだ貼った写真の中で、笑顔のエリザベスと一緒にいたグレンだ。ここで一緒に写っている御婦人はエリちゃんのママ、そして、いかにもイヌバカっぽい顔の紳士はパパのヨーク公、のちの国王ジョージ6世だ。この写真が撮られたのは、1925年ということだから、エリちゃんはまだ生まれていなかった。

犬の一生は、なぜか知らないけれど、とても短い。それに比べて人間は6倍ぐらいも長生きする。だから、ぼくはよく思ったものだ。犬は人間の6倍は幸福に生きる資格があると。

グレンがこの世を去ったとき、おそらくそれがエリちゃんにとって初めて経験する愛犬との別れだったのじゃないだろうか。イギリス人は、子どもの頃から自分の感情をコントロールすることを教えられるから、どんなに悲しくても、人前では涙を見せないことになっている。エリちゃんもきっとそうだったのだろう。でも、ぼくには見えるような気がする。彼女がひとり自分の部屋で泣いている姿が。

それで思い出したことがある。中学生の頃、母方の祖母が亡くなって、その葬式の日、最後の別れのあいさつをしなさいというので、ひつぎの中に眠る祖母の周りに孫たちが集まった。ぼくは祖母が亡くなったという知らせを聞いた日にも、買ったばかりのビートルズのLPレコードを聴いていたりして平然と過ごしていたし、人前では絶対に涙を見せないという変な自信があった。ところが、そのとき、まるで眠っているかのような祖母のやさしい顔を見ていたら、急にいろんなことを思い出して、どうしようもなく悲しくなってしまい、思わず涙があふれそうになったのだ。

孫たちの中では、ぼくの妹が最年少で、その次に小さいのがぼくだった。涙があふれそうな顔をみんなに見られてはなるものかと、ぼくは部屋の隅っこのほうで、壁か何かに向かってじっと突っ立っていた。その姿は明らかに不自然だと、誰もがそう思ったにちがいない。いとこのひとりがぼくの名前を呼んだのが聞こえた。それでも、ぼくは聞こえないふりをして、彼らに背を向けたまま、じっと動かなかった。

祖母はとてもやさしい人だった。小学生の頃、革靴を買ってくれたのも祖母だった。今でも思い出す。底が革張りの英国ふうの黒いひも靴(ちょうど今日の写真でヨーク公が履いているような靴)だった。ぼくが成人してからも、靴にはこだわりを持ち、いつも英国製の靴を愛用し、靴底がダメになると張り替え修理に出しながら、数足の靴を長年に渡ってだいじに履いて来たのは、きっと祖母に買ってもらったあの靴のことが忘れられなかったからなのかもしれない。

今日は久しぶりに(?)犬の話をするつもりだったのに、いつのまにか靴の話になってしまった。ぼくはこのブログを、いつも下書きもなく書いているので、自分でも意外な方向に話が進んでしまって、どう終わっていいのか困ってしまうことがある。今日のように最初に題名を決めてしまったときは、特にそうだ。そこで一句。
悲しみよ 春うららかに さようなら

今日のビデオ:涙くん、さよなら
-- 桑田佳祐

15 March 2008

永遠に若く

正直に言えば、最近のボブ・ディランの写真を見ていると、年を取ったなあ、とおもう。でも、彼がステージで歌っている姿は、相変わらず輝いて見える。若い頃の彼の精神が今も変わっていないかのように。

ポール・マッカートニーは、テレビのインタビューの中で、誰を尊敬しているかと質問されたとき、すかさずボブ・ディランと答えた。実はこれを見たとき、ぼくはちょっと意外な気がしたのだ。ジョン・レノンがディランを敬愛していたのは知っていた。彼は若い頃にディランの影響を受けたような曲を作っていたし、ビートルとして有名になってからも、よくディランのコンサートの客席に混じっていたようだ。ポールまでディランのことを、どのミュージシャンよりも尊敬しているとは、ちょっと意外だった。

しかし、その理由の中で、ディランの精神(spirit)をあげているのを見たとき、ぼくはポールの気持が理解できるような気がした。これもぼくが若い頃にどこかで聞いた話なので、今は確認することができないけれど、ディランはまだ有名になる前、ニューヨークのいろんなクラブで歌っていた頃、日本人を嫌うアメリカ人に向かって、こんなことを言ったという。あの戦争で悪かったのは、ニッポンの人民じゃないよ。あの戦争を始めた指導者たちさ。

ディランがキリスト信仰をもったのは、すでにアメリカを代表するミュージシャンとして世界的に有名になっていた1970年代の終わり頃だった。それから20年ほどが過ぎた1997年の春、彼は突然、心膜炎という病気で入院することになったため、予定していたヨーロッパ公演が中止になった。退院したときに彼はこう言ったそうだ。

"I really thought I'd be seeing Elvis soon."

「ぼかあホントにもうすぐエルヴィス(プレスリー)に会うんじゃないかって思ったよ」

その年の秋、イタリアのボローニャを訪れた彼は、教皇ヨハネ・パウロ2世も客席にいる前で、神に向かって感謝の歌を歌った。教皇はそこに集う20万人の聴衆に向かい、ディランをこの世で有名にした歌「風に吹かれて(Blowin' in the Wind)」の詩を引用して、メッセージを語った。

教皇が登場したので、ついでに言っておくと、ぼくはカトリックの指導者たちに対しては,かなり厳しい考えをもっている。人間として、彼らがぼくなどよりはずっと立派な人間であることは、誰に指摘されなくても、このぼく自身が知っている。ただ、キリスト者としての信仰をおもうとき、バチカンのお偉いさんたちが、聖書が何も語っていないようなことに関して教理的な規則を作ったり、聖書がハッキリ否定するようなことに曖昧な態度をとって、それがさも寛容な態度であるかのように見せたりするのは、キリスト教会の指導者として問題じゃないかとおもうのだ。(たとえば、カトリックは人間を神とする靖国信仰に寛容なので、麻生太郎のようなカトリック信者は、平気で靖国参拝をしている)。

ジョン・ストットは、ある著書の中で、このように書いている。
Our postmodern culture, in reaction to the self-confidence of modernity, has lost all sense of assurance and affirms that there is no such thing as objective or universal truth.
-- Why I am a Christian, 2003

私たちのポストモダン文化は、当世風であることの自信に影響されて、あらゆる確信の感覚を失ってしまい、客観的あるいは普遍的な真理などというものは存在しないと断言している。
--『私はなぜクリスチャンなのか』(2003年)
ストットは、その文脈の中で、カトリックのことをテーマにはしていないし、福音派プロテスタントの世界的な指導者のひとりとして、ローマ教皇に対抗して宗教戦争を仕掛けるような人では決してないけれど、きっとぼくのこの思いは理解してくれて、また支持してくれるにちがいないと、勝手にぼくは確信している。ストットなら、きっと、ヒトはイヌの肉を食べるべきではないという考えも支持してくれるにちがいない。聖書の普遍的な真理に立って。

今日のビデオ:Forever Young
-- Bob Dylan (at the David Letterman Show, 1993)
May you have a strong foundation
When the winds of changes shift
And may your heart always be joyful
May your song always be sung
May you stay forever young
Forever young, forever young
May you stay forever young

君が固い土台に立っていられますように
時代の変化の風向きが変わるときにも
そして君の心がいつも喜んでいますように
君の歌がいつも歌われますように
君が永遠に若くいられますように
いつまでも若く、いつまでも若く
永遠に若くいられますように

13 March 2008

姿は見えない


「神が存在するのなら、なぜ姿を現さないのか」。無神論者がこのように言うのを聞いたことがある。神の存在が誰の眼にも明らかになるように、この世にその姿を現せば、彼は信じるつもりでいたのだろうか。

今からおよそ2000年前、イエスはユダヤ人の子としてベツレヘムの馬小屋で生まれた。やがて成人して彼がしたことは、ユダヤ人たちに神の福音(良い知らせ)を伝えることだった。旧約聖書を読めばわかるように、ユダヤ人は神に特別に選ばれた民だった。しかし、これも聖書を読めば明らかなように、彼らユダヤ人たちは神に背を向ける民であった。形式的には神を崇めるようなことをしてはいても、彼らの心は、地上の権勢や名誉に支配され、神の言葉に従うことを忘れていた。

当時、イエスの伝える福音を誰よりも嫌ったのは、律法学者、祭司長、長老たちなど、ユダヤ社会のエリートたちだった。そして彼らに煽動された庶民の中にもイエスを嫌う者が多かった。これがいつの時代にも共通する多数派の正体なのだろう。

当時のイスラエルを支配していたローマ帝国のポンテオ・ピラト総督は、「イエスを十字架につけろ!」と叫ぶユダヤ人の群衆に向かって、こう言った。

「あの人がどんな悪いことをしたというのか?」(マタイ27:23)

ピラトがイエスを裁く裁判の席についていたとき、彼の妻がやって来て、

「あの正しい人には、かかわり合わないでください」(マタイ27:19)

と言っていた。

ポンテオ・ピラトがイエスに同情的だったという記述のある福音書のことを、一部の学者は次のように解釈しているらしい。新約聖書の著者たちには、反ユダヤ思想があったのだと。Oh dear!「君が代」批判をしただけで、日本人同胞に向かって「反日」だとか「非国民」だとかと叫ぶ、どこだかの教授を思い出しちゃうな。どこかの群衆を思い出しちゃうな。新約聖書の著者はみなユダヤ人だ。聖書のどこに反ユダヤ思想があるのか。むしろユダヤ人を含めて人間を民族では区別しない神の愛こそが、新約聖書のテーマになっているのじゃないか。学者と呼ばれる人間も、いかに自分の主観でしか聖書を解釈していないことだろう。

ぼくが学者を信頼するとすれば、その人から精神の自由を感じなければならない。多くの学者は自分の頭の中で創造した仮説を真理であるかのように思い込み、精神の自由を失っている。ぼくが学生時代から信頼しているジョン・ストット博士には、いつも精神の自由を感じたものだ。小さなヒト社会の常識を超えて、宇宙大の広い秩序を感じたものだ。そのストット博士は、The Cross of Christ(キリストの十字架)と題した著書の中で、イエスを十字架につけた責任者たちの心理をこう分析している。

● 弟子のユダ:カネの欲から(out of greed)

● 祭司長たち:ねたみから(out of envy)

● ピラト総督:臆病から(out of cowardice)

自身はイエスになんの罪も認められなかったピラト総督であったが、ユダヤ人群集の激しい要求に負け、ついにイエスの十字架刑を決定するしかなかった。十字架刑というのは、当時のローマ帝国では、極悪人を処刑する残酷な刑罰だった。

ぼくはこの出来事を通しても、民主主義について深く考えさせられるのだ。現代の日本社会を見ても、同じように正義に反する群衆が、臆病な権力者を支持しているような気がしてならない。民主主義そのものは尊ばなければ、独裁主義を招くだろう。しかし、多数派が正義に反する傾向のあるこのヒト社会というのは、このままでいいのだろうか。民主主義までもが、独裁主義と同じように、正義を迫害するようなことをしていないだろうか。

そのような多数派の中から育つエリートたちの支配するマスコミによって、このヒト社会に正義というものが伝えられるだろうか。子どもの教育はどうだろう。子どもたちに正義のなんたるかを教えるよりは、彼らをいかにしてエリートの地位に就かせるかというのが、教育の目標になっていないだろうか。

さて、もう一度、きょう最初に出した無神論者の質問を考えてみよう。
「神が存在するのなら、なぜ姿を現さないのか」
ぼくはおもう。たとえ今、神がその姿を現したとしても、ヒトの多数派は神の正義に従おうとはしないだろう。2000年前の群衆がイエスを受け入れないどころか、彼を十字架刑で殺すことを求めたように。

今日のビデオ:What Can I Do For You?
-- Bob Dylan

☆ ユダヤ系アメリカ人のボブ・ディランが、キリスト信仰をもつようになり、1979年、Slow Train Coming と題したアルバムを発表したとき、キリスト信仰のないジョン・レノンは、「ユダヤ同胞への裏切りだ」と非難しました。ユダヤ人がイエスを受け入れるのは非常に珍しいことなのです。コンサートで、クリスチャンになる前の有名な歌を歌わず、ただ神への感謝を込めて作った新しい歌を歌い続けるディランに向かって、食べ物などを投げつける観客もいたそうです。今日の歌は、クリスチャンになってから発表した2枚目のアルバム Saved(救われた)の中の1曲です。
You have given everything to me
What can I do for you?
You have given me eyes to see
What can I do for you?

あなたは僕に、すべてを与えてくれた
あなたのために僕は何ができるでしょう
あなたは僕に、見る眼を与えてくれた
あなたのために僕は何ができるでしょう

12 March 2008

あの世の話は続くよ どこまでも


きのうは死ぬ準備の話をしたけれど、ニッポン社会のように、仏教というものが先祖供養と結びつきながら、葬式を通して人々の心情を支配している現状では、何も考えずにその慣習に身を任せていれば、先祖のいるあの世(あるいは仏壇の中)に自分も入るのが当然だとおもってしまうのかもしれない。しかし、死者はこの世を去って、本当に仏壇の中にいるのだろうか。

「犬は天国に行くのか」というテーマで書いている英語圏のサイトを見たことがある。その中で、犬は天国に行ける可能性が高いけれど、問題は飼い主も行けるかどうかだ、というようなことが書いてあった。こういう発想は、死ねば誰もが平等にあの世に行けるとする慣習的(あるいは主観的)来世観からは生まれないだろう。

『宝島』や『ジキル博士とハイド氏』などを書いたスコットランド出身の作家スティーブンソン(Robert Louis Stevenson, 1850 - 94) は、こう言った。
"You think dogs will not be in heaven? I tell you, they will be there long before any of us."

「犬は天国にいないとでも思っているんですか? いいですか、私たち人間の誰よりも先に、犬たちこそ天国にいるでしょう」
また、雑誌「ニューヨーカー」の編集者として多くのエッセイや漫画を発表した米国のユーモア作家ジェイムズ・サーバー(James Thurber, 1894 - 1961)は、こう言った。
"If I have any beliefs about immortality, it is that certain dogs I have known will go to heaven, and very, very few persons."

「もし僕が不死について何か信じるとすれば、僕の知る犬たちの中に、天国に行くだろうとおもえる犬たちがかなりいるのに、人間の中には、ごくごく少数の人にしかそうおもえないということになるだろうな」
スティーブンソンがこの世を去って5日後に、このサーバーが生まれているが、このような考え方は、やはり聖書の影響を受けながら、キリスト教文化圏で育って来たのだろう。天国とは、この世の生き方に関係する場所なのだというのが、聖書の教えだ。しかし、聖書をよく読むならば、たとえマザー・テレサのような生き方をしたとしても、自分自身の罪がイエスの十字架によって赦されたのだという信仰がなければ、天の神は喜ばないということを知るだろう。神に背を向けて自分を正しいとする人間の高ぶりこそが罪である。それが聖書のメッセージだ。神の眼から見れば、死刑囚の中にも救われる魂が見えることもあれば、平和運動家の中にさえ滅びゆく魂の見えることもあるだろう。

一高の生徒だった頃の矢内原忠雄は、内村鑑三との出逢いでキリスト信仰に関心を持ち始めたのだが、彼はその直後に両親と死別していた。内村の娘ルツ子がこの世を去った日から2ヶ月後に母を失い、その翌年、父を失ったのだ。両親は共にキリスト信仰をもっていなかったため、矢内原はそのことが気がかりになって、ある日、内村を訪ねて、こう質問した。

「キリストを信じることなく世を去った人は、救われないのでしょうか?」

内村先生からの明確な答えを期待していた彼だったが、先生の回答は意外なものだった。

「私にもわからない。信仰を続けてゆくうちに答えは与えられるだろう」

聖書にはハッキリ書かれていないことがある。イヌが天国に入るかどうかというテーマもそのひとつになるだろう。聖書を読む限り、天国に入るヒトは、イエスの言った「狭き門から入る」ヒトになるのだとおもう。しかし、その門は人間の努力や善行によって造られたものではなく、神がすべての人間のために(人種や民族の区別もなく、個人の過去の生き方にも全く関係なく)用意してくれたものであることを知るのだ。それなのに、その神の愛を拒むヒトのいることを聖書はハッキリと予言している。人間の歴史はそれが事実であることを教えてくれるだろう。

渡辺照宏(しょうこう)という仏教学者が、岩波新書で『日本の仏教』と題した本を書いている。記憶では、その中で、ニッポンの坊さんたちは、自分自身でさえ何を信じているのか知っちゃいないのだから、人々に信仰のなんたるかを伝えられるわけがない、というようなことが書いてあったようにおもう。仏壇のように人の眼に見える場所を用意するのは、それで安心したいという生き残った人間の主観がそうさせたのじゃないだろうか。問題は、死者は本当にそこに入っているのかということだ。

今日のビデオ:線路はつづくよ どこまでも

11 March 2008

愛と悲しみ

記憶がハッキリしないけれど、いつだったか老人党掲示板で、日本人は死ぬ準備をしているのかみたいなことを言ったことがあったような気がする。それと、日本人の多くが実質的に無宗教であるのだとすれば、葬式だけ仏教でやるのは不可解だ。そんなことまで言ったかもしれない。老人党が名前のとおり、老人の集まりだとすれば、ずいぶん無神経なことをしゃべったものだ。やはり相当に悪いヤツだな、ぼくは。

日本語では、「棺桶に片足を突っ込む」という表現をするけれど、自分自身がそういう状況にあるとき、普通の日本人は、どのような心情でいるのだろう。もう来るところまで来てしまった。こうなったらもう諦めるしかない。そんな心情なのだろうか。来るところまで来てしまったというとき、もうゴールはすぐ目の前にあり、その先には何もない。死ねばすべては終わり。昔の日本映画なら、"完"、ハリウッド映画なら、"THE END"、フランス映画なら、"FIN"といった感じだろうか。

それで思い出したけれど、子どもの頃、映画館で映画を観たあと、外に出たときに、ぼくはなぜかいつも淋しい気持になった。旅行で知らない町に行ったときなどにも、そこを去るときに、同じような淋しさを感じたものだ。楽しく美しいものを経験すればするほど、それが過ぎ去ったときに、淋しい気分になったのだろう。

イエス・キリストは、「私があなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい」と言った。ビートルズも、「愛こそはすべて」と歌った。しかし、ひとは誰かを愛すれば愛するほど、別れのとき、悲しみはより大きくなるだろう。どんなに楽しく幸福な日々が続いたとしても、いつか必ず別れの日がやって来る。そのときの悲しみを避けるためには、誰も愛さないほうがいいのかもしれない。特にニッポンの愛犬家には目立つようにおもうけれど、もう二度とあんな悲しみはいやだからと言って、ほかの犬を家に迎えようとしない人がいる。

内村鑑三が、最愛の娘の葬儀の日、墓地で「ルツ子さん、万歳!」と叫んだのは、純粋に天国を信じてはいても、それでもこの世での別れはひどく悲しかったからだろう。エリック・クラプトンが、亡くなった幼い息子と天国で再会することをおもって書いた詩の中で、"I must be strong and carry on (私は強くなって、そして生きなくちゃならない)"と書いている。強くならなきゃとおもうのは、自分の弱さを感じているからにちがいない。愛する者と死別するときほど、ひとは自分の弱さを感じることがあるだろうか。

イエス・キリストは言った。
「悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです」(マタイ5:4)
愛する者がいるからこそ、ひとは悲しむのだ。愛すれば愛するほど、悲しみも大きくなるのだ。愛することによって、ひとは悲しみを知り、その悲しみによって、ひとは愛を知るのかもしれない。そのような人間の悲しみを誰よりも神は知っておられる。そして、慰めようとされている。そういう神を知っている人は幸いだ。それがキリストのメッセージなのだとおもう。

死ぬ準備というのが、この世の別れですべてが終わりということで片付くのなら、愛とはなんて悲しいものだろう。この世に幸福があり、美しいものがあり、しかしそのすべてが死によって失われてしまうという思いのままに、棺桶にもう片方の足を突っ込むのか。それとも、天国の実在を信じて、愛する者との再会の時が近づいたのを知り、文字どおり天に昇る思いでこの世を去るのか。人間には、そのどちらかしか選択の余地がないのだとすれば、これは大学入試や司法試験などの準備以上に、生きているうちにシッカリ準備しておくべきことになるのじゃないだろうか。

今日のビデオ:The Greatest Love & The Greatest Sorrow

☆ 「至上の愛と至上の悲しみ」と題して、シューベルトの生涯の終わりを描いた英国のテレビ番組の一部です。晩年のベートーヴェンは彼の天才を見抜き、「神から与えられた才能が、このシューベルトの中に輝いている」と言いました。彼はベートーヴェンの葬儀で、ろうそく立てを手に持って参列しました。その翌年、31歳の若さで、彼もまたこの世を去ったのです。

10 March 2008

英国系トリバカ紳士

ジョン・ストットも犬を愛するイギリス人であることは、こないだこのブログで貼った写真を見ても明らかだとおもう。犬を愛するのはイギリス人として当然すぎてつまらないというわけじゃないとおもうけれど、ストットの場合、イヌバカ紳士というよりは、トリバカ紳士としての体質がより濃厚のようだ。彼は、The Birds Our Teachers(鳥たち -- 私たちの教師)という題名の本を書いているくらいだ。

ジョン・ストットは、1974年にニッポンを訪れているが、最初は余り気が進まなかったらしい。ニッポンを嫌っているからではなく、彼の働きの中核である聖書講解というものが、通訳を介しては、なめらかに進まないと考えていたようだ。それは確かにそうだとおもう。たとえば政治的な演説のようなものでさえ、もし通訳がついていたとすれば、メッセージのリズムが崩れてしまうだろう。

来日に関して腰の重いストットではあったけれど、その腰が急に軽くなって、ほいほいとニッポンにやって来たのには、ある理由があった。日本人のスタッフのひとりが、ストットにこんな話を伝えていたのだ。もし来日が実現したら、ストット博士をトキ(学名Nipponia nippon)の撮影にご案内しますと。

トキは1974年当時、すでに佐渡島以外では絶滅していたので、ストットはきっと佐渡島まで連れて行かれたのだろう。それから7年後、生存が確認された最後の野生のトキ5羽が人工飼育に移され、その後の人間の知恵と努力にもかかわらず、ついに2003年、日本産トキは絶滅してしまった。そのことをストットは知って、どれほど悲しんだことだろう。

かつてストットは、バードウォッチングの趣味に関してインタビューを受けたとき、およそ次のようなことを語っていた。フランシス・ベーコンが言ったように、神は人間の読むべき2つの書物を与えてくださった。被造物としての『自然』と、神の言葉としての『聖書』だ。『聖書』を講解する私は、同時に、神の書かれたもうひとつの書『自然』を読む。私の場合、特に鳥たちを通して自然を読んでいるのだ。ひとによっては、それが星であったり、他の動物とか植物であったりするだろう。

そのフランシス・ベーコン(Francis Bacon, 1561 - 1626)の言葉とは、おそらく次の箇所を思い出していたのだとおもう。
To conclude therefore, let no man upon a weak conceit of sobriety or an ill-applied moderation think or maintain, that a man can search too far, or be too well studied in the Book of God's Word, or in the Book of God's Works -- Divinity or Philosophy. But rather, let men endeavour an endless progress or proficience in both; only let men beware that they apply both to charity, and not to swelling; to use and not to ostentation; and again that they do not unwisely mingle or confound those learnings together. (Advancement of Learning, 1605)
従って、このように結論できるだろう。まじめさをうぬぼれたり、不適切な節度でもって、次のように考えたり、主張したりしないようにしよう。ひとは神の言葉なる聖書か、神の作品なる書物(自然)かのどちらかを、あるいは神性と哲学のどちらかを、きわめ尽くしたり、充分に習得できたりするのだと。そうではなく、その両方において、どこまでも前進し、熟練することに、努力しようじゃないか。その両方を、ひとは愛のために学ぶのであって、自慢するためにするのではないこと。使うためにするのであって、見栄を張るためにするのではないこと。これを忘れないようにしよう。そして、もう一度いっておくが、これらの学びを、愚かな知恵で混ぜこぜにしないようにしよう。(『学問の進歩』、1605年)

今日のビデオ:Blackbird
-- Paul McCartney

☆ 2002年、エリザベス女王の即位50周年を記念して開かれたコンサートで、ビートルズ時代のホワイト・アルバムに入っていた曲を歌っています。もちろん、エリザベス女王は、ビートルズ・ファンです。

9 March 2008

英国系イヌバカ女王


エリザベス女王がどれほど犬を愛しているか。それはぼくが誰よりもよく知っている。きょうの写真に見える小さな女の子は、4歳の頃のエリザベスだが、愛犬グレンのそばで、なんと明るい笑顔を見せていることだろう。それにこの写真の構図を見てほしい。ここでの主役は、エリザベスではなく、母親の公爵夫人でもなく、愛犬グレンであるかのようだ。オー、偉大なるイヌバカ王国!とにかくグレート・ブリテン、されどグレート・ブリテン、女王陛下万歳!

と、きょうも英国賛美調に始まったけれど、英国社会にもちゃんと深刻な問題があるのは、イギリス人も人間だから当然だろう。ぼくはきのうの話の中で、英国の教育が非常に優れているような印象を与えてしまったかもしれない。たしかに優れている面が多いとおもうけれど、英国の教育事情にも問題がないわけではないのだ。学校にはイジメというものがちゃんとあるし、自由を勘違いして奔放な生活を送っている子どもたちも目立つらしい。

しかし、ニッポンと違って、イジメで児童が自殺するというような話は聞いたことがないようにおもう。英国では、子どもの自殺というのは、非常に珍しいようだ。老人の自殺も少ない。それに比べて、ニッポンでは子どもや老人の自殺が目立つ。この違いはどこから来ているのだろうか。社会福祉、動物愛護、そしてキリスト教、この3つが英国の社会で大きな働きをしているのは確かだろう。それが子どもや老人の生活に影響している可能性は高いのじゃないだろうか。

エリザベス女王自身が、社会福祉、動物愛護、キリスト教の3つにおいて、英国内で良き模範を示しているようにおもう。英国のみならず世界中で福音派キリスト信仰のために指導的な働きをして来たジョン・ストット(John Stott)が、去年、公の活動から引退した。ぼくは大学生の頃、ストットの著書Basic Christianity を読んで、キリスト信仰へと導かれた。ずっとあとで知ったことだが、その本をエリザベス女王も愛読していたらしい。ストットは、1958年から1991年まで、女王のチャプレンとして奉仕している。1958年というのは、Basic Christianity が最初に出版された年だ。ストットをチャプレンに望んだのは、きっと女王自身だったのだろう。

科学を神のごとく信仰する現代にあって、聖書に書かれているキリストの福音をそのまま信ずる人々がいる。2000年前に始まるイエスの使徒たちの信仰が、現在にまで継承されているのだ。そのようなクリスチャンという人間に、ニッポン列島ではめったに出逢えないだろうが、英国という島国では、女王自身がそのひとりなのだ。ケンブリッジやオックスフォードの大学で科学を研究する学者たちの中にも、同じ信仰をもつ人が少なくない。もちろん英国でもクリスチャンの多数派は、形式だけのクリスチャンで、葬式だけ仏教でやる日本人と、それほど変わらないような印象もあるけれど。

今日のビデオ:Abide With Me
-- Hayley Westenra

☆ ラグビーが生まれた学校ラグビー・スクールを訪れたニュー・ジーランド出身の歌手が、英国を代表する讃美歌を歌っています。この讃美歌はエリザベス女王の結婚式でも歌われました。ラグビー・スクールはジョン・ストットの母校で、ここの生徒だった頃、彼は聖書的なキリスト信仰をもちました。

8 March 2008

自由と秩序

最近、気づいたことがある。ぼくのブログを訪ねてくれる人の多くが、どうやら日本人ではないらしい。せっかく来てくれても、奇怪な日本語ばかりで出迎えちゃ、なんだか申し訳ないので、簡単な自己紹介を英語で書いてみた。

一時期、海外でちょっとした日本語ブームのような出来事があったような気がする。ぼくの日本語が、日本語の模範になるとはおもえないけれど、地球上のどこかで誰かの役に立つようなことがあれば、こんなにうれしいことはない。とは言ったものの、実はもっとうれしいことは、たくさんあるような気もするけど。

最近、よくポール・マッカートニーの写真を貼っているけれど、彼が愛犬と散歩するときは、いつもオフリードのようだ。さすがにイギリス人だなあとおもう。エリザベス女王やチャールズ皇太子など、王室の人々が愛犬と写っている写真にしても、リードでつないでいるのを見たことがないような気がする。

ジリー・クーパー(Jilly Cooper)が英国の階級社会をユーモアでつづってベストセラーになった本 Class の中に、こんな一節がある。
Upper-class dogs only have one meal a day and are therefore quite thin, like their owners. Snipe Stow-Crat is so well trained he doesn't need a collar or lead at all.

上流階級の犬は、一日一食しか与えられない。従って、飼い主と同じく、かなりやせている。スナイプ・ストウクラットはとてもよく教育されているので、首輪もリードもまったく必要がないくらいだ。
登場動物の説明によれば、スナイプは黒いラブラドールらしい。ストウクラットというのは、上流階級を代表する家名として著者が発明したものだ。明らかに貴族(aristocracy)をもじっている。それはともかく、リードが必要のないくらいに犬をちゃんと教育することが、社会的に上等なこととして認められる英国は、やはり偉大(Great Britain)だなあとおもう。

それに比べて、ニッポンはどうだろう。ぼくはニッポンのテレビ番組を見ることは、ほとんどなかったので、これは友人から聞いた話だけれど、葉山御用邸内で撮影した映像の中でも、皇室の愛犬はリードにつながれていたという。いつもそんな愚かなことをしてるのだろうか。それともテレビで公開されるから、この国の愚かな規則「犬は必ずつないで散歩しましょう」というのを守って、国民に模範を示しているつもりなのだろうか。こういうのも宮内庁かどこかの指示でやっているのだとすれば、さすがにニッポンだなあとおもう。

夏目漱石は、1914年に学習院で開かれた講演の中で、そこの生徒たちに向かって、こんなことを言っていた。
「話が少し横へそれますが、ご存じの通り英吉利(イギリス)という国は大変自由を尊ぶ国であります。それほど自由を愛する国でありながら、また英吉利ほど秩序の調った国はありません。実をいうと私は英吉利を好かないのです。嫌いではあるが事実だから仕方なしに申し上げます。あれほど自由でそうしてあれほど秩序の行き届いた国は恐らく世界中にないでしょう。日本などはとうてい比較にもなりません。しかし彼らはただ自由なのではありません。自分の自由を愛するとともに他の自由を尊敬するように、小供の時分から社会的教育をちゃんと受けているのです。」(「私の個人主義」より)
ぼくが初めてこれを読んだのは、まだ十代の頃だったとおもう。漱石がそこで「社会的教育」と言っていたのを、ずっと覚えていたとはおもえないけれど、例の愛犬家グループから追放されるまで、オフリードと関係して犬の「社会的教育」の重要性を、ぼくは絶えず訴えていた。自由の中でこそ、ヒトと同じように、イヌも社会性が身につくのだと。

英国のパブリック・スクールを視察した日本人の教師が、こんなことを言っていたのを、いま思い出した。その学校にはニッポンからの短期留学生たちがいたらしいが、キャンプ中の自由時間の最中に、リーダーの生徒がチャペルの時間が始まることを告げたとき、イギリス人の生徒はみな静かにチャペルの場所へ向かったのに、日本人の留学生たちはまだ自由時間が続いているかのように、おしゃべりしていた。それが余りに騒がしいので、ついにイギリス人の生徒から、静かにするよう注意されたそうだ。

日本社会ってのは、犬のことでもそうだけれど、形式的な規則で表面を繕ってはいても、そこに秩序があるどころか、驚くほどに乱雑な状態になっていることが多いのじゃないだろうか。何かの拍子にリードが外れると、どこへ飛んで行くか予想もつかない犬が多いのじゃないだろうか。本当の自由を知らない大人が、親となり、教師となり、愛犬家となる。だから、コドモもイヌも自由を知ることができないのだろう。やはり文化ってのは恐ろしいものだ。

今日のビデオ:Oh Freedom

7 March 2008

My dear

英語には dear という単語のあることは、たぶんニッポンの小学生でも知っているだろう。たとえば手紙の書き出しで、Dear Miss Marple というように書く。この伝統は、メールの普及によって失われつつあるような気がする。イギリス人でさえ、親しい間柄では、Hi John というように始めるのが普通になっているようだ。

たとえば、right という簡単な単語にもいろいろな意味があるように、dear にもいろいろな意味がある。しかし、それを状況に応じて自然に使えるようになるには、単なる英国かぶれでは難しいかもしれない。そこで、今日は、英国かぶれを超えてイギリス語を本格的に(あるいは英国病的に)習得したいと願う、すべての健全な善人男女のため、特別に英語教室を開きたいとおもう。

ちなみに、ぼくは理学部の学生時代、学校の教師になる予定はなかったので、教員免許取得に必要な講義はすべて受けず、あいた時間、文学部の教室に潜入して哲学を聴講したり、勝手にピアノを弾いたり、ひとりテニスコートでサービス練習をしたりして過ごしていた。よって、ぼくの英語教室は、およそニッポンの教育制度には準じていないことを付記しておく。それにぼくの専門は英語ではなく、オフリード論、じゃなくて、細胞学であったということも、追記しておく。
BBの英語教室 第1回 dear の使い方
1)Everything’s so dear now, isn’t it?

dearには「値段が高い」という意味がある。ほかの英語でいうなら、expensive となるだろう。従って、上の文の意味は、「このごろは、なんでもずいぶん高いですね」となる。このような意味でdearを使うのは、アメリカ人には珍しいかもしれない。

2)This book is very dear to him.

この用法は、dearの基本になるだろう。だいじなもの、愛するものをおもって「たいせつな(親愛な)」という気持を表現する。手紙の書き出しに使われるdearは、この意味を形式化したものと見ることができるかもしれない。上の文の意味は、「この本は、彼にとってとても大切なものなのだ」となる。この例文では本というモノに対して使われているが、もちろん人間や動物にも使える。たとえば、My dog is very dear to me(私の犬は、私にとって、かけがえのない存在です)というように。

3)Come here, my dear.

ここでのdearは、品詞としては名詞になる。そして、これに相当する日本語がないから困ってしまう。英和辞書を調べれば、「親愛なる者」だとか「いとしい人」だとかぐらいに訳しているのかもしれないが、問題は、日本語でそんな言い方を日常的にするのかということだ。英語では日常的に使われる表現でも、日本語ではそれにピッタリ相当するものがない。これまさに文化の違いというしかないだろう。

例文で言わんとすることは、「こっちに来て」ということだけど、相手に対して親愛の情を示すために、my dearをくっつけたわけだ。なお、上の文にはdearの前にmyがついているが、いつも必ずそうする必要はなく、Would you like a drink, dear?(何か飲むかい?)というように言ってもよい。

いずれにせよ、この用法は、相手との関係がかなり親しくなければ、自然には聞こえなくなってしまう。親友同士、恋人同士、家族同士、そんな人間関係の中で、日常的に使われているだろう。ただし、通常、男同士では言わない。

4)What's your name, dear?

これは上の3)と似ているようだけど、ちょっと違う。大人がよその子どもに向かって呼びかけるときなどに、このように言うことがあるのだ。たとえば、相手が初対面で名前も知らない子どもであるなら、その子とのあいだにまだ親しい関係が存在しないはずだが、相手が純情可憐な子どもであるから、親愛の情を込めてdearと呼びかけても別に変じゃないというわけだ。散歩の途中で、ぼくは愛犬を通して実に多くの子どもたちに出逢ったけれど、時に、「君の名前は?」と質問することがあった。そんな場合、相手が英国の子どもだったなら、きっと上の例文のようにdearと呼びかけたことだろう。

さて、ここでちょっと雑談を始めると、昔ぼくはあるイギリス人と論争をしていた時、途中で相手に向かって唐突に、my dearと呼んだことがある。その人とは決して親しい間柄ではなかった。たとえ親しい間柄でも、すでに述べたとおり、男同士ではやらないのが普通なのだ(おそらくホモセクシャルは別として)。もちろん彼は子どもでもなかった。とにかく、ちょっとしたユーモアのつもりだった。相手によっては通じないユーモアかもしれない。しかし、イギリス人には通じることが多い。興奮気味の論調が、少しのユーモアで冷静になるというのは、英国ではよく経験することのようにおもう。

5) Paul smiles at my pig every time we meet. Isn't he a dear!

ここでの用法は、呼びかけとしてではなく、普通の名詞として使用されている。意味は「親切な(やさしい)人」となり、従って例文は、「ポールって、会うと必ず、あたしのブタに微笑んでくれるのよ。なんてやさしい人なんでしょう!」と訳すことができる。なお、この用法は、イギリス人に特有なものだとおもう。

6) Oh dear! Oh dear! I shall be too late!

この例文は、『不思議の国のアリス(Alice's Adventures in Wonderland)』の始まりのところでウサギがしゃべった言葉を、そのまま引用したものだ。これはいわゆる間投詞として用いられる用法になる。困った時、驚いた時、悲しい時、ガッカリした時などに,思わず口から飛び出してしまうものだ。Dear me! と言うこともある。例文は、「どうしよう、どうしよう、遅刻しちゃう!」と訳せるだろう。驚いたときなら、「あら、まあ!」という感じだろうか。

7) My dearest daughter, Daddy is so proud of you.

形容詞として使われる場合には、他の形容詞と同じように、比較級(dearer)と最上級(dearest)がある。この例文のように最上級を用いると、愛情がずっと大きくなるような印象を与えることになる。「吾が最愛の娘よ、お父ちゃんは、おまえのことを誇りにおもう」と訳せるだろう。これで今日の英語教室はおしまい。(次回の日時は未定)

今日のビデオ:Martha My Dear
-- The Beatles (Paul on vocals)

Remember me, Martha my love

Don't forget me, Martha my dear

6 March 2008

内村鑑三の死生観

加藤周一の『日本人の死生観』には、内村鑑三の死生観はテーマにされていない。「2つのJ」すなわち、Jesus(イエス・キリスト)とJapan(ニッポン)を愛した内村であったけれど、彼の死生観を知れば、おそらく多くの日本人は異様に感ずることだろう。つまり、たとえ内村鑑三の死生観を研究したとしても、そこに日本人特有の死生観として普遍的なものは何も発見できないわけで、だからこそ加藤周一はそれをテーマにはしなかったのだとおもう。17歳という若さで亡くなった最愛の娘との告別の日、どこの父親が、「万歳!」と叫ぶだろうか。

内村鑑三は、たしかに天国を信じていた。それは聖書を読めば、だれだって天国の存在を知ることができるのであるけれども、彼の場合は、その聖書に書かれていることを幼子のように信じていたがゆえに、クリスチャンとしての見せかけの教理としてではなく、ほんとうに天国を信じていたのだとおもう。彼は死後の生命に関して次のように語った。
死後生命の有ることを証明することはできない。同じく、神の在ることも、正義の正義なることも証明することはできない。最高の真理はすべて証明以上である。最高の真理はすべて信仰の領分に属する。それゆえに、ことに貴いのである。もし理想はすべて夢であるならば、夢は最も貴いものである。不死の生命の夢がありて、新約聖書も、ダンテの『神曲』も、ヘンデル、モツァルトの音楽も成ったのである。芸術狂の近代人は死後生命の存在をあざけりて、自分で自分をあざけりつつあるのである。世にあわれむべき者とて、おのが理想の実在を信じ得ない者のごときはない。(「聖書之研究」、1929年)
特に日本人の中には、クリスチャンのことを非難して、独善的な信仰をもっているかのように決めつける人が目立つような気がする。独善と決めつけてしまえば、そこですでに非難の思いが込められているわけだけれど、聖書のメッセージによって自己を超越した絶対的存在としての神を知った者からすれば、自分の信ずるものをただ表明するだけのことであって、同じような信仰によって魂の平和を得る人のひとりでも増えることを願ったとしても、それを強制するつもりは全くないのだ。なぜなら、真のキリスト信仰とは、個人の主体的な求道心なくして得られないものだからである。思わず「求道心」などという日本語を使ってしまったけれど、これを日本的な宗教の修行のように解釈しては、必ずキリスト教を誤解することだろう。

奴隷制廃止の歴史に名を残したウィルバーフォースは、次のように言った。
Can you tell a plain man the road to heaven? Certainly, turn at once to the right, then go straight forward.

ごく普通の人に天国への道を教えることができますか? もちろんですとも。すぐに右に曲がって、あとはずっと真っすぐ行ってください。
これなら麻布から原宿までの道のりよりは簡単そうだ。それに旅人を最後まで見守ってくれるのは、英国系イヌバカ紳士ではなく、天と地をつくられた創造主なのだから、こんなに心強いことがあるだろうか。

話が内村鑑三から英国かぶれ系になりそうなので元にもどすと、内村の息子の祐之(ゆうし)は、父親の性格に関して次のようなことを書いている。
自ら信ずること篤きものを有する反面、他人に対して甚だ宏量であった。自らの自由を要求すると同じ程度に、他人の自由をも深く尊重した。周囲の人々に対しては、むしろ小心翼々という言葉で表現するのを適当と思わせるような態度さえしばしば見受けた。子供に対する態度も全く同様で、その個性と自由とを認めて、そこに親の圧迫というものを振りかざすようなことをしなかった。私の信ずる限りにおいて、父ほど、真の言葉の意味において常識的であり、理由のある他人の言葉に耳を藉(か)す自由な人格はなかったと思う。(「内村鑑三全集」附録「父の性格」より引用)
平和運動に参加しているような日本人の中にさえ、キリスト教を誤解して激しく非難しているような人に出会うことがある。その人はきっと本当のクリスチャンを知らないのだろう。米国のブッシュ大統領のようなのがクリスチャンだとおもえば、その顔面に向かってオナラの一発でもぶっかけたくなるのかもしれない。その気持は理解できるけれど。

内村鑑三が、「愛すべき三人の青年の、今年、帝國大学を卒業したれば、彼らを祝せんとて晩餐を共にし、その席において語りしところの一節」として書き残した文章の中に、次のような箇所がある。
ぼくは君たちがいつまでもこの簡単なる信仰を保たれ、いつまでも学生としてまた男童(ボーイズ)として存(のこ)らんことを望まざるを得ない。人を早老せしむるものは複雑なる信仰である。われらは単純なる信仰をいだいて、永久に小児であることができる。(「聖書之研究」、1915年)
新約聖書には、クリスチャンはみな神に向かって「アバ」と呼びかけ祈ることができると書いてある。アバとは、子どもが父親を呼ぶときの言葉で、日本語にするなら「お父ちゃん」とか「パパ」とかになるだろう。内村鑑三の信仰は、実に聖書的であった。だからこそ、その死生観もそうであったにちがいない。

今日のビデオ:Jesus Loves Me

5 March 2008

日本人の死生観

また大げさな題名をつけたけれど、加藤周一の真似をしようというわけではないのだ。今朝、国会議事堂前で拳銃自殺を図った男がいたらしく、その人が右翼活動家らしいということを聞いて、ぼくは三島由紀夫だとか、乃木大将だとかを思い出してしまい、それだけじゃなく、日本的な親子心中なんてものまで考え込んでしまって、スーパーウルトラ考えるひと状態になってしまったのだ。そんな状況で頭の中に浮かんで来たのが、「日本人の死生観」というテーマだった。

きょう自殺を図った右翼活動家は、総理大臣とマスコミ宛に遺書を残したらしい。どんな内容なのかは知らないが、その人は自分が死ぬことによって政治か何かの変わることを期待していたのだろうか。ひとりの人間のいのちは地球より重いのだとしても、こういう一方的な情感で世の中を変えようとして、しかも自分で自分の生涯を勝手に終了させてしまうってのは、ぼくにはずいぶん我がままなやり方におもえてしまうのだ。市ヶ谷の自衛隊員を前に演説をぶって自殺した三島由紀夫もそうだけれど、ニッポンの右翼の精神構造には、自殺の美学と呼べるようなものでもあるのだろうか。

加藤周一の『日本人の死生観』(岩波新書)では、三島由紀夫のこともテーマになっている。ぼくはあれを読んで、三島という人は、少年時代に本来の子どもに必要な愛を受けていないようにおもえた。祖母からの異常な愛情(それが愛と呼べるのだとすれば)によって、彼は愛というものを誤解して大人になったのじゃないか。そして大人になってからも、本当の愛を知らずにいたのじゃないだろうか。そんな印象を受けたものだ。

三島由紀夫は割腹自殺を図る前に、「天皇陛下万歳!」と叫んだらしいが、彼には天皇のほかに愛する存在がいなかったのだろうか。雨にも負けず、風にも負けず、とにかく生きて、何があっても生きて、愛する者を守りたいという願いはなかったのだろうか。

乃木大将は、明治天皇が死んで、そのあとを追うように、妻と共に自殺した。彼は明治天皇と自分の妻のどちらをより強く愛していたのだろうか。家族よりも天皇を愛するとするのが、大日本帝国の軍人に求められる最高の美学だったのか。国を守るというとき、家族を守るのではなく、天皇を守るというのが、この国の防衛だったのだろうか。きっとそうだから、異国の人々には愛する家族がいるという事実すら忘れて、その国を侵略することができたのだろう。天皇が支配するアジア(大東亜共栄圏)を理想としていたからこそ、侵略戦争を誇らしげに大東亜戦争と称して、そこに美学を感じてもいたのだろう。

乃木大将は、自宅で自殺する前に、次のような辞世を遺していた。
うつ志世を神去りましゝ大君乃みあと志たひて我はゆくなり
赤坂の乃木邸の隣りには,乃木神社がある。ほかにも全国数ヶ所に同じ名前の神社があるという。乃木大将は神となって、後世の日本人に何を伝えているのだろうか。むかし乃木邸のそばを愛犬と一緒に通ったとき、ぼくはそこで立ち止まって、しばらく屋敷をじっと見つめたことがあった。夜だったせいか、ずいぶん暗く淋しげな家だなあと感じた。その家の裏手には乃木神社がある。そして今、乃木大将がこの世に誕生した場所には、六本木ヒルズが誇らしげに立っている。

今日のビデオ:Tears in Heaven
-- Eric Clapton

☆ 4歳の息子を痛ましい事故で亡くしたクラプトンが、天国で再会する息子のことをおもって作った曲です。
Beyond the door there's peace, I'm sure
And I know there'll be no more tears in heaven

扉の向こうには、きっと平和がある
それに天国ではもう涙を流すことはない
彼はきっと聖書の次の一節をおもっていたのでしょう。
God shall wipe away all tears from their eyes; and there shall be no more death, neither sorrow, nor crying, neither shall there be any more pain.

神は彼らの眼から涙をすかっりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。

4 March 2008

ビートルズの愛犬


「ビートルズの愛犬」と題したものの、この写真に写っている大きな犬は、当時のポールの愛犬Martha(マーサ)だ。1968年の8月、ポールの自宅で撮影したものらしい。その年の11月、ビートルズは、自ら設立したばかりの会社Appleから2枚組のLPレコードを世に発表した。ほとんど真っ白のジャケットで、目立たない小さな文字でただThe BEATLESと書いてある。ビートルズファンはこれをThe White Album(ホワイト・アルバム)と呼んだ。

そのアルバム1枚目のB面は、Martha My Dear(マーサ・マイ・ディア)という歌で始まる。これはポールが作った曲で、愛犬マーサの名前を借りた題名になっているけれど、実際には、Jane Asher(ジェーン・アッシャー)という女性のことを意識していたのじゃないかというのが通説になっている。ポールとジェーンは、1967年に婚約発表までした仲であったが、その後いろいろあってジェーンのポールへの信頼が失われ、68年の7月、とうとう完全に婚約が破棄されてしまったのだ。ちなみに、1964年にリリースされたビートルズの曲And I Love Herは、ポールがジェーンをおもって作ったものらしい。

話は急展開するけれど、きのうの話の続きとして、動物を友だちだと言ったポールを、今も天国から応援しているかのような人のいることを話しておきたいとおもう。その人の名は、アルバート・シュバイツァー。あのシュバイツァー博士だ。彼はこんな祈りを書き残している。
神よ、われらの小さき祈りを聞いてください。
この祈りはわれらの友なる動物たちのため、
特に、苦しんでいる動物たち、
労働で酷使されている動物たち、
食べ物や水もろくに与えられず、
残酷に扱われている動物たち、
翼を柵に打ちつけ、囚われの身で
哀しみに沈むすべての動物たち、
狩りで捕らえられ、見捨てられ、
恐怖を与えられ、腹を空かしている動物たち、
殺されねばならない動物たち、
彼らすべてのために祈ります。
神の慈悲と憐れみが与えられますように。
そして、彼らを扱う人々に願うのは、
同情の心、やさしい手、思いやりの言葉。
どうかわれら自身を、
動物たちの真の友としてください。
そして、慈悲深い神の恵みを、
われら共に分かち合えますように。

Hear our humble prayer, O God,
for our friends the animals,
especially for animals who are suffering;
for animals that are overworked,
underfed and cruelly treated;
for all wistful creatures in captivity
that beat their wings against bars;
for any that are hunted or lost or deserted
or frightened or hungry;
for all that must be put death.
We entreat for them all Thy mercy and pity,
and for those who deal with them
we ask a heart of compassion
and gentle hands and kindly words.
Make us, ourselves, to be true friends to animals,
and so to share the blessings of the merciful.

今日のビデオ:A World Without Love
-- Peter & Gordon

☆ この歌を歌っているPeter Asher(ピーター・アッシャー)は、ポールの恋人だったジェーンのお兄ちゃんです。このメロディーを聴いてビートルズを連想するのは当然で、これはポールが作詞作曲してこのデュオに贈った歌でした(公称ではLennon/McCartneyによる曲となっていますが)。今日のビデオは、以前にもここで紹介したものです。ぼくはその後もよくこれを繰り返し見ていました。だれかがYouTubeにコメントを残して、こんなことを書いていました。
I so miss my "Buddy" who looked a lot like this dog(バディに会いたくてすごく淋しい。この犬にそっくりだった).

3 March 2008

ポールの愛犬

ポール・マッカートニーの愛犬の名はOllie(オリー)。きょうの写真は、そのオリーと一緒に散歩しているところを、英国のタブロイド紙The Sunの記者が撮ったものらしい。その時の記事によれば、ポールの隣人には、ある悩みがあるのだとか。

ポールはロンドン以外に、英国南東部の海に面するHoveにも家があるらしい。その町は有名な海浜リゾート地Brighton(ブライトン)のすぐ隣りにある。Hoveのことを、ニッポンでは「ホーブ」と書くようだけれど、イギリス人の発音とはかなり違うようにおもうし、老眼の人はタバコの「ホープ」と区別がつかなくなるかもしれない。といっても、カタカナではうまく表現できないのだ。とにかくHove、されどHove、女王陛下、万歳!

そのHoveでの隣人のひとりに、DJのFatboy Slim(ファットボーイ・スリム)がいて、2005年の誕生日に自宅の庭でバーベキューをしたとき、いつものとおり残った肉を、浜辺に集まるキツネたちのために置いておいたそうだ。すると、たまたまそこを通りかかったポールの愛犬オリーが、それを見つけて食べちゃったらしい。

犬を育てるとき、基本的な教育として、拾い食いをさせないようにするということは、原則になっている。しかし、ポールの愛犬の場合、もっと深刻な問題があった。その子は、ポールと同じく、ベジタリアンなのだ。

英国には、今さらいうまでもなく、動物を愛する人が非常に多いが、その影響で動物の肉を食べないベジタリアンも多いのだ。ベジタリアンの愛犬家の中には、自分の犬の食事も菜食主義で通す人だって珍しくないらしい。実際、英国で売られているドッグフードには、ベジタリアン向けのものまであるくらいだ。

ポールは、ある時、こう言っていた。
Animals are our friends. Don't eat them!

動物はぼくらの友だちだ。彼らを食べないで!
ブタやウシやヒツジのことも友だちとおもえるようになるには、人類の歴史はまだ足りないようだけれど、人間の親友と呼ばれるイヌまで食べて平気でいられるヒトがいる限り、この地球に平和は訪れないだろう。これ、ぼくの平和論である。

今日のビデオ:My Love (1973)
-- Paul McCartney & Wings
Don't ever ask me why
I never say goodbye to my love

2 March 2008

白い腕輪


最近のポール・マッカートニーは、いつも左手首に白い腕輪をはめている。ニッポンのプロ野球選手のように趣味の悪いものを身につけて喜ぶポールではないはず。これにはきっと何か意味があるのだろう。そう、もちろん意味がある。

地球上から貧困をなくそうという運動に賛同して、2005年、英国内で800万の人々が、その運動のシンボルとして白い腕輪(white band)を手首にはめた。そのひとりがポール・マッカートニーだったらしい。いつかも話したような気がするけれど、西洋の有名人の中には、このような運動に積極的に参加する人が非常に目立つのだ。

英国にはノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)の伝統がある。元々はフランス語で「貴族の義務」を意味する言葉だから、今でも貴族が存在する英国では、文字どおりに適用できる言葉になるが、貴族に限らず、身分や地位の高い人には社会的に奉仕する義務があるという意味で解釈するのが、イギリス人の常識になるのだとおもう。

いま英国の2つの辞書で調べてみたら、次のように説明されていた。
● the idea that people who have special advantages of wealth, etc. should help other people who do not have these advantages(財産などに恵まれた人々は、そのようなものに恵まれない人々を助けるべきだとする考え)
-- Oxford Advanced Learner's Dictionary

● the idea that someone with power and influence should use their social position to help other people(権力や勢力をもつ人は、ほかの人々を助けるべく彼らの社会的地位を用いるべきだとする考え)
-- Cambridge Advanced Learner's Dictionary
おそらくノブレス・オブリージュは、イエス・キリストの次の言葉と無関係ではないだろう。
"From everyone who has been given much, much will be demanded; and from the one who has been entrusted with much, much more will be asked."

「すべて、多く与えられた者は多く求められ、多く任された者は多く要求されます」(ルカ12:48)
ところで、きょうの写真には、亡くなったポールの妻リンダが、いわゆるゴーストのように、彼のうしろで微笑んでいる。これを見て、無気味におもうか、やさしい気分になるか。それは個人の感性か何かの違いで変わるだろう。ぼくは幸せなカップルだなあと感じた。

今日のビデオ:Vintage Clothes
-- Paul McCartney

1 March 2008

道案内

散歩の途中で休んだカフェで、西洋人のカップルに道を訊かれたことがあった。原宿まで行きたかったらしい。近くには日比谷線の広尾駅があったけれど、日本語の分からない外国人には、乗り換えながら原宿までたどり着くのは、かなり難しいだろう。ぼくが原宿へ向かうとすれば、たいてい自転車か徒歩だったし、きっと西洋人なら歩くことをそれほど難儀におもわないだろうと勝手に決めて、歩いて出かける道順を教えてあげた。一応、電車の乗り換えの複雑なことを話して。

彼らがその場を去ったあと、ぼくはちょっと心配になり、彼らから一町ほどの距離を保って、愛犬と一緒にあとをついて行った。その日は夏休みだったような記憶が残っている。ふだんでも散歩に出かけると、探検隊のようにいろんな道をさまよい歩き、なかなか家に帰って来ないというのが普通だった。天気もいいことだし、吾が愛犬も歩くのが好きだから、こちらとしては何も迷惑にならないどころか、いつもの楽しい散歩をしているつもりだった。

霞町(西麻布)の交差点が最初の関門だった。そこを教えられたとおりの方向へ前進することができるか。彼らがその交差点に達したのを確認したぼくは、遠くから祈るように(というのはちと大げさだけれど)、見守っていた。すると、どうだろう。ちゃんと間違えずに正しい方向へ歩き始めたじゃないか。それから青山墓地にさしかかる地点でも、左の方向へ直進していた。よしよし。これでなんとか青山通りまではたどり着けるだろう。ぼくはホッとした。

愛犬とその道を歩くときは、途中で休憩する場所があって、それはちょっとシャレたビルなのだけど、先ほど調べてみるまでは名前を知らなかった。アルテカベルテプラザというらしい。なんとも覚えにくい名前のような気がする。そのビルの地下には藤村俊二の経営するワインバーがあって、散歩の途中、どこかから歩いて来た藤村俊二に出会ったのを覚えている。彼はまずぼくの大きな犬を見て、それからじっとぼくの姿(あるいは自転車)を見ていたような気がする。なぜこんなことを覚えているかというと、ふつう芸能人と出会っても、こっちは私生活に干渉しちゃいけないとおもうから、できるだけ見て見ぬふりをするというのに、藤村俊二の場合は、かなり強烈な視線でこっちを見ていたからだ。

さっきついでにそのワインバーのことを調べてみたら、店をつくるときの木材やレンガを英国から取り寄せ、大工まで英国から来てもらったというから、どうやら彼もかなり英国かぶれの体質らしい。そういえば、若い頃に英国に滞在していたというウワサをどこかで聞いたような気がする。アメリカ人の知人に言わせると、ぼくの姿はかなり英国的に見えるらしい。それに関しては人によって異論もあるだろうけれど、なんといっても愛犬は英国ゴールデンだし、自転車も古き良き時代の英国ふうになるように注文して作ったものだった。藤村俊二がほんとうに英国かぶれなら、おそらくぼくの散歩姿から英国の風(ってのはちとカッコよすぎるかな?)を感じ取ったのかもしれない。

話が原宿旅程の西洋人から寄り道をしてしまったようなので、元にもどすと、いつもの休憩所で休まないのを不思議におもうような表情を見せたはずの愛犬と一緒に、ぼくは西洋人カップルのあとをついて歩きつづけた。やがて、おもったとおり彼らは青山通りにまで無事たどり着いた。たしかその交差点にあるハーゲンダッツのことを教えていたとおもう。彼らは教えられたとおりにそこを左折したようだった。あとは表参道の交差点までまっすぐだ。目的地まであと一歩(といっても、あと1キロ近くはあるけれど)。

遠く前方に彼らを見ながら、ぼくらは青山通りを歩いていた。やがて表参道の交差点にまで彼らが到着した時、たしかにそこを右折して原宿方面に向かうのを見た。これでもう大丈夫。ぼくらのミッションは終わった。

それからどこをどう歩いていたのか、今ではもう思い出せない。しかし、しばらくして森英恵ビルの前で休んでいたことは覚えている。そこは表参道を散歩するときには必ず休憩する場所だった。ビルの中から女性の店員たちが、よくこちらを見て微笑んでいた。もちろんぼくの英国ふうの姿に感動したわけじゃなく、吾が愛犬の愛らしさを見て微笑んでいたのだろう。たしかに彼には人々を魅了する雰囲気があった。いつだったか恵比寿ガーデンプレイスの池のそばで休んでいたとき、そばを通った婦人が微笑みながらこう言った。「まあ、なんて絵になる姿なの!」

話を再びあの日のことにもどせば、森英恵ビルの前で休んでいたら、原宿駅方面からこちらに向かって歩いて来る人々の中に、ぼくらに気づいて、驚いたように微笑んでいる西洋人のカップルがいた。あのふたりだった。こちらに近づく彼らに、ぼくも立ち上がって彼らに近づいた。「原宿に来れたみたいですね」と言って、「ご覧のとおり、ぼくらも結局ここに来てしまいました」と、ぼくは言った。彼らの笑顔を今も思い出す。おそらく吾が愛犬も笑顔で彼らを見ていたことだろう。彼はいつもそうだったから。

今日のビデオ:What a Wonderful World

☆ この英国の女の子は、ぼくの好きな歌をだれから教えてもらったのでしょう。不思議です。