☆☆ BB's Blog ☆☆ KV 2

ぼくの名前はBBです。「悪いヤツ」と呼ぶ人もいます。でも、犬には「いいヤツ」だと思われているかもしれません。これでいいのだ。バカボンのパパなのだ。ちなみに、バカボンもBBみたいですが、ぼくはバカボンとは別人です。

29 May 2007

作家はなんで生きるか

作家はもちろん酸素を吸って生きている。ご飯を食べて生きている。普通の人間と同じだ。犬とも同じだ。

作家にもいろいろあることは確かだろう。特に現代作家の多くは、とにかく大勢の人々に買ってもらえる本を書きたいと願っているのかもしれない。そういう作家なら、酸素やご飯よりは、印税で生きていると言った方がいいだろうか。そのような作家の中にも、読む価値のある本を書く人が混じっていることもあるのかもしれないが、多くの場合、彼らの書く本を読む暇があったら、犬と遊んでいた方がずっと楽しいにちがいない。

現代作家の中にも、カネのためにではなく、社会をよくしたいという願いで書いている人もいるだろう。これもニッポンの場合は、そう単純な話じゃなくて、右翼だとかカルトだとか、その種のおかしな連中も、社会をよくしたいと願っているかのような主張をするから困る。もちろん、彼らの書く本など読む暇があったら、夜空の星を見上げていた方がずっといい。

現代作家の中で、本当に社会をよくしたいという願いで本を書いている人がいるのも確かだと思う。PP君にも、若い頃からずっと敬愛する作家ナニモ・ナイゾー氏がいた。ある日、散歩中のPP君、渋谷のハチ公前か、青山墓地に眠る上野教授の墓の前か、別にどこでもいいのだけど、とにかくばったりナニモ氏に出会ったことがあった。そのときPP君はいつものように愛犬と一緒で、その犬はオフリードで静かにそばにすわっていた。そこへ墓地の管理人か誰かがやって来て、リードをしていないPP君の愛犬に気づくと、帝国陸軍士官のように、「犬をつなぎなさい」と言ったのだ。

ぼくのブログの読者ならば、ここまでの話でおよそ話のスジは見えてきたかもしれない。ぼくがどれほどニッポン人の差別的なイヌ観と闘ってきたことか。ただイヌというだけで、まるで猛獣のようにみなし、イヌはいつもリードにつなぐべきだという規則を作っている人間を、ぼくがどれほど軽蔑していることか。

さて、そのPP君の話のつづきだけれど、彼は敬愛するナニモ氏に対して、先ほどの管理人ふうの男の主張をどう思うかと質問したのだ。なぜなら、このテーマは、PP君にとっては、ご飯よりもだいじなテーマだったし、若い頃から敬愛したナニモ氏ならば、きっとPP君の考え方を理解してくれるだろうと信じていたから。

しかし、ナニモ氏はこう言った。

「私は管理人じゃないから、犬のことで何かを言える立場じゃない。やはり管理人に従うしかないのじゃないか」

ああ、読者よ。そのときのPP君のこころの中を想像することができるだろうか。彼がどれほど失望したことか。その心情を察することができるだろうか。相手が太宰治ならば、あんな質問はしなかったのだ。太宰は「犬は猛獣だ」と断言して恥じないイナカッペ大将だったのだ。しかし、ナニモ氏は口癖のようにいつも言っていたじゃないか。「規則はいらないのだ。“紳士たれ”だけでよいのだ。バカボンのパパなのだ」と。

読者よ、これ以上、何を語る必要があるだろう。ただ最後にひとことだけ付け加えるとすれば、PP君は、ロンドンでも、オックスフォードでも、パリでも、多くの人々から紳士として認められていたと誤解していたくらいの人物であった。ありゃ?

今日のビデオ : Tears In Heaven
-- The Choirboys

28 May 2007

カッコいいかダサいか

J&J(ジョンソン・エンド・ジョンソン)社が、今春、企業に就職したばかりの若者を対象に「喫煙に関する意識調査」を実施したそうだ。それによると、新入社員の88パーセントがタバコを吸わないらしい。えっ!そんなに多いの?って不思議な気がしないこともないけど、この数字だけを見ると、ニッポンもやっと変わってきたのかなとは思う。古い人間は若者を見下す傾向があるけれど、ところがどっこいさのよいよい、若い世代はちゃんと進歩しているようだ。

J&Jが公開した資料には、なかなか面白い結果が出ている。「喫煙OLのイメージ」として、ストレスが多い(44.2%)、だらしない(29.2%)、教養がない・品がない(25.8%)、自分勝手(24.2%)、というイメージが強いようだけど、ぼくが注目したのは、「ダサい」というのが、12.4%あるのに対して,「カッコいい」というのも、6.4%あったことだ。

ひとによって感性の違いがあるのは、たとえば、おとなしい犬を見ても「キャー!」と叫ぶ女子高生がいるかと思えば、その同じ犬を見て「キャワイー!」と笑顔を見せる小学生もいることから、ぼくもなんとなくその実態を想像することはできるのだ。

イヌの問題もそうだけれど、タバコの問題も、社会的に重大なテーマになるのは確かだろう。特に日本人の多くがニッポンを先進国と思っているのならば、少なくともこの2つのテーマは、まだまだ風呂場で考えるべき重要課題になるように思う。

ここでいきなり志村けんが登場したら変かもしれないけれど、愛犬家とかいう彼だが、四日市コンビナートも驚くほどのヘビースモーカーらしく、自宅で彼がタバコを吸い始めると、犬たちが別の部屋へ逃げてゆくらしい。むかしぼくが麻布十番の小さな公園で愛犬と遊んでいたら、そばのビルの2階から志村けんがじっとこちらを見ていたことがあった。それからしばらくして、近所の子供から聞いた話だけれど、志村けんはぼくの犬にそっくりな犬と暮らしているというのだ。気になってちょっと調べてみたら、あの麻布十番で出会ったときには、まだ彼の自宅にその犬はいなかったらしい。

ぼくの犬は、当時の東京ではまだ珍しかった英国ゴールデンなのだ。ニッポンで一般的なゴールデンに比べて、毛の色がかなり白っぽい。最近ではアメリカンも白っぽいのが人気らしいけれど、英国ゴールデンは顔のつくりもかなり違っている。当時、青山ケンネルでも、特別に注文しないと手に入らない犬種だと聞いたことがある。こんなことを考えると、志村けんがぼくの真似をした可能性が、51.8%くらいはありそうな気がする。だから、あのようなヘビースモーカーの住む家で暮らしている犬のことを思うと、なんだか申し訳ないような気分になってしまうのだ。

最近、犬の死因でガンが非常に多くなっているらしい。何よりもペットブームに便乗して売り出したドッグフードの原料が怪しいけれど、それだけじゃなく、室内犬が増えたことにより、受動喫煙の被害に遭う犬が多くなったのだと思う。犬は室内で人間と一緒に暮らすのが当然なのだけど、ニッポンのように喫煙者の多い環境では、犬たちの寿命も短くなってしまうにちがいない。

志村けんは、ぼくがオフリードで愛犬と遊んでいる姿を見て、足が長い男じゃのお、じゃなくて、カッコいい犬じゃのお、と思った可能性が68.2%くらいはあるかもしれない。しかし、愛犬に受動喫煙させるようなことをしていたら、ダサいどころか、太宰治なら「人間失格!」と言うかもしれないよ。しかし、太宰治は実はイヌ嫌いだったらしく、今のぼくの発言はダサい駄洒落にすぎないのだけど。

今日のビデオ : Children's Pet Show
-- Mr Bean

27 May 2007

イヌは友だち

人間に音楽というものがあるのは、まちがいなく神さまの贈り物にちがいない。物質的な欲望によっていつも醜い動物になってしまう傾向のあるヒトだから、神さまもさぞ苦心されたことだろう。もちろんイヌという動物も、同じような意味で、神さまの贈り物なのだと思う。

God を逆に書くと、dog になるのは、イギリス人の冗談だったのだろうか。ぼくはイヌを見ていると、創造主の大きな愛を感じてしまうことがある。ヒトもきっと創造主の目的では、美しい生き物のはずだったのじゃないだろうか。

真実とはいつも単純なものなのだろう。人間社会がかくも複雑なのは、ヒトが真実を余りにも無視する動物だからだと思う。イギリス人に限らず、イヌを本当に愛する人には、きっと共通するイヌ観があるにちがいない。ヒトがいかに信用できない動物であるかを知れば知るほどに、イヌの純粋さがますます尊いものに見えてくるのだと思う。

英国の詩人ポープ(Alexander Pope, 1688 - 1744)は、こんな言葉を残している。
歴史には、人間の友以上に犬の忠実さを示す見本がいっぱいある。

Histories are more full of examples of the fidelity of dogs than of friends.
ぼく個人の人生を振り返っても、友となった犬に裏切られたことは一度もないけれど、友だったはずの人間に裏切られたことなら、何度かあるように思う。コイズミやアベのことをブッシュの犬だとか呼ぶ人の中には、犬の忠誠を誤解している人も混じっているような気がするけれど、犬という動物と本当に信頼関係を結ぶためには、人間の方も彼らと同じくらいに純粋であらねばならないだろう。

ぼくは愛犬に信頼されるに足る人間であろうと努力して、自分の内にある人間的な醜さと戦ってきたように思う。まだまだ彼らの純粋さには達していないのだけど、こんなぼくをも彼は信頼してくれるから、それにこたえなくちゃと思って、ぼくはきょうもオッパイのことを忘れ、スキャンティーのことも忘れ、ただひたすら地球の平和を願って、ヒトの群れの中で何かを叫んでいた。

今日のビデオ : A scene from Love Actually

☆ イギリス首相を演じるヒュー・グラントです。実際の首相トニー・ブレアは、大学時代に Ugly Rumours というロックバンドでギターを弾きながら歌っていました。もちろん長髪で。

26 May 2007

ピアノの話


ベートーヴェンがこの世を去って8年ほど過ぎた頃、ドイツの都市ブラウンシュヴァイクでピアノを作り始めた男がいた。その名をハインリッヒ・シュタインヴェークといい、彼はのちにニューヨークに移住して、名前を英語流にヘンリー・スタインウェイと変えた。というような調子で語り始めると、なんだスタインウェイの話かと思うだろうけれど、ところがどっこいさのよいよい、ぼくの心はアメリカへは渡らずに、ヨーロッパに留まるのであった。

シュタインヴェークにはテオドールという名の息子がいた。彼はフリードリッヒ・グロトリアンの協力を得て、ブラウンシュヴァイクでピアノ製作を続けていたけれど、やがてそのテオドールもニューヨークへ渡ってしまう。残されたグロトリアンは、シュタインヴェークのあとを引き継いだ形で会社経営を始めた。それが今も知る人ぞ知るピアノの名門グロトリアンだ。

ロベルト・シューマンの妻であり有名なピアニストであったクララ・シューマンは、グロトリアンのピアノを愛用していた。きょうの写真は、そのクララのために特別に作られたグロトリアン製のピアノだ。陶製の板がついていて、そこには
クララ・シューマン教授のための特別仕様 ブラウンシュヴァイク 1871年
と記されている。

ヴァルター・ギーゼキングの残したレコードは、ぼくにモーツァルトのピアノ・ソナタの美しさを教えてくれた。彼が弾くKV545の第2楽章を聴いたとき、技術的には簡単なこの曲を、このように美しく演奏するためには、テクニックを超えた何かが必要じゃないかと思った。ぼくはギーゼキングの演奏を何度も繰り返し聴いて、彼のように弾いてみようとした。彼の書いたピアノ奏法の本も読んだ。でも、どうしても同じようには弾けなかった。

ぼくが使用した妹のピアノは、ギーゼキングが愛用したグロトリアンではなかった。そして、ぼくはドイツかぶれじゃなくて、英国かぶれであった。きっとそのせいだったのかもしれない。

今日のビデオ : Bach Before Breakfast
-- Celia

☆ この女の子は、毎日、朝ご飯の前には必ずバッハを弾くそうです。そういえばクララ・シューマンは、当時のドイツ人が忘れていたバッハを演奏会でもよく弾いたといいます。話は変わりますが、今日のビデオの最後になぜかパソコンが出てきます。ぼくにはそれがマックだとすぐに気づきました。なかなか趣味のよい女の子です。これで犬も大好きだとしたら、もうチョコパフェ、じゃなくて、パーフェクトです。

25 May 2007

愛犬家とは


ニッポンの多くの愛犬家を見ていて、つくづく思うことがある。イヌのように大らかで、社交的で、自由と平和にふさわしい動物を育てるには、イヌを育てることより前に、ヒトを育てることを考え直さなくちゃいけないんじゃないかと。

雪国では、公園の外でも愛犬のリードを外して散歩したものだった。ぼくのBBCは、歩くときに決してリードを引っ張ったりしないけれど、ぼくが凍った道で滑って転びそうな場面になると、ぼくの方がリードを引っ張ってしまって、彼に迷惑をかけてしまうからだ。彼がオフリードでも勝手な行動をとらずにぼくの横を静かに歩くのは、子犬の頃にそのように教育したからであって、イヌもヒトと同じように、自由の中でこそ本当のマナーを学ぶことができるのだと思う。

その雪国で、こんな人と出会ったことがある。真冬の夕方、バス停前のビルの玄関ホールで休憩しようと思って、オフリードのままビルの中に入ったら、バスを待っていた人が近づいてきて、「犬をさわってもいいですか?」と訊いた。もちろんいいですよと、ぼくは答えたわけだけど、それをきっかけについ話に花が咲いてしまったのだ。

ぼくらのおしゃべりは、だいたいこんな感じだった。

「私は犬が大好きなんですけど、犬と暮らしたことがないんです。だから、犬を見るとつい近づきたくなるんですが、愛犬家の方の中には、それをあまり喜ばない人が目立つように感じています」

「そうでしょうね。特に大型犬の飼い主には、自分の犬のことも信用していない人が多いみたいですから」

「なるほど、それだから、さわってもいいですかと言ったら、断られてしまうことがあるんですね」

「イヌくらいに、本来、人間を好きな動物はいないと思うんですが、ニッポンの愛犬家の中には、ご自分の愛犬をわざわざヒト嫌いにするようなことを平気でやってる人が目立ちます」

「実は、以前からあなたのワンちゃんをずっと見ていたんです。リードでつながないでも、お行儀よく散歩できる犬なんて、私は見たことがなかったものですから」

「イヌは高等な動物ですからね。自由の中でマナーを学習する必要があるし、また、それができる動物なんです」

「たしかに、人間も本当はそうあるべきなのに、規則だとかに縛られて教育されていて、規則から解放されると勝手なことをする人間が多いですよね」

「たとえば、ペットブームを意識してなのか、犬同伴で利用できる店とかも増えてきました。でも、まったく社会性教育ができていないイヌ嫌い・ヒト嫌いの犬まで平気で連れて来るのが日本人です。きっとその種の愛犬家は、形だけの規則しか頭になくて、マナーというのが何かってことを考えたこともないのでしょう」

「そのような人間が犬を育てようとするから、犬もダメになってしまうんでしょうね」

「驚くのは、その種の愛犬家には、ぼくのようにリードを外して犬を散歩させること自体がマナー違反だと思っている人が多いようなんです。彼らの犬も同じようにしたらマナー違反になるってのなら、ぼくにも理解できるんですけどね」

実際には、もっと長い話になったのだけど、内容としてはこんな感じだったと思う。このようにちゃんと話のできる人と出会うと、ぼくは本当に嬉しい気分になる。それはぼくのイヌ論が理解されたからじゃなくて、このような人がいる限り、ニッポンもいつの日か動物愛護国になれるような気がしてくるからだ。

世の多くの日本的愛犬家には理解できないらしいぼくのイヌ論は、犬と暮らしたことのないような人の中にも、このように正しく理解できる人がいる。同じような出会いを、ぼくはけっこう経験しているから、愛犬家グループ内で砂をかむような反論を受けながらも、あきらめずにメッセージを送り続けることができるのだ。

今日のビデオ : Beautiful Boy
-- by BekahB

☆ ジョン・レノンが、愛する息子をおもって作った曲を、ぼくの愛人、じゃなくて、幼なじみ、じゃなくて、まったく知らない女性が歌っています。世界に向かって、このように大胆に歌うその精神を、ぼくは何よりも支持したいと思います。若い世代の人の中にもジョンの歌を愛する人たちがいる。実に感動的なことです。だから、ギターの調弦がなんか変じゃないかとか、余計なことは言っちゃいけないのです。だいじなのは顔、じゃなくて、オッパイ、じゃなくて、やっぱり精神なのです。

24 May 2007

シッポは足じゃない

リンカーンは動物のいのちや権利を非常に尊重していた人らしい。動物愛護に直接は関係しないと思うけど、彼はこんなことも言った。
もし犬のシッポを足と呼ぶとすれば、犬には足が何本あるか?答えは、4本だ。シッポを足と呼んだからって、シッポが足になるわけがない。

How many legs does a dog have if you call the tail a leg? Four. Calling a tail a leg doesn't make it a leg.
たとえば、「サッカーの日本代表は必ず勝つ」と信じるのは個人の勝手だけど、マスメディアまでもが一緒になって「必ず勝つ」なんて言い出したら、太平洋戦争時のデタラメ報道と同じで、気がついたら原爆を落とされていたなんてことになるかもしれない。

きょう知ったニュースの中に、ニッポンでは珍しくないことだけど、またこんなのがあった。鹿児島市にある鹿屋(かのや)中央高校で、女子バレーボール部の監督が、常習的に部員の顔を殴るなどの暴力行為を行なっていたという。この高校は、去年のインターハイで優勝していて、バレーの名門校として有名な学校らしい。こんなニュースを知ると、ぼくはなぜか天皇の軍隊のことを思い出してしまう。

九州が今でも男尊女卑だと決めつけたら、とんこつラーメンが頭に来るかもしれないから、断言するのはやめて示唆する程度にしておこうか。日本語で何かを語るってのは、けっこう神経を使うものなのだ。

若い頃にどこか田舎の駅のホームで目撃して非常にビックリしたのだけど、何かの運動部の部員のような生徒たちが集まっているところに、先輩らしき生徒が通りかかると、まるでヤクザの子分みたいに,彼らは一斉に深々とお辞儀したものだった。そんな学校の監督なら、もしかして昔の日本兵のように暴力的なのかもしれない。

鹿屋中央高校の監督は、歴史の教師をしているらしい。きっと安倍晋三だとか石原慎太郎なんかが支持しそうな歴史観をもつ教師じゃないのだろうか。

今日のビデオ : Moon River
-- Audrey Hepburn

23 May 2007

カルトなクリスチャン


ふつうクリスチャンというのは、怪しげな宗教を拒絶するものだ。なぜなら、クリスチャンには聖書というものがあるはずだから。

しかし、そのクリスチャンでさえもが聖書を勝手に解釈し、文脈を無視してつまみ食い的に聖句を引用し、戦争さえも支持することがあるのは、ブッシュ大統領などを応援する米国のキリスト教会を見ても明らかだろう。これは何も米国に限ったことではなく、このニッポンにも、まるで悪魔に魂を売ったかのようなクリスチャンがいるらしい。

松下正寿という人がいた。この人は祖父が牧師をしていて、ニッポンでは珍しいクリスチャンホームに育っていた。立教大学の総長をつとめた政治学者だったが、岸信介と関係するようになって政界でも活動するようになった。岸といえば、ニッポンに統一協会を招いた当事者だったけれど、この松下という人もいつしか統一協会に深く関係するようになって、筑波大の学長をしていた福田信之と共に、このカルトを代表する学者のひとりになった。統一協会は、1974年に、世界平和教授アカデミーといういかにも偉そうな名前の団体を設立したが、その初代会長が松下だった。

この世界平和教授アカデミーの本部は、東京の南青山にある。そういえば、オウム真理教の本部も南青山にあったし、統一協会の本部は渋谷区松濤にあるし、なんだかよく理解できないけれど、とにかくカルトは高級住宅地がそんなに好きなのだろうか。オウムの村井秀夫が南青山で何者かに腹を刺され、広尾病院に運ばれたとき、ちょうどぼくはその近くを散歩中だった。病院の玄関ホールの中に上祐の姿も見えた。

実は、上祐が逮捕される直前に、ぼくはオウム真理教を批判する行動を始めていた。おそらく彼はぼくが教団に送った文章を読んでいたはずだ。その中でアサハラだけでなく、上祐を名指しで批判していたから。今にして思うと、ぼくはかなり危ないことをしていたのかもしれない。あの直後に、上祐もアサハラも逮捕されて、オウム真理教は壊滅状態になったのだ。もしそうならなかったら、ぼくもサリンか何かで襲撃されていただろうか。

あれ? きょうはオウムの話をする予定じゃなかった。クリスチャンがなぜカルトに染まってしまうのかというのが本日のテーマだったのだ。

共産党員がいつのまにか右翼になるのも、この国ではそんなに珍しくないようだけど、思想などとは違って、信仰というのは、神との出会いがあったはずなのに、どうやら自称クリスチャンの中には、神さえも自分の好みで交換可能なものだと思っている人がいるらしい。

そういえば、ニッポンのバカな犬の飼い主の話で、こんなのを聞いたことがある。その人はペットショップでパピヨンを買ったらしいけれど、ある日、そのペットショップに現れて、店主に向かって何を言うかと思ったら、「言うことを聞かないから他のと交換してくれ」と言ったとか。犬という高等な動物は、下等な人間の言うことを聞かないのが普通だろう。そういう連中ってのは、イヌを見下してるわけで、暴力でおどせば犬は言うことを聞くだろうくらいに勘違いしているはずだから。

なんだかきょうの話は一貫性がないように思うかもしれないけれど、ぼくもそんな気がしてきた。ただ、ぼくが思うに、ある種のニッポン人の情動性というか、気まぐれな狂信というか、何かプリンシプルの見えない生き方が、この国の社会構造を支配しているかのように思えてしまうことがあって、そんなことを考えていると、ぼくは落ち着いて散歩もできなくなってしまうことがあるのだ。

カルトなんて自分には関係ないと思う人も多いのだろう。しかし、統一協会系の学者たちが、自民党政権と深く関係していて、教科書検定にも影響していることを思えば、そう見過ごすことのできない重大問題になるのじゃないだろうか。それとも、一流大学に合格できれば、どんな教科書であろうがオーケーという人が、やはりニッポンには多いのかな。

「キリスト教は排他的だ」と非難する人がいるけれど、実は、聖書にシッカリ従うクリスチャンというのはむしろ珍しいようで、きょう話した松下正寿のように、恐ろしいカルトに転向するところまでは堕落しなくとも、靖国神社に参拝するような大平元首相だとか、麻生大臣だとか、その種の自称クリスチャンなら、このニッポンにはそれほど珍しくはないようだ。どこかの某掲示板などを観察していても、プリンシプルの見えない連中が、相変わらず「排他的だ」とか叫んで非難しながら、スジを通そうとする人々を排除しようとしている。

今日のビデオ : Hark The Herald Angels Sing
-- Recorded in St Paul's Cathedral, London

22 May 2007

平均的なヒト


人間と動物を比較したとき、人間の権利こそを何よりも尊重すべきだと主張する人がいる。それでも動物の権利を少しは認めるならまだ救いはあるけれど、わざわざ動物愛護論に介入して人間の権利を強調するような人は、たいてい動物のことなど見下している傾向があるようだ。彼らのいう「人間」とは、「人類」を意味するのではなく、自分という「人間」、あるいは、自分の利益に関係する範囲内での「人間社会」くらいの意味しかなかったりするように思うこともあるのは、ぼくの偏見だろうか。ぼくがイヌという動物を敬愛するのは、その種の人間をあまりにも多く見てきたために、イヌがいよいよ上等な動物に思えてきたということもあるように思う。

そのような人権主義者は、ニッポンには特に目立つようだけど、いつも不思議におもうのは、彼らが日本国憲法の保障する自由と権利をまるで理解していないような空気を漂わせていることだ。そういう人間に限って、犬を食べるのも文化だとか、犬を自由にするのは迷惑だとか、「君が代」を歌わないヤツは非国民だとか、なんだかニッポンの型にはまった窮屈な思考法をする傾向がある。彼らは言うだろう。イヌ畜生のために政治的掲示板で必死に発言するBBは<電波>だと。世の健全な方々のために解説すれば、<電波>というのは、2ちゃんねる用語で「気が狂ってるヤツ」という意味らしい。

ぼくはリアル世界でもそうだけど、だいじなことに関しては、いついかなるときにも、ハッキリとした態度で発言し、行動する。人の世にそんなにだいじなことは多くはないのだ。ぼくが動物のいのちをだいじなテーマだとするのは、何もモンテーニュやカントを読んで洗脳されたわけじゃない。特にイヌという動物と子供の頃からずっと親友関係にあった経験から、まちがいなくイヌは、ヒト以上に平和的な動物で、自由に生きるに値すると確信するからだ。
平均的なイヌは、平均的なヒトよりは、ずっといい人だ。

The average dog is a nicer person than the average person.
これは、アンディ・ルーニー(Andy Rooney)というアメリカ人が言ったそうで、英語圏の愛犬家のあいだではけっこう有名らしいけれど、ぼくはイギリス人の友だちから聞くまでは知らなかった。これを知ったとき、平均以上のアメリカ人に出会ったような気がしたものだ。確かにルーニーの言うとおりで、イヌという動物は、平均的な人間以上であるのは、まちがいないと思う。少なくとも、「イヌ畜生」なんてことを平気で言ってイヌを見下す人間は、平均以下のヒトであって、縄文時代に犬とその飼い主を互いに抱き合うようにして埋葬した人間と比較するまでもなく、下等な動物であるのはまちがいないと思う。

今日のビデオ : Daydream
-- The Lovin' Spoonful

21 May 2007

悲しい平和


創価学会の池田大作は、トインビー博士ばかりか、その孫娘ポリーまで利用して、自分の名声を高めようとした。彼女は、オックスフォードのセント・アンズ・コレッジで学位を取る前に退学していたけれど、その後ジャーナリストになって活躍し、池田大作からニッポンに招待された当時、英国のガーディアン紙で記者をしていた。池田との面会を通して、彼女は池田の本性を正しく見抜いたようだ。のちにガーディアン紙上で、そのときの体験に関して、ポリーはこう書いていた。
私たちは、形だけの会話をしながら、この男を観察しました。彼は、頭の先からハンドメイドの靴のつま先まで、俗人そのものであり、崇高さのひとカケラも見えませんでした。「彼の職業が何か当ててみろ」と言われても、“宗教家”と答えられる人は、ほとんどいないでしょう。私は多くの有力者と会ったことがあります。それは首相をはじめ、さまざまな分野の指導者たちですが、しかし、池田氏のように、絶対的権力者の雰囲気をにじみ出させた人物と会ったことはありませんでした。
実は、ポリー・トインビーという女性は無神論者であって、西洋の無神論者にはよくあるように、キリスト教に対してかなり攻撃的な発言が目立つ。その種の発言を聞くと、やはり彼女も聖書をよく読んだことがないか、はじめからキリスト教への非難を目的に読んだことしかないような印象がある。ただ、彼女には人間を見る眼はしっかりついているようで、池田大作への批判は鋭いと思う。

ポリーは創価学会の案内で立ち寄った広島についても、かなり厳しいことを言っていた。
ここには平和と核の悲劇が二度と起こらないようにとの祈りを込めた国立の殿堂があり、青く晴れた空に原爆が落とされたあの日のことや、世界が日本に対して何をしたかという話などを聞かされます。しかし、そこでは、日本が戦時中にしたかもしれないことについては、ひとことも語られず、その気配すらないのです。戦時中、広島には主要な軍事基地が一つ存在しており、そこからビルマ、シンガポール、中国、韓国を侵略すべく、軍隊が送り出されていました。これらの国々では、いまだに日本のイメージと平和を結びつけることは難しいでしょう。
これも確かにそうだと思う。戦後のニッポンは、原爆という体験によって、戦争の被害者としてのイメージがあまりに強く、そのせいで加害責任をいい加減にして来たのじゃないだろうか。<平和>を利用して勢力を拡張している創価学会の偽善にも彼女は気づいていたようだ。
鼓笛隊とバトンガールのメンバーと何千人もの人が“SOKA”と“PEACE”の人文字を描き、群衆が金切り声にも似た歓声を上げる中、スポットライトに照らし出された池田氏は、相も変わらぬ「平和」についての演説をしました。いつも「平和」です。
自身も被爆者であり、生涯をかけて反戦詩人であった栗原貞子は、日本人が「平和」というときの重大な問題に気づいていた人のように思う。
〈ヒロシマ〉というとき

〈ああ ヒロシマ〉と

やさしくこたえてくれるだろうか

〈ヒロシマ〉といえば〈パール・ハーバー〉

〈ヒロシマ〉といえば〈南京虐殺〉

〈ヒロシマ〉といえば 女や子供を

壕のなかにとじこめ

ガソリンをかけて焼いたマニラの火刑

〈ヒロシマ〉といえば

血と炎のこだまが 返って来るのだ

 

〈ヒロシマ〉といえば

〈ああ ヒロシマ〉とやさしくは

返ってこない

アジアの国々の死者たちや無告の民が

いっせいに犯されたものの怒りを

噴き出すのだ

〈ヒロシマ〉といえば

〈ああヒロシマ〉と

やさしくかえってくるためには

捨てた筈の武器を ほんとうに

捨てねばならない

異国の基地を撤去せねばならない

その日までヒロシマは

残酷と不信のにがい都市だ

私たちは潜在する放射能に

灼かれるパリアだ

 

〈ヒロシマ〉といえば

〈ああヒロシマ〉と

やさしいこたえが

かえって来るためには

わたしたちは

わたしたちの汚れた手を

きよめねばならない
(栗原貞子『ヒロシマというとき』)


今日のビデオ : Yesterday
-- The Beatles (Paul McCartney on vocals)

20 May 2007

やっぱり英国かぶれ


先日の話に出てきた工藤艦長のことだけど、右翼が「武士道」を出すのなら、ぼくはむしろ「英国かぶれ」を強調したい。工藤俊作はもちろん海軍兵学校出身だったわけで、そこで英国式の教育を受けていたのだ。暴力的で野蛮な陸軍に比べて、海軍の将校には紳士的な人が多かったという。上官と部下との関係も、海軍の場合は、陸軍のような堅苦しさはなく、特に職務を離れたときには、上官と部下の区別なく対等な人間同士というつき合い方をしたそうだ。

東京築地に海軍兵学校があった頃(1876 - 1888)、その基礎を作ったのは英国から訪れていた海軍士官たちであった。ダグラス大佐指揮する34名の英国海軍使節団はすでに1873年に来日していた。彼らの協力がなければ、築地の海軍兵学校は生まれなかったか、あるいはそれらしきものは生まれても、英国ふうの兵学校にはならなかっただろう。

太平洋戦争時の駆逐艦「雷(いかづち)」の工藤艦長が学んだのは、海軍兵学校が広島の江田島に移転して32年が過ぎていた頃だった。当時、この学校に進学するのは、一高・帝大コースよりも難関だったという。工藤は、小学校時代の朝礼で校長が朗読した佐久間艦長の遺書に感動したらしく、その直後,「平民でも海軍士官になれますか?」と担任教師に質問したという。担任の「なれる」という言葉を信じた工藤は、やがて神童と呼ばれるほどの秀才となり、米沢士族の学校として有名だった米沢中学に入学し、下宿から学校まで片道3キロの道のりを5年間、歩いて通った。そしてついに海軍兵学校に合格したのであった。

米沢中学時代、工藤は優れた英語教師に出会っていた。その人は我妻又次郎といって、のちに法学者として活躍する我妻栄の父であった。また、海軍兵学校では、「士官たる前に紳士たれ」という校風で学んだ。この学校では頭を坊主にすることを強制されることもなく、英国流の自由な空気を経験したようだ。

工藤艦長から受けた恩義を忘れなかったフォール卿がタイムズ紙にそのことを発表したのも、ぼくには英国紳士の精神を感じてしまう。そういうわけだから、思わずクラーク博士の「紳士たれ」を思い出したのだ。しかし、考えてみれば、クラーク博士はアメリカ人だったのだから、この種の話を強引に英国紳士につなげるとすれば、やや無理がある。右翼が何がなんでもニッポンを美化するように、ぼくが何がなんでも英国をたたえるとすれば、英国貴族に虐待されつづけたキツネさんだって納得できないだろう。でも、わかっちゃいるけど、やめられない。

今日のビデオ : ショボクレ人生
-- 植木等

19 May 2007

公園の思い出


有栖川公園には、馬にまたがる有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう)の銅像がある。その銅像の下には、ちょうど腰掛けるのに都合のいい階段があって、遊び疲れた愛犬と一緒によくそこで休んだものだった。

ある日のこと、いつものようにその場所で休憩していたら、ぼくらより一段ほど上にすわっていた男性が話しかけてきた。彼が言うには、近々どこかへ引っ越すらしく、その前に懐かしい公園の様子を見に来たのだとか。そして、愛犬が少し前に亡くなったことも教えてくれた。ぼくらの眼の前の広場では、いつものとおり多くの犬たちが自由に遊んでいた。みんな本当に楽しそうに見えた。

「こうして犬たちを見ていると、いろんなことを思い出します」と、彼は明るい声で言った。

「そうですね。ぼくは今でも子供の頃に友だちだった犬たちのことを思い出すことがあるんです」

ぼくがそう言ったら、しばらく沈黙がつづいて、ふと彼の方を振り向くと、その眼に涙が浮かんでいるのが見えた。ぼくはそれを見なかったようなふりをして、また前方の広場へ眼をやった。彼の悲しみが痛いほどに理解できた。なんとか励ますことはできないものだろうか。そう思って、ぼくは独り言のように、たしかこう言ったと思う。

「あなたのような人に会えた犬は幸せだったにちがいない」

そのとき、ぼくの斜めうしろに腰掛けていたその人が、声を抑えて泣き始めたのを感じた。しばらくぼくは黙ってただ広場を見つめていた。こころの中で、「ほらね、思ったとおりだ。あなたに会えた犬はすごく幸せだった」とつぶやきながら。

別れるとき、彼の表情は最初の明るさに戻っていた。互いに何かを言ったと思うけど、今はもう思い出せない。

今日のビデオ : Anytime You Need a Friend

18 May 2007

Be a gentleman

札幌農学校のクラーク博士は、ほかの日本人教師たちが校則によって学生に規律を守らせようとしたとき、「校則はいらない。Be a gentleman(紳士たれ)だけでよい」と言った。実際、初期の学生たちは、校則のない自由な校風の中で「紳士たれ」の精神を学んだようだ。その中に内村鑑三がいたことは、多くの日本人が知っていることだろう。

1998年、天皇の英国訪問が予定されていた頃、英国では反対運動が起こっていた。1971年の昭和天皇のときほど激しくはなかったようだが、反対の理由はほぼ同じであって、太平洋戦争でニッポンの捕虜となった英軍兵士が受けた虐待への恨みがまだ残っていたからだ。1万数千人の捕虜が日本軍の虐待によって殺されたのだから、卑怯で残酷なことを嫌うイギリス人には、半世紀が過ぎても忘れられないことなのだろう。なんといっても、あの戦争の最高責任者が、戦後も戦争責任を問われずに、そのまま天皇の地位に居座ったのだから。

昭和天皇が死んで9年が過ぎていたけれど、イギリス人の中には、どうしても天皇制をゆるすことのできない人が多かったのだと思う。ところが、タイムズ紙上でも天皇訪英に反対する発言が目立つ中、ある日のこと、タイムズ紙にひとりの退役軍人が一文を投稿した。その名はサミュエル・フォールといい、彼は太平洋戦争中、英駆逐艦インカウンタの乗員で階級は中尉だった。インカウンタは、1942年3月、ジャワ沖海戦から離脱中に日本海軍によって撃沈され、生き残った乗組員は海に漂流した。

その頃、日本海軍の駆逐艦「雷(いかづち)」が近くを航海中だった。海上に浮かぶインカウンタの乗員たちを発見した雷の艦長(工藤俊作)は、部下に彼らの救助を命じた。日本兵の差し出した竹ざおをつかむことさえできないほどに力尽きていた兵士を助けるために、命令に逆らって海へ飛び込んだ日本兵もいたという。ついに英兵422名の救助に成功したとき、甲板に集められた彼らに向かって、工藤艦長は流暢な英語でこう言った。「本日、貴官らは日本帝国海軍の名誉あるゲストである」

およそ以上のような内容の思い出を、フォール卿はタイムズ紙上で語ったのであった。それ以後、天皇訪英に反対する発言はめっきり目立たなくなったそうだ。

何かと残虐な行為の多かった日本軍ではあるが、特に海軍の中には、このような美談も残っているようだ。しかし、これを右翼メディアのようにことさらに美化し、「日本の武士道は美しい」とか、「我々のご先祖様はすばらしい」とか、安倍晋三流の「美しい国」につなげるとしたら、非常に危険なことになるだろう。そのうち天皇(あるいはお国)のために戦死することまで美化し始めるかもしれない。

工藤俊作は、たしかに優れた人物だったようだ。しかし、彼は山形の農家出身だったから、武士道とは無縁の人だったはずだ。だいたい武士道などというものは、規則でがんじがらめの非常に不自由なものだったのだ。クラーク博士は、そんなニッポンのエリート教育の窮屈さから若い人々を解放しようとしたのだろう。士族出身の内村鑑三も、もしあのように自由な精神の人に出会わなかったなら、たとえキリスト教徒になったとしても、日本人には今も珍しくない右翼的なクリスチャンになっていたかもしれない。

今日のビデオ : The Great Dictator
-- Charlie Chaplin

17 May 2007

女子の制服

東京の女学校の制服が、どこもあそこもナタデココも、みーんなセーラー服のように見えた頃、港区白金台にある頌栄女子学院の校長は、セーラー服をやめてブレザーにすることに決めたそうだ。そのきっかけとなったのが、「東京中どこにも頌栄の生徒がいますね」というイギリス人の感想だったらしい。英国とは違って、どこもあそこもナタデココも、まるでカラスのように区別のつかないニッポンの女学生の姿を見て、そのイギリス人はきっとビックリ仰天でココ山岡状態だったのだと思う。

どうやら頌栄(しょうえい)の制服は、世間で今とても人気があるようだ。さっきネットで調べたら(「あんたも好きねえ」by カトちゃん)、だんトツで1位になっていたのが頌栄だった。ただし、この人気投票はかなり変な感じで、22位に「奈良交通のバスガイドさん」なんてのがあったり、55位が「日の丸自動車東京のガイドの制服」となっていたりするから、港区きってのシティードッグもビックリ仰天でココ仰向け状態だ。

日の丸自動車と聞くと、すぐに自動車学校のことを連想してしまうのだけど、あそこにガイドなどいないと思うので、たぶん観光バスか何かの会社なのだろう。ちなみに、ぼくは日の丸というのがどうにも趣味に合わないので、わざわざ二子玉川の東急自動車学校にまで通ったものだった。

それはともかく、何を話そうとしていたのかというと、それがあまりハッキリしなくなってきたから、パソコンのキーを打つ調子もいつになくノラクラしているような気がする。まあ、ぼくの話はたいていイヌバカ系か英国バカ系のどちらかだと思ってまちがいない。ときどきスキャンティーが入ったりもするけれど、女学校の制服の話をするからって、ブルセラ系のマニアックな趣味でしゃべっているつもりはないのだ。

ぼくの妹だってキリスト教の女学校に通っていたし、仕方ないから、彼女の学校祭に行って、女子の制服だらけの異様な雰囲気の中で我を忘れたこともあったし、だいたいどういうわけか、ぼくの周りにはいつも東洋英和だとか、頌栄だとか、玉聖だとかの制服組がうろついていたように思う。いや、あれはタミフル的異常行動をとって、ぼくの方から女学校に近づいていたのだろうか。今となっては知る由もない。

などと適当にキーを打っていたら、なんとなく始めの目的を思い出した。セーラー服をやめてブレザーに替える決意をした頌栄の校長は、英国に暮らした経験があるらしく、わりと英国的な教育観を持っていたようだ。いかにも日本的で無意味な校則は廃止して、必要最小限の校則だけを残し、自由な校風に変えたとか。生徒たちに向かって「8時間眠って、8時間勉強して、8時間遊びなさい」と言ったとか。おそらく子供が大人になるためには遊びが大切であることを知っている人だったのだろう。頌栄女子学院といえば、むかしは公立校受験に失敗した生徒の入る学校だったのに、あの校長の代から大学受験の進学校のようになって、生徒の学力が高くなったらしい。

頌栄の目標は麻布学園のようになることだったという。今年の合格実績を見ると、東大3名、芸大3名、医科歯科大2名、慶應54名、早稲田64名、... というように公開されていた。なるほど麻布を目標とした成果があったのかもしれないけれど、麻布の場合は、今のように東大への予備校みたいな学校になる前の頃が、今よりもずっといい学校だったような気がするのは、ぼくだけだろうか。

いつだったか頌栄の高校生から英語のテキストを見せてもらったことがあったけど、英国の出版社で出している本だった。おそらくあそこの外人教師は、イギリス人が多いのだと思う。それはまことに喜ばしいことである。しかし、不思議なのは、海外研修で生徒たちが過ごす場所が、ハワイだったりニュージーランドだったりすることだ。なんだかスジが通っていないような気がするのは、ぼくだけだろうか。

今日のビデオ : Good Morning Little Schoolgirl
-- The Yardbirds

☆ ここでギターを弾いているのは、まだ無名だった19歳の頃のエリック・クラプトンです。

16 May 2007

ブレザーの話


ブレザー(blazer)というのは、blaze(明るく燃える)という動詞から出た言葉で、なぜそんな名前がついたのかというと、英国ケンブリッジにあるセント・ジョンズ・コレッジ(St John's College)のボートクラブのメンバーが着ていたジャケットの色が鮮やかな赤で、それをブレザーと呼ぶようになったからだ。しかし、英国でも赤いブレザーというのはあまり一般的じゃないようだ。上の写真は、英国最大のボートイベントであるヘンリー・レガッタで応援する人々を写したものだけど、ここに見えるような白いブレザーが、典型的なボートクラブのブレザーになると思う。

ブレザーといえば、右の写真にあるようなシマシマのやつもすごく英国っぽい。ぼくも2着ほど持っていたのだけど、こういうのを着ると、どうしても帽子も写真に見えるようなカンカン帽(boater)をかぶりたくなってしまい、でもそこまでやると東京では目立ちすぎるから、恥ずかしがり屋のぼくには無理だった。しかし、これは内緒だけれど、カンカン帽もどこかに隠してあったのは確かだ。

英国的なおしゃれのすごいと思うのは、このような学生時代の思い出のようなものを、たとえ老人になってから着ても、時と場所によっては何も問題ないということだ。男のおしゃれの基本が、すでに学生時代に出来上がってしまうと言ってもいいだろうか。およそ流行などとは無縁の世界というか、サイズが合えば、曾じいさんが着ていたツイード・ジャケットのひじにつぎを当てて、それを十代の学生が着ても変じゃないというのが、英国流おしゃれの伝統になるのだと思う。

セント・ジョンズ・コレッジの話が出たついでに、ひとりの日本人のことを紹介しておこう。その人の名は、菊池大麓(だいろく)という。彼は1855年に江戸に生まれ、11歳のときに英国に留学していたが、一度帰国してから再び英国に渡り、セント・ジョンズ・コレッジで数学と物理を学んだ。長いケンブリッジ大学の歴史の中で、彼は日本人として最初の卒業生となった。のちに東京帝国大学理学部教授となり、やがて総長となる。ニッポンの近代数学の歴史はこの菊池大麓から始まったと言ってもいいだろう。

彼が真っ赤なブレザーを着て、レガッタで母校を応援したかどうかは知らない。しかし、ウヨクがなんと言おうが、英国かぶれをバカにしちゃあいけないと思う。

今日のビデオ : My Foolish Heart
-- The Bill Evans Trio (on BBC TV, London 1965)

15 May 2007

イギリス人もいろいろ

オスカー・ワイルドも言ったように、男だって服装のセンスをなめていたら、思わぬところで人間性まで疑われることになるかもしれない。と言っても、やっぱりナルシシストは気持ち悪いと思うし、男のブランド志向ってのは、女のそれ以上に、見苦しいんじゃないだろうか。特に、ルイ・ヴィトンのセカンドバッグなんか自慢げに抱えてるおじさんがいるけど、セカンドバッグを持つこと自体、センスを疑ってしまうってのに、よりによってヴィトンで攻めてくるわけだから、トロイの木馬もビックリ仰天だろう。

ロンドン・タイムズの紙面にライフスタイルのページがあって、ベッカムの服装センスは通常のイギリス人には受け入れがたいというようなことが書いてあった。ベッカムがタイムズの読者だとは思えないけれど、英国におけるタイムズの影響力を考えたとき、その批評が彼の耳にも届いていたことは確かだろう。そのせいかどうか知らないが、去年の年末に六本木ヒルズに現れたときのベッカムが着ていたジャケットは、どことなく英国の伝統を感じさせるデザインだった。色はジャケットだけを見るならなんか変だけれど、ジーンズに合わせたのだから、それほど変じゃないように思う。これならたぶん保守的なタイムズの読者でも、51点くらいはつけたかもしれない。

タイムズの話が出たついでに、少し新聞の話をすれば、ロンドン・タイムズは1785年に創刊されたのだけど、アメリカを代表するニューヨーク・タイムズの創刊が1851年であったのとくらべても分かるように、非常に歴史の長い新聞であり、日刊紙としては世界最古ということになっている。英国ではただタイムズ(The Times)と言えば通るのだけれど,今や名前にタイムズとつく新聞が世界中に増えたため、特にニューヨーク・タイムズと区別するために、イギリス国外では、ロンドン・タイムズ(The London Times、 または、The Times of London)と呼ばれることが多いようだ。そういえば統一協会の教祖ムン・ソンミョンがカネの力で創刊したワシントン・タイムズなんてのまである。これにはきっと、ワシントン・ポストも迷惑に思っていることだろう。

現代のスポーツマンというのは、服装センスの悪い人が目立つような気がする。特にプロ野球の選手は、どうしてあんなに趣味の悪い人が多いのだろうか。やっぱり十代の頃をジャージで通し、陸軍幼年学校みたいに、頭を坊主になんかしていたせいじゃないのかな。引退したそうだけど、新庄なんて人は、その代表のような気がする。だいたいあの傾向の人がプロ野球界には多いように思う。ぼくは一度、西麻布の定食屋で巨人時代の清原を見たけれど、ジャージみたいなのを着て現れたから、店の入り口で待っていたぼくの愛犬もビックリ仰天の仰向け状態だったにちがいない。

ホリエモンのセンスもプロ野球選手並みだけど、値段的にはかなり高いものを着ているらしいから、余計に不可解なわけだ。あそこまで趣味の悪いものを身につけるなら、竹下通りで安物を買った方がずっとましのような気がするのはぼくだけだろうか。

今日のビデオ : Alessandro's First Piano Recital

☆ 演奏はともかく、ぼくは星条旗が気になりました。アメリカ人てのは、ほんとに国旗が好きなんですね。やはりオリンピックや戦争で活躍するためには、こうでなきゃダメなんでしょう。ニッポンでも、戦争をやりたがってる連中は、日の丸・君が代が大好きですからね。

14 May 2007

動物はやさしい


ぼくの愛犬BBCは、生後6ヶ月くらいまでは、家の中のトイレシートでオシッコやウンコをしていたけれど、ある頃から、外でなきゃ絶対にしなくなった。トイレシートでしていたと言っても、もちろん、もっと小さい頃は、家の中ならどこでもドア、じゃなくて、どこでもトイレって感じで、やりたい放題だった。そのたびにトイレシートですべきことを教えるわけだけど、決して体罰を加えたり、おどすような口調で叱ることはなかった。本来イヌは清潔好きなので、決まったトイレシートで用を足すのがいちばんいいってことを、やがて理解するみたいだ。

外で用を足すときも、ウンコの場所はだいたい決まっていたし、オシッコにしても、日本国憲法第13条にある「公共の福祉に反しない限り」というのを意識しなくちゃならないのは、やはり都心で暮らすシティードッグの宿命と言えるだろう。小さい頃から、家の中でも外でも、彼がオシッコをするときに、ぼくは "Be clean" とやさしく励ますように声をかけた。やがてこの言葉の意味が理解できるようになると、たとえば、シャレたカフェのテラス席前の植え込みでオシッコしそうな行動をとったとき、"No" と言って、その場所はトイレじゃないことを教え、ゆっくり急いで適当な場所へ連れて行って、"Be clean" と言えば、ちゃんとそこで用を足すようになった。

大人になったBBCは、さっきも言ったように、家の中では絶対に用を足さなくなった。でも、犬だって下痢になることがあるのだ。そんなときくらい、家中どこでもトイレでいいと思っているのに、彼は必ず外に出してほしいと言ってくる。真夜中、安眠中のぼくが寝言で「オッパイ」とかつぶやいているときも、そうらしい。

基本的にBBCの寝床はぼくの寝室の中になっている。ある夜,夢の中で大きな動物がぼくの肩に手を置いたような気がした。しかし、それは夢ではなくて、ベッドに上がってぼくを起こそうとしていたBBCだった。まだ眼が覚めずにうとうとしていたら、肩に置かれた手の圧力が、少しずつ強くなってきた。やっと眼があいて振り向いたら、すぐそばに愛犬の切羽詰まった顔が見えたので、事情を察したぼくはベッドを飛び出して、彼と一緒に大急ぎで階段を下り、玄関のドアを開けた。玄関の前で用を足してもいいのに、彼は庭の奥の方にまで走って行って、やっとウンコ体勢に入ったようだった。

大きくなってからは、あまり下痢をすることがなかったけれど、ぼくが寝坊してなかなか起きなかったりすると、同じように肩に手を置いて、起こそうとした。いつだったか寝たふりをして、その様子を薄目をあけて観察したことがあったのだけど、まねきネコのように片手を上げて、その手をとっても申し訳なさそうに、そおーっとぼくの肩か頭に置こうとするのだ。こんなことしていいのかなあと迷っているかのように見える。やっとの思いで手を置いても、はじめはちょっと触れた程度で遠慮している。それでも起きないと、だんだん大胆になってきて、ぼくのからだに振れた手の圧力を大きくしていくのだ。

イヌに限らず、動物というのは本来やさしいのだと思う。中でもイヌは特別なのだろう。彼らの頭脳はとても高等だと思うけど、ヒトとちがって、あまり変なことは考えないようだ。たとえば、ぼくならよく頭の中で、「オッパイ」だとか、「スキャンティー」だとか、いろいろ変なことを考えるのだけど、吾が愛犬は、「地球の平和のためにいかに生きるべきか」というようなことばかりを考えているように思う。やはりぼくよりよほどいいヤツなのだ。

今日のビデオ : Loyal Friends

12 May 2007

ビション・フリーゼの話


ビション・フリーゼという犬種があるけれど、ニッポンではあまり知られていない犬だと思う。なんとなくマルチーズに似ているので、日本人には根強いファンの多いその犬種のせいで注目されることがなかったのかもしれない。なんでもブームになってしまうこの国では、人気のない犬種を扱うブリーダーのほうが、信頼できる人が多いような気がする。

ヨーロッパでは昔から特に上流階級のあいだで人気のあった犬種だけれど、現代になってブームのきっかけを作ったのは、例によってアメリカ人のようだ。マルチーズとの違いを強調しようと思ったのか、アメリカのトリマーが、例によって趣味の悪いカットを考案したものだから、流行に弱いアメリカ人のあいだでは受けたらしい。

アメリカには、パピーミル(puppy mill)と呼ばれる文字通り「子犬工場」を経営するブリーダーが多いという。彼らはブームの仕掛人と協力して、それこそイヌを「産む機械」のようにみなして、子犬を大量生産し、世界中のペットショップに売りさばいている。ニッポンなどは、彼らにとって最高の稼ぎ場になっているはずだ。

優れたブリーダーというのは、まず何よりもイヌの幸福をおもうものだ。イヌが人間社会で愛されることを願うから、母犬の性格なども考慮して、慎重に子犬を産ませる。もちろん、子犬を店頭で展示販売するようなペットショップには売らない。そのようなブリーダー出身の子犬は、体質的にも健康で、性格も非常に愛らしいのが普通だ。それに対し、パピーミル出身の子犬は、無謀な繁殖によって遺伝的に問題のある場合も少なくないし、何より問題なのは、幼児期の環境が悪いので、イヌ本来の明るい社交性を失っているような子犬が珍しくない。

ニッポンのブリーダーの多くは、アメリカのパピーミルと大差ないように思う。ぼくの友人の中に、昔からペットショップを経営している親戚がいるというのがいて、その親戚から聞いた話を教えてくれたのだけど、特にバブル期のペットブーム以降にブリーダーを始めた連中の多くは、ほとんど暴力団と区別がつかないらしい。実際、この国では、暴力団もペット産業に関係しているのだ。こんな現実を思うにつけ、やはりウヨクがなんと言おうが、ニッポンは後進国のような気がする。

今日のビデオ (1): おねむのアイリス
-- by Iris
今日のビデオ (2): 元気に遊ぶアイリス
-- by Iris

☆ きょうのビデオは2本立てです。きのうピアノ演奏を見せてくれたワンちゃんです。彼女と遊んでいるのは、ビション・フリーゼのような気がします。

11 May 2007

また先進国の話


きのうのビデオに登場したダドリー・ムーア(Dudley Moore)は、1960年代に有名になった英国のコメディアンだ。労働者階級(the working class)の両親は、子供への愛情に欠ける人たちだったらしい。誤解のないように言っておくと、労働者階級の人がみなそうだと言ってるわけじゃない。また、労働者階級という表現は、英国では決して差別用語ではないことも理解してほしいと思う。なぜそのようなことにまで言及したのかと言えば、家庭環境には恵まれなかったムーアだけれど、彼はニッポンの貧しい家庭出身者にとっては夢のような、豊かな教育環境に恵まれていたからだ。

成人となった彼の身長は、5フィート2インチ(約159cm)だったそうだから、これはイギリス人の平均身長からすればかなり低かった。イギリス人男性の平均身長がどれくらいかというと、同じく労働者階級出身のベッカムの身長5フィート11インチ(約180cm)くらいが平均になると思う。ムーアの幼少時代は、低い身長のことなどで、他の子供たちにからかわれることが多かったらしい。彼は6歳のときに教会の聖歌隊に入るが、そこでピアノ、オルガン、バイオリンを習い始めていた。惨めな生活環境の中にあって、音楽は彼に幸福の時をもたらしたようだ。彼の技能は短期間に進歩し、すでに14歳のときには、結婚式でパイプオルガンを弾いていたという。

彼の高校時代、その音楽的才能を認めた教師に、ピーター・コーク(Peter Cork)という人がいた。彼の努力によって、ムーアは大学で音楽を学ぶ奨学金を得ることができ、オックスフォードのモードリン・コレッジ(Magdalen College)で作曲などを学ぶことになった。このコレッジの卒業生には、聖書を英語に翻訳したために処刑されたウィリアム・ティンダルや、ぼくのブログにも何度か登場したオスカー・ワイルドがいる。

コークとムーアとの関係は、ムーアが有名人となったのちに、教師と生徒との関係を超え、互いに親友のようになって、15年のあいだ変わらずに文通を続けたという。英国では、このような人間関係はそれほど珍しいことじゃないらしい。ニッポンではどうだろうか。高校教師が教え子といつのまにか結婚していたなんて話は聞いたことがあるけれど、教師と生徒が親友同士になったというのは、聞いた覚えがないように思う。

ニッポンでピアノやバイオリンを習うことのできる子供というのは、経済的に恵まれた家庭の子供に限られるのじゃないだろうか。そして、慶應幼稚舎や麻布中学など、世間で名門校と呼ばれる私立校に入学するには、貧しい家庭出身だとほぼ不可能じゃないだろうか。才能のある子供であれば、たとえ貧しい家庭の子であっても、その才能を豊かに伸ばせるような教育環境を用意してくれる英国は、やはりウヨクがなんと言おうが、先進国であることはまちがいないと思う。

今日のビデオ : ???
-- by Iris

10 May 2007

ブログの目的


三越で買ったセーターの話をしたのを,いま読み返してみたら、ネットウヨクならばきっとこんなふうに読むんじゃないだろうかと思ったことがある。ぼくはあのときワイルドを引用して、服装がその人の内面を表すというようなことを書いていた。そして、東京でデザイナーの修行をしていた女性から、ぼくの着ていたセーターのセンスを褒められたということを書いたわけだから、これってつまり、BBは自画自賛してるってことじゃないのか。そんなふうに解釈して攻めて来るのがネットウヨクなのだと思う。いや、ネットウヨクに限らず、ニッポン人にはその系統の人が目立つような気がする。

そういえば、だれかがブログの流行について、こんなことを言っていた。世の中には自分大好き人間が増えたからブログがこんなにはやっているのだろうと。確かにそういうこともあるのだと思う。それはそれでいいんじゃないだろうか。ただ、ぼくの場合は、自分が大好きだからブログってるつもりじゃないような気がする。自分を好きかと質問されれば、ぼくには愛犬BBCを始め、余りにも大好きな対象が多すぎて、彼らと自分自身を比べたとき、全く可愛げがないというか、ほんとに悪いヤツに思えてくるのだから、とてもじゃないけど、自分を好きだなんて言えない。

あのセーターの話は、あえてぼく自身のことを言えば、若い頃から一貫して英国バカで通して来たという点で、ぼくらしさを表しているわけで、それほど自慢できるような話じゃないと思う。学生時代から英国製のセーターなどを着ていたと書くと、なんとなく贅沢のように見る人もいるのかもしれないけれど、ぼくの論点がそのセーターを20年ずっと愛用しているということにあると理解できる人なら、きっと違う感想を持ってくれたのじゃないだろうか。

モンテーニュは、「エセー」を出版するにあたり、「読者に」と題した文章の中で、次のように書いていた。
はじめにことわっておくが、これを書いた私の目的はわが家だけの、私的なものでしかない。あなたの用に役立てることも、私の栄誉を輝かすこともいっさい考えなかった。
ぼくがブログを書いてる目的は、モンテーニュがここに書いてるのと同じかどうかは分からないけれど、書いてる内容に「私的なもの」が多いというのは確かであって、本当なら親友にしか話さないようなことを、延々としゃべっているわけだ。親友ならば、ぼくを誤解することはない。だから正直に自分らしく語ることができる。

モンテーニュはこうも言った。
読者よ、このように私自身が私の書物の題材なのだ。
若い頃、寝る前にベッドに持ち込んだ「エセー」を読みつづけているうちに、いつしかモンテーニュのことを親友のように思えるようになった。特に彼の動物愛護論にはどれほど感動したことだろう。のちに彼の生涯に関する事実を知って、当時の貴族が楽しんだ狩りというものを絶対にやらなかったとか、ベジタリアンであったとか、そのような事実を知って、やはり思ってたとおりの人だったと、すごく嬉しく思ったものだ。

ぼくがベジタリアンの話をすると、まるでそうでない人を非難しているかのように受け止める人も、ニッポン人の中には目立つような気がする。そういう人はきっと、人生で本当に大切なものがあるとすれば、そのようなものは決して自分の外からの強制によっては与えられないということに、まだ気づいていないのじゃないだろうか。

また今日のビデオ : Beethoven Sonata Parody
-- by Dudley Moore

四之橋夏祭り


シロカネーゼなんて言葉がはやった時代があった。これもやはりバブルの頃だったのだろうか。港区の町名には白金と白金台の2種類があるけれど、東大医科研前のバス通りがいつのまにか「プラチナ通り」と呼ばれるようになったように、おそらく世間でシロカネというときは、プラチナ通り(正式には外苑西通り)周辺の白金台をイメージしているのだろう。ついでに、シロネと呼ぶ人がいるようだけど、地元の人間はシロネと発音する。と言っても、最近は地元住民の発音もだいぶ怪しくなっているような気がするけれど。

白金の思い出はオッパイ、じゃなくて、イッパイあるけど、(これもまたウンザリとおもう方も多いかとは思いますが、これはぼくのDNAのせいじゃなく、なんのせいなのかよく分かりません)、四之橋(しのはし)の夏祭りは、夏休みの懐かしい思い出になる。四之橋というのは、そばを流れる古川という汚い川に架かっている橋で、相当に長い歴史があるらしいのだけど、あの辺はおよそシロカネーゼが好きそうな場所じゃないように思う。白金という町は、1丁目、3丁目、5丁目というように、なぜか奇数の数字がくっついてる場合、泉麻人流に言えば、あんまり偉くないシロカネになってしまう。ただ、白金5丁目の隣り(恵比寿2丁目)には慶應幼稚舎があるので、そこだけはシロカネーゼにもなんとなく偉そうな町に思えるのかもしれない。

あれ? 本当に泉麻人になったような気分がしてきた。念のため誤解のないように言っておくけれど、ぼくは泉麻人じゃありませんからね。彼との共通点は、クリスチャンてことくらいですからね。ぼかあ、ただの英国バカで、ただの犬バカですからね(注、特に視力の弱い方にお願いしますが、オオバカとだけは発音しないでください)。

それはともかく、きょうの本題に入れば、四之橋夏祭りの場所は、白金商店街になっている。名前だけ見ると、なんとなく偉そうかもしれないけれど、この場所は白金1丁目と3丁目になっているから、さっき言ったとおり、あんまり偉くないシロカネになる。おっとっとのオットセイ。消えよ、泉麻人!

きょうの写真はその四之橋夏祭りの様子を撮ったもの(ネットで拾った写真)だけど、左手奥に「魚米」と書いた木造の建物が見えると思う。これは現役の魚屋さんなのだが、ぼくはこの店を見るたびに、特に2階部分が今にも崩れ落ちそうな気配を感じてしまって、気が気でならないのだ。ぼくの友人にこの店の子供と知り合いというのがいて、時々、愉快な話を聞かせてもらったけれど、とにかくあの店の家族はすごくユニークらしい。四之橋の伝説として後世に残る人々なのかもしれない。

とにかく本題に入れば、その四之橋夏祭りには、たぶんメインイベントのつもりなのだと思うけど、カラオケ大会があって、用意した貧弱なステージで、子供から老人まで、実にいろんな人が熱唱するのだ。忘れもしないのは、ぼくの知ってる6年生の女の子が優勝したときのことだ。彼女は、沢田知可子の「会いたい」を歌ったのだけど、これが本当にビックリ仰天でおならバッヒューンもののすごい感動的なステージだった。

あの子は、ふだんどんな感じだったかというと、本当に女の子なのかと疑ってしまうような子で、5年生の頃だったか、ぼくの家に侵略して来たときも、いきなりぼくの部屋に入って「キャー、だれか助けてえ!! 襲われちゃう!!」とか大声で叫んでも、ぼくは全く平気で本を読んでいたし、だれひとり心配などした様子はなかった。そんな女の子だったけれど、あの「会いたい」を聴いたとき、ぼくはまるで彼女の秘密を知ったかのように、本当に驚いてしまった。つまり、彼女が女であったということを、ぼくは初めて知ったような気がしたのだ。

そういえば、彼女は自分のカールしたくせ毛を気にしていたらしく、「あたしの髪の毛って変に見えるかも知んないけど、これでもかなり柔らかいのよね。ちょっとさわってみてよ」とか言ったことがあった。ぼくは恐る恐るさわってみたのだけど、確かに柔らかい感じがしたから、「そうだね」とは言ったと思う。だいたい、ぼくは彼女の髪の毛を硬そうだとは思ったことがなかったのだから、あのような実験は必要なかったのだ。

それにしても、女の子ってのは不思議な生き物だと思う。あの四之橋夏祭り以来、彼女はまるで毛虫がチョウに変わったかのように見えたものだ。たぶん客観的に見れば、あの子は元々かなり美形な女の子だったのかもしれない。

今日のビデオ : 会いたい
-- by Helen Shapiro

☆ ロンドン生まれの歌手が英語で歌っています。このHelen Shapiroという人は、まだビートルズが登場する前、1961年に、当時14歳にして英国のヒットチャート1位になった歌で有名になった人です。

9 May 2007

ペット産業の自由


小堺一機の番組にゲストで出演した川上麻衣子という女優が、ネット通販で購入したというトイプードルの話をした。この種の番組を見ることのないぼくなのに、偶然にもそれを見ていたのだから、カトちゃんなら「あんたも好きねえ」と言うだろうか。

それはともかく、ビックリ仰天で仰向け状態になったのは、そのトイプードルってのが、実は子羊だったというのだ。川上麻衣子は、動物病院で獣医から指摘されるまで、それに気づかなかったらしい。トイプードルはブームになっていたようで、同じような詐欺事件が多発していたという。オレオレ詐欺なんかもそうだけど、ニッポン人てのは、実におめでたい民族であるなあと、つくづく感心してしまう。

川上麻衣子のアホっぽい話を聞いて、小堺一機は、「犬を通販で売ること自体が変じゃないの」というようなことを言った。これは普通の愛犬家であれば、常識中の常識だと思う。英国では、ペットショップでの展示販売すらも法律で禁じられている。ましてネット通販だとか、ネットオークションだとかで子犬を売るなんてことは、動物愛護国では想像もできないことだろう。

先ほど知ったばかりなのだけど、川上麻衣子のトイプードル事件は、英国のメディアでも話題になったようだ。ああ、これでまたイギリス人によるニッポンの評価が下がっただろうな。今でも鬼畜米英を信仰するウヨク系の人間にはどうでもいい話になるのだろうけど、このような問題こそ国益に反することになるってことを、国家主義人間も少しは反省した方がいいと思う。

ニッポン人は自由というものを知っているのだろうか。自由には責任が伴うものだし、正義に反するような自由は決して許されない。英国はニッポンに比べればよほど自由な国だと思うが、社会的弱者を守るための法律は非常に厳しい。イギリス人は人間というものをよく知っているのだと思う。人間は経済的欲望によって理想を見失い、弱者を虐待する傾向がある。だから、法律は何よりもまず弱者を守るべきなのだ。しかし、問題は、動物というものを弱者と見ることができるかどうかだ。英国での正義は、ニッポンではまだ正義になっていないらしい。

小堺一機が麻布のマンションに住んでいるというのを近所の子供から聞いたことがある。そういえば、一度コンビニで見かけたことがあった。そのときぼくの愛犬は入り口のすぐそばで待っていたから、きっと彼はその姿を見ているだろう。あのときは知らなかったけれど、彼は子犬のネット通販に批判的なようだから、きっと愛犬家にちがいない。今度見かけたら、頭をなぜてあげようと思う。

今日のビデオ : The Lion Sleeps Tonight
-- Pat & Stanley

ファッション

岩波新書の中に『ファッション ー 蝶は国境をこえる』というのがある。著者の名は森英恵。ずっと前からいつか読もうと思っていて、まだ手にしていない本だ。

これもオスカー・ワイルドの言葉だったと記憶するけれど、どんなものを着ているかはその人の内面とは無関係だというようなことを言う人間は愚か者だとか、そんなことを言ってたように思う。いま確認できないので、かなり表現が違っている可能性はあるが、彼の主張が、着ているものを見ればその人の内面も見えてくる、というようなことであったのは確かだと思う。ぼくはこれを絶対的な真理だとまでは言うつもりはないけれど、さすがワイルドの名言らしく、人間性というものをよく見ているなと感ずる。

もちろん食べるものさえ買うことのできない貧しい人々には適用できない話になるわけだけど、経済大国なんて呼ばれる国では、ワイルドの言葉の意味を考えてみるのは、決して時間の無駄にはならないと思う。そこで思い出すのは、やはりまたスキャンティー、じゃなくて、あの地方都市での経験だ(ここまでスキャンティーが頻出すると、ウンザリとおもう方もいらっしゃるでしょうが、これはぼくのDNAのせいじゃなく、日本語の「また」のせいか、あるいは、BBCの「モンティ・パイソン」のせいです)。

いつか話したその都市で知り合った友人のお姉さんは、若い頃に上京していて、ファッション・デザイナーとしての修行をしていたらしい。故郷に帰ってからも、しばらくその方面で活躍していたらしく、地元ではけっこう有名な女性だったようだ。その人があるときぼくの着ていたセーターを見て、「とても素敵な色ね」と言ったのだ。それを聞いてぼくは、「このセーターは、もう20年は着ているんですよ」と言った。

先日、老人党掲示板で、ぼくはデパートで買い物はしないと言ったような気がするけど、そのセーターは実は日本橋の三越で買ったものだった。確かに、ぼくもその色に一目惚れしたのだ。別にセーターを買う予定じゃなかったと思う。いわゆる衝動買いの一種になるのだろうか。でも、ぼくは衣服関係の買い物で後悔したことはほとんどないのだ。学生時代から、代官山にあるような英国のものばかり扱う店で買い物をしていた。当時買ったものの多くは、今でも利用している。ズボンなどもやはり英国製で、現在も現役で活躍してくれているのがある。

あのセーターはスコットランド製だった。まず色で一目惚れして、それから made in Scotland の表示を見て、こうなったら買うしかないと思ったのだろう。20年後の今でも問題なく愛用できるのだから、さすがに英国製だなと感心する。よく見ればほころびなども見えるのだけれど、ぼくはそういうのが好きなんだと思う。古い歴史の足跡のようなものが。

ジャージのことで、beldamさんが、素材の化学繊維について指摘していたけれど、これはとってもだいじなことだと思う。きょうの話に出たセーターは、いわゆるサマーセーターというやつで、素材は綿100パーセントになっている。英国人は、セーターに限らず、衣服に化学繊維が入っているのを嫌う傾向があるようだ。それはぼくも全く同じで、天然繊維のものが古くなればなるほどからだに優しく馴染み、見た感じも味わい深くなるのに比べ、化学繊維のものは、いつまでもからだにしっくり来ない感じがするし、長持ちもしないような気がする。

こないだ「バブルな人たち」の話をしたけれど、彼らのファッションは、たいていがブランド崇拝であって、「いちばん高いもの持ってこい」みたいな傾向が見られるように思う。つまり、値段の高いものを身につけていると世間から見られたいという欲望の強い人が多いようだ。彼らにしてみれば、麻布に住むなんてのも、同じ趣味から発していることなのだろう。やはり、オスカー・ワイルドは、正しいことを言ったのだと思う。

今日のビデオ : Stella McCartney Fashion Show

8 May 2007

オー、ジャージ!


「地方都市」という呼び方は、もしかすると、地方の人には差別的に聞こえるのだろうか。この言葉の厳密な定義はないらしいけれど、ぼくの感覚では、東京以外の都市はみんな地方都市になってしまう。別に差別してるわけじゃなく、他に表現の仕方がないからだ。でも、とにかく都市であるからには、それなりの規模であることは確かで、たとえば軽井沢なんてのは、地方都市とは言わないだろう。

で、またまたスキャンティー、じゃなくて、またたび、じゃなくて、あの地方都市の話になってしまうのだけれど、いろいろカルチャーショックがあった中でもかなり強烈だったのは、中学生がジャージ姿で登下校していることだった。たとえば、アメリカ人の子供なんてのは、東京でもヘルメットをかぶって自転車をこいでいたりする。これなども、ぼくの感覚では、なんか変なのだけど、彼らの意図を理解できないわけじゃない。しかし、中学生がジャージ姿で学校に通うってのは、さっぱり意味が理解できなかった。ていうか、そんなことやめた方がいいんじゃないかと思ったくらいだ。

それで、例によってぼくは風呂場で考えてみたのだけど、もしかして非行対策のつもりでやってるのかなと思ったわけだ。それなら別に制服でもいいようなものだけれど、あの地方都市の中学校のジャージってのは、学校ごとにサルでも区別がつくくらいに見た感じが違っていて、背中とかにバッチリ学校名を書いていたのだ。これじゃあ、石原慎太郎が「東京都知事」と書いたゼッケンをつけて海外豪遊するようなもので、そうそう悪いことはできなくなると考えるのが、サル知恵というものだろう。

街で見かける中学生は、いつ見てもジャージ姿だったように思う。どうやら学校の規則で、外出するときはジャージを着ることになってたようだ。だとすれば、やはり非行対策のつもりでやっていたのだろう。しかし、そんなに中学生を信用しないでいて、教育ができるのだろうか。それに、よく保護者たちがそんな規則を認めているものだと思う。たぶん親たちも同じようにして教育されたから、何も不思議に思わないのだろう。

そこでぼくはまたスキャンティー、じゃなくて、日本国憲法の条文を思わずにいられない。
第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
子供を育てるときに、ここに書いてあるような自由と権利を学ばせることができないとすれば、教育になんの意味があるだろうか。オスカー・ワイルドは次のように書いた。
流行とは自分が着ているもののことであり、流行遅れとは、他人が着ているもののことだ。(Fashion is what one wears oneself; what is unfashionable is what other people wear.)
ワイルドは、帽子まで自分のデザインで作らせるくらいに、実に個性的な服装をしていたらしい。何も彼の真似をする必要はないけれど、中学生くらいの時期は、おしゃれの基本を身につける大切な時期のはずなのに、大人の作った勝手な規則によってジャージなんかで統一されていちゃあ、花も恥じらう女子中学生だって、部活で流した汗のにおいとかで、オージャージくさい(あるいは、オヤジくさい)ってなことになってしまうのじゃないだろうか。

今日のビデオ : You Ain't Woman Enough
-- by Jaycie

☆ かなりアメリカンな雰囲気のビデオですが ...

7 May 2007

バブルな人たち


きのうの話の中で、たいして脈絡もなく麻布のことを話したけれど,こころの中では脈絡っぽいことを考えてはいたのだ。『坊っちゃん』の時代にも,当時の東京人にとって、麻布が今でいう高級住宅地というイメージだったとしたら,現代のイメージと変わらなかったのだろうか。住民の気質みたいなものも変わっていないのだろうか。そんなことをなんとなく思っていたのだった。

実をいえば、ぼくは麻布に住んでいるある種のタイプの人たちは,ここだけの話,あんまり好きになれない。彼らを密かに「バブルな人たち」と呼んでいるのだけれど,実際,バブル期以降に麻布に住み始めた人の中には,バババババブリーな人が目立つようになったと思っている。たとえば、自宅の外壁に「銀座○○」とか書いた看板みたいなのを貼ってある家が出現したわけだけど、少なくともぼくには,こういうのは非常に違和感を感じてしまうのだ。よほど銀座に店か何かを所有していることを誇らしく思っている人なのだろうか。

普通ならこんなことを問題にしないのだけれど,その家には巨大な犬が2頭もいて,それを連れて散歩している飼い主らしき男が非常に無礼なヤツだから、いつかニッポン中にそいつの素性をばらしてやろうと思っていたわけだ。というのは、ちと大げさだけど,東京ではめったに会えない無礼な愛犬家の代表みたいなヤツなので、いつも犬たちの幸福を願いながら生きているニッポンのBBとしては、『坊っちゃん』の話のついでに,麻布の名誉のためにも,一気にぶちまけてしまおうと思ったのだ。

麻布には有栖川公園という名の公園がある。正式名は「有栖川宮記念公園」というらしいけど、地元の人間は「ありすがわこうえん」と呼んでいる。この公園は東京でも犬が多いことで有名らしく,確かに,早朝から深夜まで、犬に出会えない時間帯はないのじゃないかと錯覚するくらいに犬が目立つ公園だ。しかも、リードにつながれずに散歩している犬が多い。これはおそらく、明治時代に麻布周辺に住み始めた西洋人たちから受け継いだ伝統なのだと思う。鎖国が終わって,多くの西洋人が愛犬と共にニッポンにやって来たのだが,当時の東京っ子は,見慣れない洋犬一般をさして「カメ」と呼んだらしい。それは英語の come から来ているようだ。つまり、リードでつないでいない愛犬を呼ぶときに,come と叫んでいたのが,東京っ子の耳には「カメ」と聞こえたらしい。

あれ? 銀座野郎の素性をぶちまけるつもりだったのに ...

さて、これまでにも犬のリードをテーマに何度か話して来たけれど,現代のニッポンでは、公園の中でさえ犬をリードにつないで散歩させるのが普通になったらしい。そういうのが常識だと信じている人間にとって,有栖川公園の実態は,ひどく非常識に見えてしまうようだ。あの銀座野郎はまさにそれだった。ぼくは女性の友人たちから聞いていたのだけど,散歩中に出会ったあの男からいきなり「リードにつなげ!」と険悪な顔で言われた女性は少なくないらしい。

どういうわけかぼくに対しては黙ってそばを通り過ぎることが普通だったのだけど,ある日の朝の散歩中,公園内で数名の女性たちと立ち話をしていたら,そこに現れた銀座野郎が,だれに向かって言ったのか不明だったけど、確かにぼくにも聞こえるように「リードにつなげよ!」と言ったのだ。ぼくはすぐに「うちの犬が何かしたか?」と言った。すると,その男は立ち止まって「なんだと?」と言い,こちらをにらんだ。そのとき銀座野郎は7メートルくらい離れた位置にいたけれど,ぼくはこころの中で、何か文句があるなら相手をするぞという気持で待っていたら,結局ただ険しい目つきでにらんだだけで立ち去った。

そういえば、母からも、公園で散歩していたときに、リードのことで何度か男から無礼なことを言われたことがあると聞いたことがある。それが銀座野郎だったのかどうか確認していないけれど、あの種の男ってのは意気地なしに決まっているから、たいてい女性の愛犬家ばかりを狙うのだ。きっと引ったくり犯と同じ気質なのだろう。

それにしても、バブルな人たちはなぜ麻布に住もうとするのだろうか。とてもじゃないが、彼らの気質にふさわしい土地柄じゃないように思う。西洋の成熟した良き文化を、未開のニッポンジンに侵略されちゃあ、麻布の月は泣き、星は涙を流すだろう。なんてことをもし某掲示板で書いたら、「差別だ!」と苦情が飛んでくるのかな?

今日のビデオ : Here Comes The Sun ~ Homeward Bound
-- George Harrison & Paul Simon

6 May 2007

麻布の話


夏目漱石の『坊っちゃん』には、清(きよ)という女中が登場し、父親からは「こいつはどうせ碌なものにはならない」と言われ,母親からは「乱暴で乱暴で行く先が案じられる」と言われた坊っちゃんのことをなぜか信頼して,彼の立身出世を疑わなかった。彼女は坊っちゃんがやがて独立し、屋敷町に自分の家を所有することを信じて,「あなたはどこがお好き、麹町ですか麻布ですか、お庭へぶらんこをおこしらえ遊ばせ」などと言った。

麻布という文字を見て,これを「あさぬの」と読む人は,きっと少なくないのだろう。そういう人は麻布(あざぶ)と聞いても,木綿の親戚以上のイメージはわかないのかもしれない。ぼくも実は,麻布を飛び出して地方都市に住むまでは,麻布のイメージをそれほど意識したことがなかったようだ。

母親と一緒に初めて麻布にやって来た小さな子供が,道を歩く人に余りにも西洋人が目立つので,「ママ,ここは日本なの?」と質問したそうだ。ぼくは逆に地方都市の街中を歩いていて,余りに日本人ばかりなものだから,なんだか落ち着かない気分になったものだ。そんなことは東京にいた時から分かっていたはずだ。しかし、頭の中で分かったつもりでいるのと,実際にそこで暮らしてみて知るのとでは,飯倉のキャンティと,福助のスキャンティくらいに、ものすごく違うのだ。と言ってはみたものの,福助製スキャンティなんてものが実際に存在するのかどうか,この眼で確かめたことはないのだけれど。

清はなぜ坊っちゃんの立身出世を信じたのだろう。そのヒントは次の箇所にあると思う。
清は時々台所で人の居ない時に「あなたは真っすぐでよいご気性だ」と賞める事が時々あった。しかしおれには清の云う意味が分からなかった。
坊っちゃんのように真っすぐな気性の人間が出世する国であれば,このニッポンはずっと良い国になっていただろう。実際には,日本国の核武装を考えているような右翼が、首相になったり,大臣になったり,博士になったりするのが、この国の現実なのだ。ある意味で,彼らも真っすぐなのだろうが,戦前の皇国思想と変わらない気質で真っすぐやってもらっちゃ,雑司ヶ谷に眠る漱石も,安眠できないにちがいない。

今日のビデオ : I'm Only Sleeping
-- Naimee Coleman

☆ レノン=マッカートニーの美しい曲を、アイルランド出身の若い歌手が情緒豊かにうたっています。

5 May 2007

末は博士か大臣か

ニッポンでは,きょうは「こどもの日」ということになっている。子供の幸福というものを考える日なのだそうだ。そこで、ぼくも風呂場で考えた。

子供の将来を考えたとき,「末は博士か大臣か」なんてことが言われた時代があったらしい。子供が大人になって、博士か大臣にでもなれば,人間として立派に育ったことになるという意味だったのだろうか。いまの時代,だれがそんなことを思うだろう。六本木ヒルズに住んで,自家用ジェットを所有できるなら,別に博士号なんて必要ないし,大臣なんてのは,自分がなるもんじゃなくて,金儲けのために利用するものだと,そんなふうに考える立身出世主義者が,世間には多いのかもしれない。

ライブドアのホリエモンのことだけれど,彼が東大を目指したのは,博士や大臣になりたかったわけじゃないと思う。彼が学んだ久留米大附属高校は,九州ではラ・サールについで,東大合格者数の多い高校らしい。そんなことは、いま調べて初めて知ったことだけど,ぼくの経験では,地方出身の東大生と,東京出身の東大生では,一般的に言って,何か気質の違いのようなものがあるように思う。

まず当たり前のことだけど,地方出身の東大生は,受験のために"上京する"ということをしたわけだ。それだけでも、なんだか東大受験というものが、すごく大掛かりなものに見えてくる。地方の新聞には,地元の高校から東大に合格した生徒の氏名が仰々しく発表されるという話を聞いたことがあるし,まるでデパートの垂れ幕みたいに,大きな布に合格者名を書いて、それを校舎の屋上からたれ下げるなんてことまでやる学校さえ存在するらしい。地方出身の東大合格者にとって,自分の合格が世間で公開されるのは,「故郷に錦を飾る」という瞬間でもあるのだろう。だいたい東京出身の人間にとっては、その種の"錦"というのは、まず経験できないことじゃないだろうか。

ホリエモンは,東京で学生生活を始めるようになってから、劣等感を抱くようになったらしい。よく聞く話だけれど,地方では神童なみの秀才ともてはやされていても,東大に入学すると,自分よりも優秀な学生がざらにいるのを目の当たりにし,学業の点でまず自尊心を失うようだ。外人記者団を前にしてしゃべったホリエモンの英語(?)を聞いたら,彼の学業レベルがどの程度のものか理解できたような気がしたけれど,彼の場合は,そんなことよりも、東京出身の東大生たちが、やけに金持ちに見えたのが,何よりも劣等感を刺激することになったらしい。

思うに,もし地方出身者が東京っ子を金持ちのように思うとすれば,多くの場合、何か勘違いしているのじゃないだろうか。ぼくはふざけて自分のことを「港区きってのシティーボーイ」などと言うこともあるが,実は,シティーボーイというものがどんなものなのか余り考えてみたことはないし,まして地方出身者が東京っ子をどう見ているのかなど、正しく理解することはできないように思う。ただはっきり言えるのは,東京っ子は地方出身者を特別に意識してはいないのに,彼らの方ではたえずこちらを意識しているらしいってことだ。その意識が過剰である場合,ホリエモンのように,東京の人間は特別に金持ちに見えてきたりもするのだろう。

ホリエモンの場合は,その劣等感によって,大富豪への道が始まったらしい。いつか東京もんを見返してやろうという思いだったのだろう。確かに現在の彼は,多くの東京もんには住むことの許されない六本木ヒルズのような場所に住んでいる。ライブドアでの地位は失ったようだけれど、おそらく海外のどこかの銀行には,まだまだ巨額の預金が残っているにちがいない。彼は博士にも大臣にもなっていないが,「人生カネこそはすべて」というのが教育ママたちの人生観であるとすれば,ホリエモンは立派に立身出世したことになるのだろう。

「カネで買えないものはない」と彼は言った。きっと女もカネで買えると思っているのかもしれない。ぼくは自分の人生を振り返ってみて,女をカネで買ったことは一度もないし,カネで買えたもので,こんなに素晴らしいものはないと思えるのは,愛犬BBCくらいなものだ。

今日のビデオ : Best Friends

3 May 2007

憲法で生きたか


1947年5月3日、新しい憲法が施行された。形だけの人権を記したにすぎない帝国憲法とは違って,この憲法によって,ニッポンの人民は,初めて人間個人としての本当の自由と権利を保障されたのだ。そして、9条で宣言された戦争放棄は、マハトマ・ガンジーの精神にも通じるような,画期的な平和主義をうたっている。地球の平和を願うすべての国々は,いつの日か同じような条文を持つにちがいない。そのときこそ,人類は戦争という人間特有の罪から解放されるだろう。

ニッポンの戦後は,戦前と変わらないような国家観を持つ政治家たちに支配されてきたが、それでもこの60年間,武器をとって他国の人を殺すことがなかったのは,憲法9条があったからだ。まさに権力に勝手な行動を許さないとする憲法本来の力が生きていたのだ。それなのに、戦争を知らない世代の人々の中には,権力に支配されたマスコミに感化されたかのように,軍隊を持つことに賛成する人が目立つようになったらしい。

日本人は,この60年間,憲法によって生きて来たのだろうか。憲法が保障する個人の自由を、本当に生活の場で生かそうと努力して来たのだろうか。
第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
この条文は,どれほどニッポンの人民個人の中で生かされて来ただろう。小泉や安倍のような人間が首相になる国。石原のような人間が首都の知事になる国。元最高裁長官が右翼組織の会長になる国。これが日本国という民主国家の現実だとすれば,この国の人民はなんのために自由を使って来たのか。ぼくには全く理解できない。

今日の音楽 : Peace To You

2 May 2007

化けの皮


世間で評判のいい人が必ずしもいい人だとは限らない。いや、ぼくの経験では,むしろ世間で嫌われるような人々の中にこそ本当にいい人が潜んでいるように思う。

ぼくは他人のプライバシーに干渉するようなことは決してしないし、余計な小言などを言うこともないけれど,どんなときにも自分らしい生き方を通すから,人によっては,ぼくのライフスタイルは異質に見えるらしい。そのように感じて,ぼくに近づく人もいれば,離れてゆく人もいるようだ。中には,ぼくのライフスタイルに干渉するようなムラ社会的な精神構造の人もいる。そういう人が出現すると,ぼくは黙ってはいない。自由を守るために断固として闘う。すると、相手はたいてい本性を現す。

彼らにしてみれば,ぼくという異質な人間は,まるで西洋人のお化けのように見えてしまうのだろうか。ぼくからすれば、彼らがぼくに干渉するとき,彼らの化けの皮がはがれたように思えてしまうのだ。これはぼくだけの感想ではなく,「えっ!あの人ってこんな人だったの?」と驚く人を,ぼくは何度か見たことがある。

もちろん、ぼくにも他人には見せない極秘の顔がある。この化けの皮をはがせるのは,今のところ愛犬のBBCだけかもしれない。

今日のビデオ : I Don't Want To See You Again
-- Peter & Gordon