☆☆ BB's Blog ☆☆ KV 2

ぼくの名前はBBです。「悪いヤツ」と呼ぶ人もいます。でも、犬には「いいヤツ」だと思われているかもしれません。これでいいのだ。バカボンのパパなのだ。ちなみに、バカボンもBBみたいですが、ぼくはバカボンとは別人です。

29 January 2008

やっぱりお国柄


英国BBCテレビの政治番組Question Timeを司会したロビン・デイ(Sir Robin Day, 1923 - 2000)は、首相や大臣を相手にしての辛辣で容赦のない質問と批判によって、英国内では多くの庶民に好かれ、同時に、支配層の人々には嫌われた人だ。1982年、当時のサッチャー政権における国防大臣ジョン・ノットを番組に招いたロビン卿は、大臣の強硬な反論にも屈せず、どこまでも国防費削減を主張したため、ついに怒った大臣は番組の途中で退場してしまった。

特にサッチャー首相との論争はBBCの歴史に刻まれるべき壮絶な戦いであったようだ。もともとサッチャーはBBCを嫌っていたはずだが、ロビン卿のせいでますます嫌うようになったにちがいない。1983年の選挙期間中に彼の番組に登場したサッチャー首相は、最後まで彼の名前をMr Dayと呼び、Sir Robinと呼ぶことを拒んだ。2年前にロビン・デイは、女王からナイト爵に叙されていたのに。

マーガレット・サッチャーが爵位反対論者であるのなら、それもひとつのスジの通った態度だったのかもしれない。あのバートランド・ラッセルは、名門世襲貴族の出身だったのに、生涯、自分から貴族の称号を使うことはなかったという。しかし、サッチャー自身は、あれから8年後の1991年、配偶者のデニスが世襲上の爵位を受けたことに便乗して、男爵夫人の肩書きを得て喜んだのである。喜んだというのは、実はぼくの勝手な思い込みにすぎないのだけれど、少女時代から立身出世を夢見ながら上流階級の発音を練習していたというサッチャーなら、おそらく腹の底では「ヤッターッ!!」と狂喜していたのじゃないだろうか。

夫の話が出たついでに、その男デニス・サッチャーについて少しだけ語っておけば、彼は社会主義(つまり労働党)が大嫌いな男で、その点ではサッチャー首相と同じだったけれど、死刑制度というものを野蛮なことに思っていたようだ。サッチャー首相自身は死刑制度を支持する立場だったから、そんな妻に比べれば、まだ上流な英国人だったのかもしれない。ただし、サッチャー首相に批判的なBBCのことは大嫌いだったらしく、やっぱり似たもの夫婦ということになるだろうか。

それにしても、英国の右翼に支持されたサッチャー政権に対して非常に厳しい姿勢を崩さなかったロビン・デイが、女王から爵位を受けるとは、ニッポンでは考えられないことのように思う。たとえば、若い頃から天皇制に批判的な加藤周一は、文化勲章さえもらっていない。もっともそんな話が出たとしても、加藤周一ならば拒否するだろうが。

マーガレット・サッチャーほどにニッポン社会のあり方を褒めたたえた首相は、英国では非常に珍しいように思う。そういえば、サッチャーがオックスフォード大学を目指してそこに入学したのも、ニッポンの東大受験生の感覚にどこか似ているような気がする。キーワードは立身出世。その目的は名誉とカネだろうか。サッチャーは首相を辞めたのちにもいろんなメディアからインタビューを受けているそうだが、聞いた話だと、1回あたり五百万円ほどの報酬を要求するそうだ。

参考:ロビン卿の番組に登場したサッチャー首相
 
☆ 「鉄の女 (Iron Lady)」と呼ばれたサッチャーですが、いつにもまして勇ましい姿を見せてくれたようです。相手が誰あろうロビン卿ですから、完全武装で臨んだのでしょう。こういうテレビのパフォーマンスにだまされる人間は英国にもいるんですね。しかし、長いサッチャー政権のあいだに失った尊いものに気づいたとき、英国の庶民は政権交代を実現させるのです。サッチャー時代にぼろぼろにされた英国伝統の社会福祉が、やがて労働党政権によって修復されることになったのです。人民放送局としてのBBCの存在は大きいと思います。それに比べてNHKはどうでしょうか。

今日のビデオ:Robin Day / Morny Stannit

23 January 2008

やさしさ ...

「電車男」という映画を観て全く予定外のことがあった。スクリーンを見ているうちに、なんだか胸がオッパイ、じゃなくて、イッパイになって、ジーンと来てしまって、涙腺がゆるゆるになってしまって、このままじゃあかんぞなもしと思って、オナラでごまかそうとしたんどすけど、日頃の憤屁が頻発していたせいか、一発も出えへんでのお、えろう困りましたぞなもし。

で、ぼくは一体なにゆえにそれほどまでに感激したかといえばですね、見ず知らずの赤の他人の人々がですね、彼女いない歴22年のオタク男(22)の恋の成就のためにですね、みーんな真剣になって応援しているんですね。ネット世界というバーチャルな空間で出逢った友のために、あんなに一生懸命になって応援していたんですよ。思わず「友」と言ってしまったけれど、あれを友情と呼ばずになんと呼べばよいのか、ぼくにはほかに言葉が見つからない。

思えば、ぼくだってなにゆえに日本語圏のネット世界に登場したかといえば、イヌという動物だって自由に幸福に生きることのできるニッポンになってほしかったこと、それは今さら言うまでもないことかもしれないけれど、それだけじゃなくて、本当は悪いヤツじゃないのに世間からのけ者にされているような心やさしい人たちを応援することができたらいいなあなんて、ここだけの話、実はそんな思いがあったんどすえ。

あゝ、それなのに、それなのに、いま振り返れば、あそこでもどこでもナタデココでも、思わずノータリンウヨクだとか、クソミソマスメディアだとか、ついそんな過激な日本語を使って攻撃的になっている自分の姿ばかりが回想されてしまうわけで、やっぱりぼかあほんとに悪いヤツなんだあって、そう思えて来てですね、どうしようもなく哀しい気分になってしまうんです。

電車男を応援していた人たちってのは、自分自身のリアル世界はむしろ孤独で淋しい生活というか、決して幸福な生活とは呼べないものだったのに、電車男の幸せをあそこまで真剣に思っていて、彼が悲しいときは一緒になって悲しみ、彼とエルメスさんとの関係がうまくいっているような報告がネットで送られて来ると、それを読んでみんな心から喜ぶんだ。するとそのうち、彼らのリアル世界も段々に幸福へと近づいていくような感じになるんだね。あゝ、やっぱり、ひとのやさしさが世界を変えるんだ。ぼくはそんな気持になって、きょう最初に言ったかもしれないけれど、胸がオッパイ、じゃなくて、イッパイになってしまったんだ。

今日のビデオ:A Dog's Life
video

19 January 2008

やっぱりクジラのこと

日本語圏のネット世界を考えるとは言ったものの、正直に言えば、このテーマはもうウンザリという気分なのだ。英語圏を飛び出してニッポンの愛犬家グループに参加して以来、ぼくはいつもこのテーマを考え続けて来たように思う。愛犬家に失望し、やっぱり政治を変えなきゃ日本人は変わらないと思ったものだから、老人党掲示板などに顔を出すようになったわけだけど、結局、そこも同じだった。

気が進まないテーマではあっても、このまま放っておけば、本当にニッポンは亡んでしまうかもしれない。世界の常識からいよいよ遠ざかり、気がつけば米国のような非常識国家からも見捨てられ、地球上で孤独死してしまうようなことになるかもしれない。

そういうわけだから、もうこのテーマはウンザリとは思いつつ、どうしてもぼくの頭の中から削除することができない。老人党ケージバンの管理人なら、彼ら独特の常識で削除できるのだろうけれど。

それはともかく、ぼくはやっぱりクジラのことが気になって仕方がないのだ。ニッポンのボケナスアホンダラウルトラノータリンクソミソマスメディアは、相変わらず、クジラ狩りに反対する活動家たちをテロリスト扱いして報道しているじゃないか。この国のジャーナリストなどにクジラの感情を想像するゆとりなどなくて、職務中にも株でカネ儲けするようなことしか頭になかったりするのだろう。彼らには事実を正確に伝えていないという自覚すらないのかもしれない。事実を知ろうとする意欲など最初からないから、動物愛護運動家をワル者に決めつけて被害者ぶる日本人の言い分をそのまま記事にできるのだと思う。

BBCの番組だったと記憶するが、バカでかい見るからに凶暴そうなハチの大群が、別の種類の小さいハチの巣を奇襲して、幼虫も何もかも咬み殺して破壊しまくっている映像を見たことがある。ぼくはそれを見て、ヒトの戦争を思い浮かべたりしたものだけれど、彼らハチの世界ではあれも生き残るための常識になってしまうのだろう。あえて常識と言ってみたが、常識というものは、本来、考えたり感情をいだいたりすることのできる生き物にしかふさわしくない言葉だ。ぼくはイヌにも思考力があり感情があり、正しく育てられたイヌには常識さえもあることを知っているが、ハチにそのような常識を期待するのは無理だろう。彼らはただ本能で生きているだけだ。本能だけで生きる生き物にとっては、食欲を満たすことが何よりも重要課題になるのだろう。

ちなみに吾が愛犬BBCは、どんなにおいしそうな料理がすぐ眼の前にあっても、それが自分のものであることが明らかになるまでは絶対に食べない。たとえその部屋に家族のものが誰もいなくなって彼ひとりになったとしても食べない。特別にそういうことを厳しくしつけたわけではないのだ。もちろん体罰などを与えたこともない。彼は自分の常識で食欲を自制することができるようだ。

数年前、北海道のある都市で、愛犬とふたり暮らしの中年男性が突然死して、部屋に残された犬が発見されるまでの40日間ほど、その犬は何も食べず何も飲まずに、主人の遺体に付き添うように生き延びていたという。ふつうならとっくに死んでいたはずだと獣医は言った。獣医はなんとかその犬の健康を回復させようと努力したが、まもなく死んでしまった。まるで安心したかのように。

ヒトの中には、戦場という地獄で、死んだ戦友の肉までも食べて生き延びるものまでいると聞く。イヌという動物は友を食べるようなことはしない。少なくともヒトに愛された経験のある犬であれば。

クジラに人間の言葉が話せたら、何を話すだろうか。クジラの親子に近づくダイバーを見て、しばらくその場から動かずにダイバーに興味を示すクジラは、そのとき何を思っているのだろう。クジラやイルカのような動物は、食欲を満たすことだけが関心事ではないらしい。本来、ヒトもそうではなかったのか。

東京で食べられないものは何もないと言われている。たしかに英国料理専門店まであるのが国際都市トーキョーだ。新大久保の韓国料理街では、メニューにイヌ肉料理まで載せている店もあるという。麻布十番の韓国料理店の常識では想像もできない。どこからイヌの肉を仕入れているのだろう。韓国では飼い犬が盗まれて食肉にされていることもあると聞いているが、東京の知人が愛犬を盗まれたのを知ったとき、ぼくが何よりも心配したのは、残虐な人間によって食用にされたり、実験用にされたりしてはいないだろうかということだった。

クジラの感情を想像してみよう。そう加藤周一は言った。本能だけで生きるハチの感情を想像しても、ただの主観で終わってしまうだろう。しかし、クジラにはイヌと同じように感情がある。そのような動物たちの感情を想像することのできないヒトがこの地球を支配する限り、ヒトは自分の欲望を満たすために自然を破壊し続け、相変わらず戦争のような残虐行為を繰り返すのだろう。

今日のビデオ:Blue Whale

☆ 英国BBCの番組The Blue Planet(青い惑星)からのクリップです。解説しているのは、David Attenborough。この人はケンブリッジのクレア・コレッジを卒業しているようですから、日本流に言えば、白洲次郎の後輩になりますね。ニッポンの一流大学出身で、彼のような活動をしている有名人は存在するでしょうか。

17 January 2008

日本語圏のネット世界(1)

すでにかなり前にこのブログでも明らかにしたとおり、ぼくには日本語圏の愛犬家グループから追放された経験がある。そして去年は、老人党掲示板からも追放された。長いインターネット生活の中、日本語圏ネット世界でぼくが深く関係したのはこの2つくらいだから、確率論的に言って、ぼくはどうやら日本語圏では相当に悪いトンデモ人間になってしまうらしい。

あえて「日本語圏」と言ったのは、より深く関係して来た英語圏では全く経験したことがないからだ。それに、英国のBBCを通して知り合った世界中の人々との交際経験の中でも、ぼくが格別に異質なヤツとして排除されたという記憶はなくて、むしろ言葉や文化の違いを越えて人間としてだいじなことが通じ合えるという経験のほうが多かったように思う。そういうわけだから、確率論的に言って、ぼく個人の体質というよりは、日本語圏ネット世界の体質こそをテーマにしたほうが、ニッポンの未来は明るいのじゃないだろうか。そこでしばらくのあいだ、このテーマでいろいろ考えていきたいと思う。

東京の麻布でも、ぼくはごく自然に自分らしく生活できた。それがX市で暮らすようになって、イヌのことに限らずいろんなカルチャーショックを経験するようになり、漱石じゃないけれど、とかくにこの世は住みにくいという思いを味わった。それでもぼく自身のことなら、たいていのことには耐えられる。しかし、イヌのような社会的弱者にとって、このニッポンて国は、余りにも住みにくい国じゃないだろうか。そのような視点から人間社会を観察していると、イヌばかりかヒトに関しても、この国は弱い立場の人間に優しくはないという現実が見えて来た。

ぼくが英語圏のネット世界を飛び出して日本語圏に参加するようになったのは、ニッポンのイヌ事情を知るためだった。そこで知ったのは、実際のX市の現実が、ニッポンでは何も特殊ではないらしいということだった。これは大変なことだ。このままじゃ不幸な犬がどんどん増えてしまう。東京でもある程度はニッポンのひどいイヌ事情を知っていたつもりだけれど、想像以上にひどすぎる。しかもその根本的な原因が、愛犬家自身の常識にあることに気づいたから、ぼくはなんとかその常識のまちがいに気づいてもらおうとした。

日本人はみんなと違う意見を受け入れることができないばかりか、自分の過ちを認めるのが苦手な人種だと思う。愛犬家グループで動物愛護的な発言までしているメンバーたちだったから、我こそは模範的な愛犬家だという自負があったのだろう。そこにぼくのように生意気そうな東京人が現れて、彼ら常連に向かってキッパリと反論するのだから、メンツを重んじる儒教文化圏育ちの日本人としては、かなり頭に来たにちがいない。それに、相手が対等な人間同士としてフェアに議論できない人間とわかれば、ぼくはふざける傾向があるから、カルシウム不足の日本人には、これがまたどうしようもなく頭に来るらしい。(つづく)

今日のビデオ:It's a Small World

☆ パリっ子には人気がないというユーロディズニーランドのビデオです。たしかに前をゆくボートに客の姿は見えないようです。東京でも台風が去った直後に遊びに行ったら、これに似たひとけのないディズニーランドを体験したことがありますが。

16 January 2008

目覚めよと呼ぶ声が


平和とか福祉とか、そういうものに深く関わりながら、自分の権力だとか貯蓄だとかを実は何よりも最優先しているような人物が、なぜニッポンでは出世できるのだろうか。世間にバレないようにこそこそとやって、オモテ向きは善人を演じているあいだであれば、クソミソマスメディアに脳の奥底までクソミソ漬けにされてしまった人間なら相変わらずノー天気でいられたとしても、もろもろの悪行がぽろぽろとこぼれ落ちるのを目撃してさえ、まるで何も見なかったかのように、ただ自分の生活を守ることにだけエネルギーを消費できる人が国民の多数派だとすれば、その国はローマ帝国と同じように、まちがいなく亡びるだろう。

チンパンジーでさえこいつは信用できねえと怪しむようなヤツに、霊長類の親分を自認するヒトが、なにゆえに怪しむこともできないのか。もちろんほんとは悪いヤツではないのに勝手に悪いヤツに決めつけちゃまた哀しい冤罪が増えてしまう。しかし、社会的に高い地位にある人間には、ふつう以上に重い社会的責任があるはずだ。そのような人の正体が下劣な偽善者であることが明らかになったとすれば、即刻その地位から引きずり下ろさなければ、社会全体が腐敗し切ってしまう。子どもたちの教育も台無しになってしまう。そんな国に明るい未来が訪れるだろうか。

それにしてもニッポンのマスコミ人はどうして意気地なしなんだ。腐敗し切った社会でヨイコぶりながらエリートコースを歩みつつ、そのうち腐ったオトナ社会に無難に馴染んでしまった温室育ちのひょろひょろ人間ばかりが、マスコミ界に入ってゆくからだろうか。彼らはいつまで記者クラブで甘えているつもりなのか。会社の上司やスポンサーにはやっぱり逆らえないってのが現実なのか。大きな組織の中では、正義よりも尊ぶべき<和>でもあるってえのかい。だとすれば、この国のマスコミはどこかのケージバンほどにもニッポンを変える力にはならないだろう。権力と貯蓄こそはすべて。そんな信条を若い世代にも伝えていくつもりなのか。

あゝ、この国に正義はないのだろうか。やっぱり神は日本を憎んでいるのか。ぼくの髪の毛はまだふさふさなのに、この世は余りにも空しい。空しすぎるのだ。

今日のビデオ:Wachet auf, ruft uns die Stimme

13 January 2008

元号と歴史


日本史を学ぶときに何が面倒かって、元号くらいに面倒なものはないように思う。たとえば元禄という響きになんとなくニッポンを感じるのはその人の勝手だが、中野村に設置された施設(犬屋敷)に江戸中の野犬が収容され手厚く保護されたのが元禄8年だったと言われるよりは、西暦で1695年と教えてもらったほうが、どれほど考えるヒントを与えてくれることだろう。これが迷信深いバカ殿様の気まぐれではなく、ちゃんとした動物愛護精神で始まった事業ならば、1820年代の英国に始まる歴史よりも1世紀以上も早くニッポンが世界史の中で動物愛護の歴史にその礎を築いていたかもしれないなあ。そんな幻想をいだきながらすするミルクティーは、しばし現代の不条理を忘れさせてくれることもあるだろうか。

ひとは明治時代といい,また昭和時代といい、あたかも明治と昭和が全く違う時代であるかのようにいう。ぼくには昭和の時代が太平洋戦争後にさえ、明治から始まる天皇制と連続しているように思えることがあるし、1890年(明治23年)に発布された教育勅語などに見られる国家主義的な教育方針は、平成の時代になってもその後遺症を残しているようにさえ思えるのだ。日本人はほとんど進歩していないように思えて情けなくなることもある。

元号の伝統に忠実であれば、あの敗戦をきっかけとして昭和は改元されなければならなかった。ところが昭和天皇は戦争責任を問われないままに、新しい憲法の中で象徴天皇などという曖昧な身分まで与えられ、天皇と同じく戦争責任を免れたマスコミの応援によって、いつのまにかお人柄のよい平和主義の天皇に落ち着いてしまった。庶民の関心事は天皇や憲法どころではなかっただろう。敗戦直後は、空きっ腹にいかに食糧を詰め込むかが重大問題だっただろうし、やがて食い物に困らなくなると、天皇制ファシズムの指導者だった男たちを首相や法務大臣にしても平気でいられるほどに平和を満喫していたらしい。

日本史の専門家の中に今でも南京虐殺はなかったと主張しているようなのが存在できるのは、元号などというちっぽけな時代感覚に染まったまま歴史を学んでいるつもりになっている学者が多いからじゃないだろうか。余計なことを覚えすぎるから、肝心のことを考える余裕がなくなってしまうのだと思う。

日本語というのは、パソコンで入力するときにも漢字変換だとかがあって、西洋語に比べるとかなり損をしている印象がある。しかし、ぼくは志賀直哉みたいに日本語をやめてフランス語を公用語にしたほうがいいなどとは思わない。日本語の苦労にはそれなりの価値があると思う。しかし、元号というのは、年代を覚える仕組みとして、西暦に比べ意味のない苦労が多いばかりか、日本人の歴史観を非常に曖昧なものにしているような気がしてならない。昭和時代をいい加減なままに終えておきながら、その反省もなく平成時代を始めて平気でいられるとすれば、日本人はまた過去の過ちをいつか繰り返してしまうかもしれない。

元号法まで制定して元号を残したのと同じ精神が、国旗国歌法を作ったのだろう。その種の精神がニッポンの支配者層の中に戦後もずっと存続することができたのはなぜか。元号にも君が代にも問題意識を感じない庶民がそれを許したのだろう。21世紀になってもNHKが元号を使って報道しているのを見てしまうと、ぼくは日本人であることが情けなくなってしまう。

今日のビデオ:Bach Sinfonia No.11
-- Glenn Gould

10 January 2008

暴力的なのは


今年最初のビデオの中でワン公が「ハイ、チーズ」と言われて牙をむいていた。イヌとしてはあれで精一杯の「チーズ」のつもりだったのだろうけれど、オオカミと同じでイヌが牙をむくとすれば、相手を威嚇する必要のあるときであって、それを知っているワン公だったから、しきりに右手を上げながら、威嚇してるつもりのないことを表現していた。イヌが前足であのような仕草をするのは、相手への友愛の情を示すときであり、たとえば「一緒に遊ぼうよ」というような場合にああするのだ。

オオカミは凶暴な動物のようなイメージがあるかもしれないけれど、実際には、暴力をきらう動物らしい。動物行動学の専門家の話では、オオカミが牙をむくのは、お互い争いはやめようじゃないかという気持からそうするのだという。

圧倒的に強大な武力で弱い国を攻撃したり、子どもの頃から仲間とつるんで弱い者イジメをするような動物は、やはりヒト以外には存在しないようだ。それでもニッポンの場合、戦中戦前に比べれば、現代の子どもたちは人間に対しては暴力的ではなくなっている。それは今の大人たちのほうが昔の大人よりはまだ人間のいのちを尊ぶようになっているからだろう。しかし、動物のいのちに関してはどうだろうか。特にイヌのような動物のいのちは、相変わらず粗末に扱われているのがニッポンの実情なのだと思う。

子どもたちに交通信号を守るように教えるのは、彼らのいのちを交通戦争から守るために必要なことだ。それを怠る大人はいないだろう。しかし、動物のいのちを守ることを子どもたちに教えるのは、だれの責任になるのだろうか。

今日のビデオ:Beautiful Animals and People Together

9 January 2008

英国のバラ


バラは高温多湿のニッポンの風土には合わないという。英国はちがう。英国の気候はバラのためにあると言ってもいいくらいに、バラにとって住みよい国が英国だ。それだけじゃない。イギリス人に花を愛する人は多いが、中でもバラは特別な花のようであり、英国ほどにバラが愛されている国は、この地球上にそう多くは存在しないのじゃないだろうか。

ロンドンで一戸建ての家を所有するのはふつうじゃないから、多くの住民は大きな庭をもつことができない。しかし、集合住宅に広い庭が備わっているのは珍しくないようだし、そうでなくても、窓辺に植木鉢を並べたりしながら草花との交流を楽しむのは、イギリス人の国技と呼んでもいいくらいだから、朝青龍も朝顔もビックリ仰天だろう。

庭というと、地上げ国家ニッポンでは、カネモチ連中の贅沢だと思うかもしれないが、これも英国の常識ではちがっている。かの国では、平均以下の稼ぎしかない労働者階級の人でも、小さな庭付きの家をもつことは可能であり、実際、英国にはバラとかダリアとかの園芸名士として知られた人が、貴族的なマナーハウスにではなく、つつましやかな家で静かに暮らしながら、園芸とは関係のない仕事で薄給を稼いでいるということが多いようだ。

庭といえば、英国の一戸建て住宅の庭は、おもてからは見えない裏側にあるのがふつうだ。東京の地元でも、むかしは同じように外からは見えない庭を所有する古い家が多かったように思う。おそらくそれが日本家屋の伝統じゃなかったのだろうか。しかし、例のX市でよく見かけた真新しい一戸建て住宅の場合は、おもてから丸見えの豪華な庭を有する豪邸が目立ったような気がする。

イギリス人にとって庭の手入れは、まったく個人的な生き甲斐に関する行為であって、そこに世間の眼が干渉する余地は何もない。隣りの車がベンツに昇格したら、うちのがマーチのままじゃ世間体が悪いというような、その種の虚栄が入る余地もない。ただひと知れず花を愛し、花から愛され、そこに言葉がなくとも無言のうちに幸福の何たるかを知る。イギリス人は人生を贅沢に生きるすべを、イヌばかりか草花からも学んでいるのかもしれない。

それはともかく、ぼくの英国かぶれはマークス寿子どころの騒ぎじゃないから、今年もひと知れず日本語圏ネット世界の片隅で、ぽつりぽつりと語っていこうと思う。美しいバラとの交流を楽しむように。

今日のビデオ:English Rose
No matter where I roam
I will come back to my English rose ...

8 January 2008

あるベストセラーの話


新年の決意について考えていたとき思い出したのは、『ブリジット・ジョーンズの日記(Bridget Jones's Diary)』だった。主人公のブリジットが新年の決意を書き記していたのを思い出していたのだ。この原作は英国を起点として世界的なベストセラーになったらしい(ニッポンではそれほど話題になっていた印象はないけれど)。ぼくがベストセラーを買うとすれば、出版後10年は過ぎているのがふつうだと思うけれど、珍しくこの本はまだニッポンでは余り知られていない頃に早々と買ってしまった。海外で話題になっている新刊を買うとすれば、日本橋の丸善ではなく、たいてい六本木の青山ブックセンターだった。この本も深夜の散歩の途中、忠犬BBCと一緒に入ったあの店で買ったものだった。

あのとき店内でその本を手に取って少し立ち読みしたら、日記を書いているブリジットなるイギリス人女性の印象として、リアル世界でならぼくの関心の対象にはなりそうにない女性に思えた。そのいちばんの理由は、いまどきの英国で暮らしながら、かなりのヘビースモーカーらしいことだった。ニッポンのようなタバコ後進国でなら、キャリアウーマン気取りで今もタバコを吸って自由を満喫している女性も珍しくはないのかもしれないが、英国で今もタバコを吸っている大人を見てしまうと、ここだけの話、アタマ悪いんじゃないのって思ってしまう。

それでもあの本を買ってしまったのは、現代の英国を知るためには、英国ではやや異質に見えるブリジットのような女性を主人公とするフィクションが意外に役に立つように思えたからだ。そして何よりもブリジットの母親の言葉の中にぼくを思わず苦笑させたトドメの一発があった。何かを引用するときは必ず現物で確認することにしているから、先ほどあの本を探してみたのだけれど、やっぱり発見できなかった。仕方がないので今日のところは記憶を頼りに引用するしかない。
His wife was Japanese. Very cruel race.(彼の奥さんて日本人だったのよ。とっても残酷な人種の)
この種の日本人批判を見るとすぐにカッと頭に来る日本人というのは、素敵な日本女性のお友だち(or 恋人)になった経験がないか、あるいは、単にアタマが悪いだけのどちらかじゃないだろうか。それはともかく、ブリジットの幼友達の男性が法廷弁護士をしていて、その離婚した乳房、じゃなくて女房が、日本人だったというのは、なんだか現代だなあという感じがして非常にリアルっぽい。

イギリス人と離婚した日本女性といえば、ぼくはマークス寿子を思い出す。マークス&スペンサーの御曹司と結婚して男爵夫人になったかと思えば、すぐに離婚し、『英国貴族になった私』という本を出して世に知られるようになった女性だ。マークス寿子といえば、英国かぶれ丸出しの本を立て続けに書いている作家だから、きっとBBお気に入りの作家だと思うかもしれないが、表面上は問題意識を共有できそうに見えて、本質的なところではかなり考え方が違っているような気がする。

それはともかく,ブリジット・ジョーンズの話を続ければ、ハリウッドがベストセラーの映画化を考えるのはいつものことであり、これも例外ではなかった。英国産のベストセラーであっても、主役にアメリカ人をつけるのも、いつものハリウッドらしい。ブリジットを演じたテキサス女性レネー・ゼルウィガーの英語は、アメリカ人には珍しくほぼ完璧なイギリス式発音ではあると思う。それを認められたのか、『ピーター・ラビットのおはなし』を書いた英国的な作家ビアトリクス・ポターの役で、2006年の年末に英国で公開されたMiss Potterという映画の中でも、彼女は完璧なイギリス英語をしゃべっていた。ただし、実際のポターはもっと静かな女性ではなかっただろうかというのが、ぼくの感想ではあるけれど。

せっかくブリジット・ジョーンズの話題で始まった今日の話だから、ニッポンで発売されたDVDについて最後にひとこと言っておきたいと思う。映画の中でも、ブリジットの母親の口から「残酷人種」発言が飛び出したのだけれど、日本語の字幕ではシッカリその部分が削除されていた。なるほど、日本人てのは、どこかのケージバン管理体制の中だけでなく、映画界の中でも、同胞一般庶民を子ども扱いして平気でいられる人々が権力を握っているらしい。確かに、肝心なことには何も問題意識を持たずに、余計なことには一番乗りで口出しする未熟なオトナの目立つのが、このニッポンの特質なのかもしれないけれど。

今日のビデオ:Bridget Jones's Diary

7 January 2008

忘れ去られたもの

きのうロバート・リンドのことを書いているとき、次回に話す予定のことが頭に浮かんでいたのだけれど、リンドに関してちょっと日本語圏のネット世界を探索したら、気になることがあったので、きょうは予定を変えてそのことを話そうと思う。

たぶんリンドのことを知るイギリス人でさえ今は珍しいはずだから、ニッポンではほぼ忘れ去られた人物にちがいないとは思っていた。それでもリンドのことを忘れていない日本人もいるらしく、原作の著作権がなくなったはずの随筆を翻訳して売り出すことまで考えてくれたようだ。英語圏でなら庶民が無料で読めるように古典的名作をネット上で公開する活動がふつうなのに比べ、日本語圏のネット世界というのは、「公開するならカネをくれ」精神が常識になっているらしい。そういうカネが、「おにぎりを食べたい」と言い残して死んでゆくような人の手に渡るのなら、ぼくも応援したいとは思う。しかし、これもコイズミ改革の成果としての「カネこそはすべて」主義だとしたら、リアル世界と同じく、ネット世界でもニッポンの歴史は英語圏とは異質の方向へ進んでしまうのかもしれない。もちろんぼくが「英語圏」というとき、そこにコイズミの大好きな「アメリカ圏」は含まれていない。

それはともかく、ぼくが何よりも問題だと思ったのは、リンド随想集の翻訳を監修したという人が書いていた次の言葉であった。
結果はリンドの作品が現代にも通用するもので、イラク戦争や北朝鮮の脅威等の世界情勢を前に、あたかもつい最近書かれたものであるかのような錯覚さえ覚える。
「新訳リンド随想集」監訳者のことばから引用)
これのどこが問題なのと不思議に思う人が多いのだろうか。リンドの書き残したものが現代にも通用するというのは確かにそうだと思う。しかし、「北朝鮮の脅威」というのはどうだろう。リンドが今も生きていたら、ニッポンのボケナスアホンダラウルトラノータリンクソミソマスメディアみたいな調子で「北朝鮮の脅威」を強調しながらタカ派右翼と声を合わせ、ニッポンの軍国主義化を応援するような愚かな真似はしないだろう。

ぼくには北朝鮮の全体主義体制ならいつでも批判する用意はあるし、北朝鮮から南に亡命したサッカーの監督がイヌ肉料理屋を営んでいて、「ニッポン代表も強くなりたきゃイヌの肉を食いな」と言ったのを聞いたときは、こんなボケナスアホンダラに純血な英国産スポーツは似合わないと思ったものだが、それでもぼくは北朝鮮の現状を考えるときに、彼らに対して犯したニッポンやアメリカの過去の暴力を思わずにいられない。

ニッポンでは忘れられたロバート・リンドを生き返らせようと努力する人々の中に、それでカネ儲けまで考えている人のいることはともかくとして、リンドの精神とは似ても似つかない軽はずみな言動を見るにつけ、ぼくは正月そうそう日本人インテリ層の弱点を思い知らされたような気分になって、雑煮の餅を挟んだ箸をもつ手もしばし呆然と固まってしまうのだ。

今日のビデオ:Forget Me Not
-- Lucie Silvas
Forget me not, I ask of you
Wherever your life takes you to
And if we never meet again
Think of me every now and then ...

6 January 2008

新年の決意


ロバート・リンド (Robert Lynd) が書いた随筆の中に、新年の決意がなぜ長続きしないかというような話があったように思う。これも十代の頃に読んだ本だから正確には覚えていないので、確認のためちょっと現物を探してみたのだけれど、やっぱり見つからなかった。本は買っても売ることはなかったから、きっとどこかにあるはずだけど、新年が始まる前に部屋を片付ける予定も予定外の風邪で台無しになったことだし、とにかく今の状態じゃたとえ新年の決意の中でさえ部屋の整理など考えたくはない気分だ。

それはともかく、この正月、そんなぼくにも決意したことがある。それは、今年こそ老人をいじめないということだ。ニッポンという儒教文化圏では、偉そうな人間はたいてい老人に決まっているし、ぼくが何か文句を言いたくなる相手というのはイヌやコドモやビジョではなく、偉そうな人間がふつうだから、思えばぼくの人生、ずいぶん老人をいじめて来たような気がする。そのたびに思い出すのは、次の聖句だった。
年寄りを叱ってはならない。父親に対するように説得しなさい。(新約聖書、第1テモテ5:1)
それでも、ぼくはいつも叱ってるつもりはなかったのだ。しかし、この聖句の英語訳にはrebukeという動詞が使われているのだけれど、これには「批難する」という意味があって、特に日本人というのは、ひとから批難されると血圧かプライド指数が200くらいまで上昇するような人が珍しくないようだから、けっこう面倒な事態になってしまう。しかも困ったことに、批難と説得の区別のつかない人間が多いのがこのニッポンの特質でもあるようだし。

そういえば、ぼくはいつか老人党ケージバンで、作家なだいなだのことを父親のように思っていると言ったことがあったかもしれない。友人なら選べるが、父親というのは選べない。あのときはそこまで考えていなかったかもしれないけれど、他人なら許せても父親であるからこそ許せないということもあるのであって、先にこの世に生を受けた人間には、あとから生まれる者に対して社会的(あるいは、少なくとも家庭的)な責任があるのじゃないだろうか。

あれ? ぼくはまた年寄りをいじめてしまったかな?

今日のビデオ:New Year's Resolutions!
-- NOT Beatles

2 January 2008

新年のご挨拶


予定では過ぎし年のクリスマスに、少しはクリスマスらしいメッセージを書くつもりだった。しかし、ひどい風邪をひいてしまい、しかもいちばん苦手な頭痛に悩まされる日々だったものだから、すっかり予定が狂ってしまった。

病気には原因があるのがふつうで、時には医者でも原因が分からないこともあるようだが、今回の風邪の原因は明らかだ。クリスマスが近づいたものだから、愛犬BBCと一緒に風呂に入り、シャンプーしてあげたのだけれど、シャワーをかけているあいだ、ひどく暑苦しそうだったものだから、窓を開けて冷たい夜風を入れたのだ。うちの風呂場の床にはスチーム暖房が通っているらしく、冬だというのに室内が真夏の海水浴場のように暑い。吾が愛犬は決して暴れたり、逃げ去ろうとはしないけれど、顔の表情を見れば、「パパ、いつまでここにいるの?」と言ってるみたいでカワウソ、じゃなくて、かわいそうだった。

BBCの巨体をシッポの先から頭のてっぺんまで洗い上げるには、およそ40分は必要だ。そのあいだ窓を開けていたわけだけれど、これくらいのことで風邪をひくほど、ぼくのからだはヤワじゃないはず。問題は、風呂場を出てから寝室に入ったあとだった。ぼくの寝室はBBCの寝室でもあるから、うちでいちばん室温を低くしている部屋になる。しかも、あの夜は窓を開けていたらしく、いつもより寒かったらしい。BBCはぼくのベッドの上で休んでいたのだけれど、風邪をひいちゃいけないと思い、毛布でからだを包んであげた。それからぼくはノートパソコンでメールチェックを始めたのだ。無線LANでネットにつないでいるから、暖かい部屋に移動してもよかったのだけれど、いつもの習慣でベッドに腰掛けたままスクリーンに向かった。

気がつくと、いつのまにかベッドに横になっていて、しばらく眠っていたらしい。BBCは毛布に包まれたまま暖かそうに眠っていたが、ぼくはひどく寒気がした。すっかり湯冷めしていたようだ。翌朝からひどい頭痛がして、それが数日のあいだ続いた。ぼくは風邪くらいでは病院に行かない。というか、大人になってから病気で通院したことがなかったように思う。しかし、そんなぼくでも風邪はひくのだ。バカは風邪をひかないらしいけれど、風邪をバカにしちゃ、気がついたらあの世で目が覚めるなんてこともあるようだから、皆さん、風呂上がりには湯冷めしないように気をつけましょう。ということで、これをもって新年のご挨拶に代えさせていただきます。

今日のビデオ:ハイ、チーズ!