☆☆ BB's Blog ☆☆ KV 2

ぼくの名前はBBです。「悪いヤツ」と呼ぶ人もいます。でも、犬には「いいヤツ」だと思われているかもしれません。これでいいのだ。バカボンのパパなのだ。ちなみに、バカボンもBBみたいですが、ぼくはバカボンとは別人です。

30 March 2007

温泉の思い出


妹の友だちのお母さんで、とても魅力的な女性がいた。小学生の頃から年上の従姉たちと一緒に夏休みを過ごすことの多かったぼくは、かなりませた子どもだったのかもしれない。ぼくは心の中で密かにあのお母さんに恋していたようだ。初恋の相手が幼稚園の先生だったくらいだから、小学生で人妻に恋するってのも、男子の成長の流れとしてはそう不自然ではないだろう。いや、やっぱりかなり変だったのかな。

それはともかく、妹の友だちの家族と一緒に、どこかの温泉に行ったことがあった。それがどこの温泉だったかは覚えていない。麻布十番温泉でなかったことは確かだ。それで、とにかく覚えているのは、妹の友だち(♂)と一緒に男湯に入っていたのだけれど、しばらくして隣りの女湯の方からぼくたちを呼ぶ声が聞こえたのだ。

すると、妹の友だちは、さもそれが当然であるかのように、女湯の方へ入って行った。しかし、ぼくとしては、すごく悩んだわけだ。当時、ぼくは小学校5年生くらいだったのだろうか。すでに述べたとおり、かなりませていて、女性のからだなるものに非常に関心があったりしたわけだ。特に憧れの女性の裸体などを見られるとしたら、昔のビートルズファンの女の子みたいに、失神してしまったかもしれない。

しかし、ぼくはすごく悩んでしまったのだ。うー、とっても見たいよ。でも、見られるのは、なんか恥ずかしいなあ。そんな気持だった。これは今でもその時の感情までもがハッキリ思い出せる数少ない小学校時代の思い出のひとつだ。それで、結論を言えば、結局ぼくは女湯に向かわなかったのだ。すごく見てみたいという思いとともに、見てはいけないような気持もあったのかもしれない。

その後のぼくの思春期を通じて、あの決断が本当に正しかったのかどうか、それがぼくの哲学の大問題だった。ぼくはハムレットのように思い悩んだ。あの決断が正しかったのなら、何も後悔する必要はなかった。けれど、ここだけの話、今でも後悔に似た思いがちょっぴり残っている。

今朝の音楽 : Moments To Remember
-- by Brenda Jolly

ウンチ袋の思い出


いつか真夏の散歩道で,ばったり優と出会ったことがある。しばらく一緒に坂道を歩いてゆくうちに,彼女は頂上辺の角に立つ建物を指さして,「うちはここなの」と言った。それから、「ちょっと待ってて」と言い残して、そのマンションの中に消えて行った。庭の木陰で待っていると,自分の頭より大きそうな器を慎重に両手で持った優が現れて,「はい、冷たい水よ」と言って,ぼくの愛犬の前に置いた。

今,君はどこで何をしているのだろう。六本木の広場の中で,一緒に駆けっこしたことを覚えているだろうか。実はぼくもさっきまで忘れていた。疲れて芝生の上で休んでいたとき,突然,ぼくが犬のウンチ袋を君に向かって投げつけたことなんて、もう忘れたのだろうね。君は女子高生みたいに「キャア!」と叫んだかと思うと,次の瞬間,やっぱり小学生になっていて,そのウンチ袋をぼくに向かって投げ返した。もちろん,ぼくに当たるわけがなく、すぐに再び攻撃を受けてしまうのは君だった。「キャア!」と叫んで逃げる君に向かって,ぼくは小さな小学生くらいの力で,何度もウンチ袋を投げつけた。

パパ,ボクのウンチで遊ぶならボクも仲間に入れてよ。BBCはそんなふうに思っていたのだろうか。彼もなんだか楽しそうに,シッポを振りながら,はしゃいでいた。すでにでっかい犬だったけど,まだ子犬だったんだよね。

あの頃,六本木の空は,まだ今よりは広かったような気がする。嫌いな町だったけれど、所々に懐かしい遊び場が残っていた。いや、あれはただの夢だったのだろうか。思い出はたいてい、夢の中の出来事のように,なんだかぼんやりしていて、まるで映画のシーンのように、フィクションみたいに思えてしまう。

今日の音楽 : Memories Together
-- by MJM

29 March 2007

東京女学館の思い出(3)


その子のことをぼくは「ゆう(優)」と呼んでいた。一緒に散歩したりするようになったのは、たしか彼女が女学館の小学部4年生頃のことだったと思う。優の家にも大きなラブラドール・レトリーバーがいたけれど、あまりしつけができていないようで、小さいからだの彼女には散歩は無理らしかった。ぼくの愛犬はリードをしていても、人間の歩調に合わせてゆっくり歩くので,彼女はよくリードを持たせてと言ったものだ。大きなレトリーバーと小さな女の子が一緒に仲良く歩いているのを、うしろから眺めていると、なんだか笑ってしまいそうなくらい,ほのぼのとした絵のような光景に見えた。

ぼくは時々,女学館のそばの道を通って渋谷方面に散歩に出かけることがあった。ぼくが思わず女子校に引き寄せられてしまうのは,東洋英和女学院のせいであって、ぼくのDNAのせいじゃない。それはともかく、ある日,女学館の前を歩いていたら,学校のどこかからぼくの名を呼ぶ声がした。見ると,優がこっちを見て手を振っている。ぼくも手を振って挨拶すると,彼女は十人ほどの友だちを引き連れて,ぼくのそばまでやって来た。優が友だちにぼくの愛犬を紹介すると,みんな「キャワイー!」とか言ってはしゃぎ始めた。優の制服姿を見たのは,あれが最初だったかもしれない。

彼女が中学生になった頃には,ほとんど顔を合わせることがなくなっていた。ただ風のウワサで,芸能界に入るために女学館をやめて区立中学に転校したというのを耳にした。女学館は校則で芸能活動を禁じているらしい。ぼくは芸能界には全く関心がないし,テレビを見ることはほとんどなかったので,いつから彼女がテレビに出るようになったのか、よく知らない。

しかし、つい先日、彼女の悪い評判のことや,お父さんの犯したヤミ金融事件のことを初めて聞いて,とても驚いた。彼女の父親は,三田の慶応大学のそばで歯科医をやっていた。以前は南麻布のマンション住まいだったけれど,たしか優が小学校5年生の頃に、元麻布に一戸建ての家を建てた。少なくとも2台のベントレーを持っていて,元女優のお母さんはその1台を自分の車にしていたようだった。

歯科医のお父さんが,なぜ「システム金融の帝王」などと呼ばれるようになり,中国マフィアにまで狙われるようなことになったのだろう。彼は現在、莫大な借金を抱えたうえに、歯科医業停止処分まで受けているらしい。

優は決して悪い子じゃなかった。ただ金銭感覚が普通とは違っていたかもしれない。テレビの番組で平然とどこかの倉庫に盗みに入ったことがあると告白したそうだけど、そういえば小学生の頃,ぼくにもあっけらかんと万引きしたことがあるとか言うものだから,そんなことをしてたら奇麗な大人になれないぞと、ぼくにびしっと言われたことがあったはずだ。

ぼくは今,小さい頃の優のことを思い出し,そして、どういうわけか、もっと昔に福永夫人に紹介された女性のことまで思い出し,都内の女の子に人気のあるという女学館の制服のことなどを思いながら,なんだかとても哀しい気持になっている。「ほんとにお餅がお好きなんですね」と言いながら,七輪の網の上で焼け上がった餅を,ぼくの皿の上に置いてくれた、福永夫人の優しい笑みなどを思い出しても,なんだか哀しくなって仕方ない。

元麻布も六本木も、昔とは全然ちがう姿になってしまった。女の子も、街のように変わってしまうのだろうか。

今日のビデオ : Get Back
-- by The Beatles

東京女学館の思い出(2)


それで、今度はなぜ福永武彦の肖像画が現れたのかというと、女学館というと,ぼくにはこんな思い出があるからなのだ。

あれはぼくがまだ満開のソメイヨシノのように若かった頃のことだ。ぼくは福永夫人に招かれて,成城のご自宅を訪ねたことがあった。福永武彦が亡くなって数年が過ぎていた頃だったと思う。上品な和室に通されたぼくは,正月だったこともあり,七輪で焼く餅をごちそうになった。

実はぼくは知る人ぞ知る餅大好き人間なのだ。それにどういうわけか、若い頃のぼくはあまり遠慮をしない性格というか,大好きなものなら,すすめられるがままに、犬のように幸せそうに食べる傾向があった。高校の親友の家に一夜泊まったときなど、さっさと朝食を済ませてどこかへ消えた友のことも気にせず,お母さんにすすめられるがままに,ご飯をしっかり3杯食べながら、主婦との会話を楽しむ男子高校生であった。

なんだか話が複雑になって,自分でも何を話そうとしていたのか分からなくなってきたけれど,とにかく女学館の話につなげれば,あの日,福永邸にはひとりの若い女性が来ていて(というか、家族だったのかもしれないけれど)、福永夫人は,その女性をぼくに紹介してくれたのだ。そのとき、「この子は女学館に入学が決まったばかりなんですよ」というように言っていたのを覚えている。なぜこんなことを思い出したのか不思議だけれど。

それで、その当時は別に深く考えなかったのだけれど,正月という時期にすでに入学が決まっているというのは,大学受験にしても高校受験にしても(当時はまだ中高一貫教育ではなかった可能性がある),どちらにしても普通じゃないように思う。おそらく内部推薦だったのだろうか。それはともかく、いま思い出してみると,あの女性は新高校生だったのか,新大学生だったのかすら,はっきりしないのだ。ぼく自身が若かったから,どちらにしても年の違いはそれほど離れていなかったわけだし,今でもそうだけれど,だいたいぼくは女性の年齢をあまり気にしたことがないのだ。

ということで、なんとか題名にふさわしい話になったけれど,実は、ぼくが女学館の話をしようと思ったのは,全く別の女性のことが気になっていたからなのだ。(さらに、つづく)

真夜中の音楽 : Loving You
-- by Misia

東京女学館の思い出(1)


また変な題名をつけてしまった。なぜ三木清のあとに女学館なのと、多くの人は不思議に思うかもしれない。ていうか、ぼくのブログをそんなに多くの人が読んでいるとは思えないけれど。

三木清は,当時の日本人としては,性的なことに関しても,解放的というか,明るい感じでしゃべる人だったらしい。そんなことを今日出海(こんひでみ)というような人は,『三木清における人間の研究』という本の中で取り上げ,彼をことさらに醜悪な人間であるかのように描いた。一体なんのためにそんな本を出版する必要があったのだろうか。

三木とハイデルベルク大学で出会っていた羽仁五郎は,彼の性格についてこんなふうに書いている。「軽蔑した人間に対しては,三木は露悪的になるんだ」と。つまり、いやなヤツの前では,三木清という人は,わざと自分の醜さをさらけ出すようなところがあったらしい。ぼくには,その気持がなんとなく理解できるような気がする。

あれ? きょうは女学館の話をするのであった。なんだか前置きが大げさになってしまって,話しづらいけれども,実は全く性的な話をしようとしているのじゃないし,初恋の女性が女学館の生徒だったってな淡い水色の物語でもないのだ。第一,きょうの写真は,女学館のある渋谷区広尾とは関係なくて、世田谷区成城の住宅街なのだから、なーんか変だなあって思ったあなたは,知的なトーキョー博士かも。ってな調子のぼくは、春うららで,なーんか変すぎるかも。

じゃ、ちょっとだけ女学館の小学生の写真なんか貼り付けちゃったりして,それとなく女学館な空気を漂わせておいて,ぼくはこれから散歩に出かけます。(こんな話でも、つづく)

今日の音楽 : Just The Way You Are
-- by Diana Krall (Live in Paris)

28 March 2007

三木清を殺したのは誰か(3)


三木清の獄死を知って,だれよりも先にそれを問題にしたのは,日本人ではなく,ロイター通信の記者だった。彼は,戦時中に政治犯とされた人々がまだ獄中にいることを知ると,当時の内相、山崎巌に面会を求めた。すると山崎はこう言ったという。「天皇制廃止を主張する者は,すべて共産主義者と考え,治安維持法によって逮捕する」

そのときはすでに戦争が終わって2ヶ月半が過ぎていた。当時の権力層が,いかに戦前の邪悪な体制から目を覚ましていなかったかが,これでよく分かるだろう。あんな主張が,世界に通用すると思っていたのだから,これはもうオウム真理教どころの騒ぎじゃあない。実際,マッカーサー元帥もビックリ仰天で,すぐに政治犯の釈放を命じた。ふがいない東久邇宮(ひがしくにのみや)内閣は解散し,そのあとに誕生した幣原内閣は,すぐに政治犯を釈放した。その中には,網走刑務所にいた宮本顕治など、10年以上も自由を奪われていた人たちがいた。

あの太平洋戦争を長引かせた最大の理由は,天皇自身さえ天皇制を守ることに固執したからだった。アメリカに負けたら,きっと天皇制は廃止させられる。そのような恐れが,当時の権力層にはあった。だから、冷静に考えれば敗戦がハッキリしていたにもかかわらず,特攻隊のような愚かな手段を考え出したり,一億玉砕などと叫んで、天皇のために国民全員が死ぬことさえ美徳とするようなことが常識として通ったのであった。その常識が,東京大空襲や広島・長崎の原爆を招いたのだ。

62年前のきょう,三木清は逮捕された。それから半年の間,狭く汚い独房で自由を奪われ,しおれる花のごとく,ついに死んでしまった。いや,死んだのじゃない,殺されたのだ。誰が三木清を殺したのか。その最大の責任者は,昭和天皇であったと、ぼくは思う。そして、そのような天皇を神のように崇拝する当時の臣民たちの責任は大きかったと思う。それだけじゃない。戦後60年が過ぎても,いまだに天皇制の過ちを認めようとしない現在の日本人の責任も無視するわけにはいかない。三木清は,今も日本人に殺され続けている。

今日の音楽 : A Mozart Reincarnated
-- by Ennio Morricone

26 March 2007

三木清を殺したのは誰か(2)


治安維持法で逮捕された共産党員の高倉テルが警視庁から逃亡し,それをかくまったという容疑で逮捕されたのが三木清だった。

当時,三木は東京を離れて埼玉県に疎開していた。そこに唐突に現れたのが逃亡中の高倉だった。三木自身は共産党員ではなかったけれど,友人として高倉を一晩かくまった。翌日,三木は彼に自分のワイシャツを与えて逃がしたという。その後,高倉は再び官憲によって逮捕され,そのとき着ていたワイシャツに三木の名が刺繍されていたため,三木も検挙されることになったのである。

1945年3月28日、三木は警視庁に連行された。しばらく巣鴨の東京拘置所に入れられるが,その後どういうわけか,衛生管理のさらに悪い豊多摩刑務所に身柄を移された。温厚な性格の三木は,刑務官にも信頼されていたという。その三木が,戦争が終わっても釈放されずに、さらに1ヶ月以上も狭い独房で、栄養失調と不眠で苦しみながら自由を奪われていたのだ。

9月26日の朝,看守が三木の独房の扉を開くと,彼のからだはかたい木の寝台から床に落ちていて,干物のように死んでいたという。まだ48歳だった。

三木の遺体は,その2日後、自宅に帰った。当時,日本人はみな,あの戦争に熱狂した悪夢から覚め始めていたのじゃないだろうか。三木清は,多くの日本人が軍国主義を信仰していたときにも,この国のまちがいに気づいていた。その人が,平和になった東京の町の中で,友たちでさえ知らないあいだに,永遠の眠りについてしまっていた。(つづく)

今日の音楽 : Mr. Bojangles
-- by Robbie Williams

24 March 2007

三木清を殺したのは誰か(1)


ハイデルベルクは美しい町だ。そこにドイツでいちばん古い大学がある。三木清もこの大学で哲学を学んだ。同じ頃,羽仁五郎や大内兵衛などもこの大学にいた。この三人の名前を見て,今の時代の人は何をおもうだろうか。ニッポンの暗い時代にも正義の明かりを信じていた人々。ぼくにはそんなイメージが浮かぶ。

ヨーロッパでの留学を終え母国に帰った彼らには,自由な哲学を許さない天皇制ファシズムが待っていた。三人ともそれぞれ別の時期に別の場所で、治安維持法で検挙されることになる。三木を除くふたりは釈放されるが,三木だけは敗戦後も1ヶ月以上、刑務所内の独房に閉じ込められたまま,ついに帰らぬ人となった。

一高を卒業していた三木は,東大へは進学せずに,西田幾多郎を慕って京都大学へ向かった。その京都学派も,いつしか軍国主義に傾いてゆく。そういえば、ハイデルベルク大学のリッケルトが高く評価していたハイデッガーを訪ねて,マールブルクへ向かった三木だったけれど,のちにハイデッガーはナチスに共感するようになってしまった。

三木清は散歩が好きだった。小さなひとり娘と手をつなぎ,一高寮歌などを歌いながら歩いたという。どんな未来を見ながら歩いていたのだろう。
我々が日々接触する現実を正しく見ることを教え得ないならば、如何に深遠に見える哲学もすべて空語に等しい。
岩波新書の一冊『哲学入門』の序に、三木清はこう記していた。治安維持法の容疑者をかくまったという嫌疑で逮捕されたのは,それから3ヶ月後のことだった。(つづく)

今日の音楽 : Time After Time
-- by Cyndi Lauper

21 March 2007

女性の友だち


友だちは、性別で男と女に区別できることは確かだとしても、女性の友だちのことを人に紹介するときに、どう言えばいいのか困ることがある。

英語に girlfriend という単語のあることは、たいていの日本人は知っていると思うけれど、これはむやみに使うと誤解されるから気をつけなきゃならない。女性が使うなら大丈夫だと思うけど、男がこれを使えば、ふつうは肉体関係のある女性になってしまう。片仮名のガールフレンドとは、だいぶ意味がちがってくるのだ。

若い頃、2年ほどだったけれど、横浜の海の見えるアパートで独り暮らしをしたことがある。子どもの頃からずっと一戸建ての家に住んでいたぼくは,アパートへの憧れのようなものがあったようだ。代官山の同潤会アパートなんかは,本当に憧れていたものだ。横浜で暮らしたアパートは,あまりにも現代的すぎて,玄関がオートロックだったりとか,ぼくの趣味に反するものではあったけれど,とにかく窓から海が見えるのだけは最高だった。

まだ自動車の免許もなかった頃,ぼくはよく電車に乗って,湘南の海を見に出かけたものだ。海を見ていると,どうしてあんなにも優しい気持になれるのだろう。江ノ電の鎌倉高校前駅ホームのベンチにすわり,日が暮れるまで海を見ていたこともあった。

あれ? きょうは海の話をする予定じゃなかったのだ。女性の友だちの話だった。

それで、あの横浜のアパートで独り暮らしをしていた頃,ある女性と知り合ったのだけど,ぼくが外食ばかりしていることを知ると,アパートに行って食事を作ってあげようかと言うのだ。その女性は二十歳そこそこで、浜っ子らしいシャレた感じの子だった。つまり、ぼくのアパートでふたりきりになって,しかも、食事なんか作ってもらったりなんかすれば,なんていうか、ぼくの男性ホルモンというか,性的行動制御機能というか、そんな感じのものをちゃんとコントロールできるかどうか自信がなかった。

それに、当時ぼくには,公式サイト,じゃなくて、公式カノジョがいたのだから、やはり軽はずみな行動はとれなかったのだ。そうではあっても、あのように言ってくれた女性の気持をありがたいとは思ったし,彼女は別にぼくに対して特別な関心を持ってたのじゃなく,ただぼくの惨めな生活に同情しただけなのかもしれない。そういえば、大学時代に,ある女性がぼくに言ったことだけど,ぼくって男は,なんか世話をしてあげなきゃ,気がついたら餓死してるんじゃないかって、そんな感じらしい。つまり、セックスアピールで女性を虜にするタイプというよりは,ただ女性の母性本能で守ってあげたくなるような男にすぎないらしい。

ぼくは今でも,女性の友だちのことを考えると,すごく複雑な気分になって,風呂場の椅子で「考える人」に変身しても,男であることを証明するだいじな部分に関して,なんだか恨めしく思うこともある。

今日の音楽 : Hello, My Friend
-- by 松任谷由実

20 March 2007

ジョーシキ人間の正体(3)


赤ジャージと戦争をやってるとき,たまたま公園の外を犬と散歩している女性がいた。それに気づいた赤ジャージは,「見ろ,この辺では,みんなああして公園の外を散歩させるんだ」と言った。

そりゃそうだろう。右翼の親分みたいな顔をしたイヌ嫌いが威張ってんだから,女性なんかは特に,とてもじゃないけど、入って来れなくなるにちがいない。それに、なぜみんなと同じやり方で散歩しなくちゃいけないんだ?日本国憲法に、そんな規則でも書いてあるってのかい?

実際に,ぼくがどんなことを言ったのかはもう覚えていない。ただ、赤ジャージに向かって,「てめえのようなヤツが公園を台無しにするんだ。公園はてめえのようなヤツが来る場所じゃねえ。公園は、子どもたちや犬たちのためにあるんだ!」と怒鳴ったことだけは覚えている。

ぼくの剣幕に圧倒されたのか、赤ジャージは急におとなしくなって,公園から出て行った。そのとき、ひとりの女性が近づいてきて,「いつも娘がお世話になっています」と、ぼくに頭を下げた。見ると,その女性の隣りに,いつもその公園で会う小さな女の子がいて,ぼくと目が合い,ニコッと笑った。どうやら、赤ジャージ戦争の様子をどこかで見ていたらしい。

平和主義の吾が愛犬は,いつのまにかやや離れた場所にあるベンチのそばにいて,20人ほどの小学生たちに囲まれていた。その中に,時々は見かける子たちだったけれど、それまで一度も愛犬のそばに近づいて来なかった子たちも混じっていた。ぼくはずっと彼女たちは犬が好きでないと思ってたのだけど,近づくきっかけがなかっただけだったのかもしれない。あとで知ったのだけど,みんな6年生ということだった。

戦争はどんなものでも不愉快なものだけど,あのような子どもたちとの出会いが,ぼくにまた新たな希望のオナラ、じゃなくて、希望のアシタを、夢見させてくれるから、人生は捨てたもんじゃないと思う。

今日の音楽 : Catcher in the Rye
-- by Sammy Walker

19 March 2007

ジョーシキ人間の正体(2)


「公園に犬を入れるな」と怒鳴った男を、ぼくは「赤ジャージ」と呼ぶことにした。あのとき、公園を散歩していたぼくの愛犬の周りには,8人ほどの小学生たちが集まって来ていて,頭をなでたり,からだに抱きついたりしていたところだった。赤ジャージは,そんな様子を家の中から監視していたのだと思う。そばに来て何を言うかと思ったら,「子どもたちに病気がうつったらどうするんだ」と来たから,こんなにマナーの悪い人間にはお目にかかったことのないぼくとしては,東京湾花火大会規模にオナラを打ち上げそうなほど、非常にビックリ仰天したわけだ。

ある種のイヌ嫌いは,とにかく犬のことで何か文句を言いたくてチャンスを狙っているらしい。ぼくの愛犬のように,だれが見ても危険性のないような犬であれば,病気などという理由までつけて,人間社会から犬を追い出そうとするらしい。

赤ジャージは,ぼくのもっとも嫌うタイプの人間だ。ぼくはイナカッペという言葉を使うことはめったにないし,田舎をバカにしている気持はないのだけれど,あの赤ジャージのような男には,「イナカッペ野郎」という言葉以外には適当な言葉が見つからないような気がする。そんな気持が通じたのか,赤ジャージはぼくに,「どこから来たんだ?」と言った。「東京からだ」と答えたら,「東京から来たからって,威張るなよ」と言うから,「おれがいつお前に威張った?」と言ったら,「お前のような若蔵に,お前なんて言われたくはない!」と叫んだ。

ぼくはだいたい、実際の年齢よりかなり若く見られる傾向があるらしい。何も若い恰好をしてるつもりはないのだ。むしろ、高校生の頃から渋い英国調のツイードジャケットを着たりして,いつだって流行には関係のないものを身につけてきた。ところが、あの地方都市で出会った小学生が,ぼくをお母さんに紹介するとき,「この人が,あたしが話したおじさんだよ」と言ったら,そのお母さんは,「まあ、あなた何を言ってるの。おじさんじゃなくて、お兄さんでしょ」と注意したくらいだから、ぼくは相当に若く見えるらしい。

話が余計な方向へ飛びそうなので,クルリンパすると、あの赤ジャージだけど,その正体は,子どもの健康を心配する正義の味方どころか,とんでもない偽善者であることを,公園に集う中学生たちから聞いて知ったのだった。赤ジャージの家には,イギリスの猫とか言って自慢してる猫がいるらしく、その猫がよく公園内をうろつくらしい。ふだんは猫にリードをつけて散歩してるらしく,近所の子どもたちが触ろうとすると,「ダメ!うちの猫は子どもが嫌いだから」と言われてしまうとか。

どうやら、ぼくの愛犬のような大きな犬が公園内に入るようになると,最愛の猫ちゃんが襲われるとでも思って,心配したらしい。たしかに、あの近所には,攻撃的な犬が目立ったけれど,それは人間があまりにも攻撃的で,犬という動物を人間社会から追い出してきたからだ。赤ジャージのような人間が,危険な犬を増やしたのだ。

ぼくの愛犬は,子犬の頃に,麻布十番の狭い通りを散歩していたら,突然,ビルの隙間から飛び出してきた野良猫に襲われた経験があるので、幼少の頃はややネコ恐怖症気味だったのだけれど,友好的な猫との交流を体験させることによって,ネコ嫌いにはならなかった。第一,普通に犬らしく育った犬が、ネコに限らず,動物を襲うはずがないのだ。ぼくの愛犬は,公園で野良猫を襲おうとしたカラスからその猫を守ろうとするような行動をとったことがあるらしいけれど,そのときだって、決してカラスに危害を加えるつもりはなかっただろう。

人間てのは実に勝手な生き物だと思う。進化しすぎたのか,なんなのか、よく分かんないけれど,高等な脳みそをもっているはずなのに,物事を正しく判断する能力に欠ける人間が,あまりにも多く,そのような人間に限って,他人から自由を奪いながら,自分は正義の味方だと思う傾向があるようだ。

今日の音楽 : Hey Paula
-- by Paul & Paula

16 March 2007

ジョーシキ人間の正体(1)


ニッポンの公園には,「犬はリードにつないで散歩しましょう」と注意書きしているのが多いらしい。そのような看板のない公園では,近所のイヌ嫌いが、勝手に「犬の散歩を禁止する」というのを立てていたりもするようだ。

英国のイヌの教育書を見ると,イヌ嫌いの人のためにリードをしましょうなどいうことは、決して書いていない。犬をリードでつなぐとすれば,犬の安全のためというのが,その第一の目的だと説明しているだろう。犬の社会性,つまり、家族以外の人間や動物たちとも仲良く共存するためのマナーを身につけるためには,むしろリードをしないでもコントロールできるようにならなければならない。そういう当たり前のことをきちんと説明しているのが,英国の優れたイヌ教育書の特徴になる。

実際,英国の公園では、リードなどで自由を奪われている犬に出会う方が珍しいくらいだ。どの犬もみな,飼い主と同じように、ゆったりとしていて、おとなしい。危険な犬を公園内で放すわけがないのだ。それがイギリス人のコモンセンスになる。彼らは愛犬を,本来のイヌらしく,ヒトの親友になるように育てている。

いつも登場するニッポンの地方都市の経験だけれど,近所にあった公園には,「犬の散歩を禁止する」というような看板が立っていた。市役所にそのことを問い合わせたら,市内の公園で犬が入れない公園はないという回答だった。そして、その日のうちに看板を撤去してくれた。

数日後,愛犬とその公園内で散歩していたら,赤いジャージを着た男がやって来て,「公園に犬を入れるな」と言った。「そんなことは市役所の担当者と話がついている」と、ぼくが言ったら,「ウソをつくな」と言ってきた。初めて会った人間に向かって,こうしてウソつき呼ばわりするとは,実にマナーの悪い男だ。英国のコモンセンスなら,こんな人間こそ公園から追い出すにちがいない。

その公園の周囲で,ぼくが気づいていたのは,実に攻撃的な犬が多いことだった。いつも必ずリードをしている。公園には入ってこない。でも、通りではすれ違う。すれ違うたびに,ぼくの犬に向かって,鬼畜米英かアカ狩りの勢いで吠えてくる。こんなことは、英国でなら決して経験できないことだろうし、東京の地元でも非常に珍しいことだ。

今朝の音楽 : Teddy Bear Song
-- by Donna Fargo

15 March 2007

BBCのこと


今朝はBBCの話をしようと思う。BBCといっても、ぼくの愛犬 (ハンドルネーム BadBloke'sCat) のことではない。英国の公共放送局BBCのことだ。

アメリカの動画投稿サイトに、YouTube (ユーチューブ)というのがある。言ってみれば、動画専用掲示板といった感じだ。その手のサイトとしては、世界最大規模と言ってもよい。しかし、最近になって、ここに投稿される動画の削除を求める動きが、大手メディア企業の間から活発になってきたようだ。つまり、彼らは著作権侵害を主張しているわけだ。

このようなネット上のメディア覇権争いの中にあって、英国のBBCは、逆に YouTube に対して、ニュースや娯楽番組を提供することを約束したのだ。BBCは言う。「BBCの名誉を傷つけるような編集をしたものを除き、動画転載は我々の事業展開に役立つ」と。

ぼくは十代の頃からBBCのお世話になってきたけれど、いつも思うのは、彼らには何事においても一本ビシッとスジが通っていることだ。平和問題にしても、人権問題にしても、動物愛護問題にしても、BBCには決して動じることのない精神があるように思う。だから、「鉄の女(Iron Lady)」として11年もの間、英国で首相を務めたサッチャーから嫌われるようなことでも、言うべきときには、敢然として主張したのだった。

BBCが「事業展開」というとき、米国の軍産複合体や、ニッポンの経団連などとは違って、金儲けではなく、世界を少しでも美しくするための活動を意味しているのだと思う。月間7千万人もの人々が利用するというYouTubeにおいて、そのようなBBCのメッセージが世界中に発信されるなら、きっとこの地球は、少しずつ美しくなっていくような気がするのは、ぼくだけではないだろう。水といのちで満たされた青い惑星にふさわしく。

吾が愛犬がハンドルネームBBCを名乗って、夜な夜な、怪しい子猫ちゃんサイトを訪れ、愛と平和を力強く語っているのは、誠に頼もしい限りである。

今日のビデオ : Leona Lewis on the BBC

14 March 2007

進化しない人々


百人の敵ができても、たったひとりの親友が見つかれば、それでいいと思う。正しいと思ったことで、これは絶対に譲れないと思えば、どんな状況でも、それを通す。それでいいと思って、今まで生きてきた。

数年前、あることがきっかけで、母からこんな話を聞いた。ぼくがまだ小学校高学年くらいの頃の思い出らしい。母とぼくが一緒に街を歩いていたら、前方から中学生くらいの不良っぽい連中が数人、横に並んで歩道を占領するように歩いてきたという。母はそれに気づいて歩道の隅へ移ったのだけど、ぼくはまっすぐに彼らの真ん中へ向かって歩き続けたという。

結局、何も事は起こらなかったらしいけれど、母がそのとき、「あのような怖いお兄さんと出会ったときは、よけて歩くものよ」と言ったら、ぼくはこう答えたという。「おかあさん、歩道はみんなのものだよ。あんなふうに歩く人たちがいけないんだ」

こんなことは、まったく忘れていた。でも、それを母から聞いて、自分でもおかしかった。小学生の頃から、ぼくは今でも変わっていない。こないだ、老人党掲示板で、右翼的日本人のことを「進化しないニッポンジン」と書いたけれど、実をいえば、ぼく自身が全然、進化していないようだ。

今朝の音楽 : Jesus Loves Me
Jesus loves me, this I know
For the Bible tells me so ...

13 March 2007

Best Friends


哀しそうな星だね
そうぼくが言ったとき
君はぼくの眼を見て
黙っていた

淋しそうな月だね
そうぼくが言ったとき
君もあの月を見て
黙っていた

そうやって君はいつも
黙ったまま
ぼくの話を聞いている

君の透き通った瞳を見て
ぼくの哀しみは消え
ぼくの淋しさは去るだろう

何も言わなくても
君はすべてを語り
何も言わなくても
君はすべてを知っている

星は今夜も哀しそうで
月は今夜も淋しそうで
それでもこの芝の上で
ぼくたちは親友だ

君が犬でよかった
ほんとに、よかった

今日の音楽 : Sugar Sugar
-- by The Archies

11 March 2007

友とは


ネット世界でも、リアル世界でも、だいじなことに関しては、言うべきときには、相手がだれであろうが、ハッキリと言う。そうやって、ぼくは敵をつくってしまい、同時に、親友を見つけてきたように思う。

ニッポンのある地方都市で知り合った愛犬家がいた。彼とは、イヌのテーマでは、ほぼ考え方が同じだった。彼にはお姉さんがいて、その人は、まだそれほど親しくもない頃に、どういうわけか、ぼくの犬のために贈り物をくれたりとか、とても親切だった。そういうのに慣れていなかったぼくは少し戸惑ったものだけれど、それがその地方のやり方なのだと思って、感謝して受け取っていた。

ある夜のこと、愛犬と一緒に彼の自宅を訪ね、居間でおしゃべりをしていたら、お姉さんが現れた。ちょうどイヌ肉問題を語っていたところだったのだけれど、それを知った彼女は、突然、こう言ったのだ。
「イギリス人なんて、食べるものに困ったことがないから、イヌを食べる人のことを非難できるのよ」
ぼくは、彼女のことを、日本人としては平均以上の愛犬家であると思っていたから、その言葉に驚いた。イヌに関してだけでなく、イギリス人への偏見のようなものさえ感じたのだ。そこで、ぼくは、ハッキリとこう言った。
「イヌを食べなきゃ生きていけないというなら、ぼくは死を選びます」
日頃、お姉さんの尻に敷かれていたような、おとなしい友は、ビックリ仰天、言葉も出ないようだった。お姉さんは何か言ったようだったけれど、ぶつぶつとほとんど意味をなさないようなつぶやきを残して、居間から退場した。

その後も、あの友とは、親しく交際を続けた。自宅に愛犬と一緒に何度も遊びに行った。ぼくがラーメンが大好きなことを知ると、何度も出前を注文してくれた。しばらく会わなかったとき、通りでばったり出会ったお姉さんから、「弟が会いたがってるから、遊びに行ってあげて」と言われたことがある。

他人から何か厳しいことを言われたり、自分の好きな仲間とかを批判されたりしただけで、その人と口もききたくなくなるような人がいる。どうも日本人には多いらしい。顔の見えないネット世界では、特に珍しくないようだ。でも中には、こんなふうに考える人もいるだろう。わたしに厳しいことを言ったのは、わたしを傷つけるためではなくて、彼には何よりも大切なことだったから、あんなふうに言うしかなかったのだと。

ネット世界でも、リアル世界でも、ぼくが親友を見つけたような気持になるのは、そんな人に出会ったときなのだと思う。

真夜中の音楽 : Best Friends
-- by The Tweenies

I was alone before I met my friends ...


Best Friends の歌詞

10 March 2007

東京が燃えた日


62年前のきょう、東京はアメリカ軍のB29型爆撃機279機による焼夷弾投下により、火の海となった。いわゆる東京大空襲だ。

使用された焼夷弾は、日本家屋の構造を考慮して被害が大きくなるように考案されたものだった。いくら戦争とはいえ、一般人を狙ったその卑劣さは、戦争犯罪として歴史に残されるべきものだけれど、右翼のように日本人としての反省もなく、ただアメリカを非難するわけにはいかない。

当時、まともに戦局を判断していれば、とっくにニッポンの敗戦は見えていた。それなのに、なぜ東京大空襲まで、戦争を長引かせてしまったのか。3月10日の空襲で亡くなった東京住民は10万人ほどもいたという。その中には多くの子どもたちも混じっていた。それなのにまだ、天皇始めニッポンの指導者たちは戦争を続けようとしたのだ。東京への空襲は、その後も続けられ、それでも降伏しないニッポンに対して、8月6日、ついに広島に原爆が落とされた。

広島の原爆慰霊碑には、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と書かれている。2005年7月27日、その「過ち」という文字を、右翼の男が削り取ろうとしたという。それ以前にも、赤いペンキをかけられるとか、何度か嫌がらせを受けていた。日本人としてあの戦争を反省することを、反日だとか自虐だとかと決めつけるのは、ノータリン右翼の連中に決まっている。そんな奴らの味方をするのは、日本会議ほか、この国には掃いて捨てるほどあるけれど、「新しい歴史教科書をつくる会」なんてのは、直接に子どもたちの教育に関係しているから、こんなにひどい話はない。その「つくる会」を支持しながら、東京の学校に愛国心を強制しているのが、石原慎太郎だ。

いま、都知事選に向けて、数名の立候補者の名前が挙がっているが、背が高いだとか、男らしく見えるだとか、そんな空虚なイメージで知事を選んじゃ、東京キッドの未来は真っ暗だ。東京にいま必要なリーダーは、あの戦争をきちんと反省することができて、「二度と過ちは繰り返しません」と、戦死した人へも、生き残った人へも、これから生まれて来る人へも、すべての人に約束できる人でなければならない。つまり、石原慎太郎と黒川紀章は、すでに失格ということになる。

今日の音楽 : Nocturne in B-flat minor (Chopin)
-- by David Herman

8 March 2007

名前について(3)


ぼくがBBという名前で質問したことを礼儀知らずであるかのように非難して来た老人は、まさに皇国老人であった。同じようなニックネームで質問しても、ぼくが彼と同じ側に立っていると知れば、余計な文句は言わなかったのだと思う。あの質問をする前に、実はぼくは次のような作文を投稿していたのだ。

「君が代」には、日本人から自由と平和を奪った天皇教の異臭が保存されているのです。もちろん、そんな異臭を感じない人も多いのでしょうね。戦後まもない頃でさえ、「平和主義」の天皇を日の丸振って歓迎した日本国民が多かったようですから。しかし、「君が代」の異臭を、おじいちゃんのオナラ以上に、どうしても受け入れられない日本人が存在することも、事実なのです。

皇国老人が、これを読んだら、やはり血圧が上がったのだろうと思う。しかし、ぼくの意図は、彼らの死期を早めることではなかった。西羽さんが、ガンとの闘病生活の中でも、二度と戦争を起こしてはならないという思いで続けてこられたメーリングリスト。その精神を汚すような人の発言は、たとえ老人であろうが、黙って見過ごすことはできなかったのだ。はっきり言えば、そのようなニッポンジンが、戦後もニッポンをダメにしてきたのだと、ぼくは考えている。

ぼくにエチケットを説いてきた皇国老人は、本名らしき名前を書いていて、年齢が83歳だと言っていた。しかし、実は、彼は38歳で、まったく違う実名の持ち主である可能性だってあるのじゃないだろうか。人を疑うのは哀しいことだけれど、ニッポンのリアルの世界でのウソをいやというほど見てきたぼくとしては、ついそんなことも思ってしまったのだ。

すると、ぼくの登場によって、久しぶりに投稿するという人が現れた。その人はこんなことを書いていた。

そもそも相手が名乗ったその「名前」を「実名」と証明することなどできるわけがありません。

BBさんの こう名乗られる理由は ご説明して頂いてますので BBさんは ちゃんとこの場で 名乗られています。辻重雄さんが「辻重雄」と、木村繁次郎さんが「木村繁次郎」と名乗っておられるのと全く変わりがありません。

名字と名前のようだったら実名。イニシャルっぽい あだ名っぽい アルファベット数文字だったら ウソ名前。

それは ただの人権侵害です。暴力を起こす側の論理に過ぎません。

戦争がなくならない理由を 岡本さんや木村繁次郎さん辻さんのご投稿でわかったような気がしました。

この人は、かなり怒っているようだ。きっとリアルの世界でも、日本人の窮屈さをいやというほどに経験してきた人なのだろう。とにかく、彼はぼくと同じ側に立っている人であることが分かった。ぼくはまた友に出会ったような気がした。

今日の音楽 : You've Got a Friend
-- by Carole King, Celine Dion, Gloria Estefan & Shania Twain

☆ 上のリンクで歌が聞こえてこないときは、次のサイトからダウンロードしてください。

ここでダウンロード

ダウンロードの方法は、最初に現れるページに見える Download (図1)をクリックし、その次に現れたページに見える Click here to download (図2)をクリックすれば、自動的に始まるはずです。ダウンロード可能期間は、3月24日まで。

             図1
         
             図2

友だちがいるぞなもし ...

6 March 2007

名前について(2)


伊集院光というタレントがいる。初めてこの名前を見たとき、てっきり華族を先祖とする人だと思った。ところがそれは芸名であって、本名は、篠岡建というらしい。

華族ふうの芸名や筆名をつけるのも、その人の自由だけれど、中には本当に華族の子孫だっているだろう。ある種の姓は、本人がそのつもりじゃなくても、多くの人に特殊なイメージを与えることになる。リアルでいやというほどに、自分の名字で苦労して来た人が、せめてネット世界ではそんなのから解放されたいと願い、「別人アトム」とか、「現役平民」とか、そんな名前で自由奔放に自分らしさを発散しようとすることだってあるのじゃないだろうか。

また、こういうことは考えられないだろうか。子どもの頃から音楽家になりたいと夢見ていたのに、諸般の事情によって、洞窟のような大学の研究室に閉じこもっている人がいたとしよう。その人、ネット世界では、自分の専門のことなどすっかり忘れて、アマテラス・モーツァルトとか、夜な夜なそんな変な名前で登場し、何かというとオナラだとか、ウンコだとか、まるでホンモノのモーツァルトのように、はしゃぎまわるとか。

人生はまるで夢のよう。夢のようであったはずの人生なのに、かくも哀しく感じるのはなぜだろう。せめてネット世界では、夢の続きを見ようじゃないか。その夢こそが、ほんとうの自分を映す鏡なのだから。

今夜の音楽 : Twinkle Twinkle Little Star

名前について(1)


BBという名で他人に質問するなど無礼だとする感覚は、一体どこから来ているのだろう。

たしかに、あのメーリングリストでは、なぜか本名らしき名前で投稿している人が目立つのだ。日本人てのは、どこの集団でも、いつのまにか自分たちで勝手にルールを作ってしまう傾向があるように思う。あのMLにしても、管理人自身は何度もニックネームでの投稿を認めているのに、それを受け入れずに他人を非難するメンバーが少なくないようだ。どうして、こうなるのだろうか。

きっと、ニックネームで投稿することを卑怯なことだと考えている人がいるのだろう。中には、本名を隠すことによって、卑怯なことのできる人もいるのかもしれないが、実際に卑怯なことをしてもいないのに、ただ本名でないというだけで非難するとすれば、それこそマナーに反するというのが、ぼくのコモンセンスになる。しかし、ニッポンでは珍しくないことだけど、ぼくのコモンセンスは、ある種の集団には通じないことが多い。

そもそも本名にどれほどの意味があるのだろうか。たとえば、石原慎太郎という本名を持つ人間は、何も東京の悪代官だけではないはずで、同姓同名の男は、けっこう多いにちがいない。そういう人がどこかの掲示板に投稿するときに、本名で登場したとすれば、どういうことになるだろう。たいていは、本名だとは信じてもらえないにちがいない。信じてもらうためには、いちいち説明しなきゃならないはずだ。

また、こういうことも考えられないだろうか。たとえば、桜井圭祐なんて本名の男がいたとしようか。ミスチルとサザンの両方のファンから羨望の的になったとしても、こんな名前の人は有名人の中にはいないはずだ。しかし、ひょっとすると、だれかの近所にはいるかもしれない。リアルの世界でのその人は、冗談なんて通じそうもないコンクリート系の堅物だとしよう。それがネット上では、オナラだとか、オッパイだとか、わけの分からないことばかりしゃべってる。まさか、ほんとにあの人なの?それとも、同姓同名の別人?なんて具合に、世間を騒がせてしまうことだってあるかもしれない。

以上のようなことを考えてみても分かるとおり、ネット上で本名で投稿するってのは、むしろ他人に迷惑をかける可能性が高いように思う。それでも、本名にこだわるとすれば、その人の自己満足以外の何ものでもないだろう。つまり、自分には本名を隠さなきゃいけないようなやましいことは何一つないだとか、その程度のプライドに酔いしれているにすぎないのじゃないか。もちろん、すべての人がそうだとは言わない。ただ、他人にまで本名を強要するような人には、その傾向があるのだと思う。

今日の音楽 : I Call Your Name
-- by The Beatles (John Lennon on vocals)

4 March 2007

どこにでもいる老人(3)


そして、ついに管理人の西羽さんが登場した。

皆さん 西羽です

このMLの発足当初から、ハンドルネーム使用の可否が時々問題とされましたが、私はそのつど差し支えないと申し上げてきました。ただし自分自身は、発言に責任を持つためこのMLでは実名を用いています。しかしそれを他人に強制するものではありません。

BBさんに対しご批判があるようですが、BBさんは先のメールでニックネーム(ハンドルネーム)をお使いになる理由とその由来を説明されています。

例に挙げてたいへん恐縮ですが、例えばエムワイさんの場合もよく似たハンドルネームかと思いますが、今までどなたかからもクレームがついたことはありません。

やはり、ぼくの思っていたとおりの人だった。戦争中は自分も皇国少年だったと告白した人だけれど、いまは全く皇国老人にはなっていない。自由を知っている人だと思う。

長々とよそのMLの話をしてしまったけれど、ぼくの意図は、気に入らない奴らの悪口を書いて、すっきりさわやかな日曜日を過ごそうってわけじゃないのだ。ニッポンのネット世界には、どういうわけか、どこにも同じような特徴が見られるように思う。そのことで、せっかくの議論の場が台無しになっているように思えてならない。ニッポンの近代史の哀しさが、ヴァーチャルの世界にもハッキリと現れているようだ。これは風呂場で考えるに値するテーマだと思う。

さらに今日の音楽 : Blowin' in the Wind
-- by Peter, Paul & Mary

どこにでもいる老人(2)


さて、きのうの最後に紹介したB〜!とか名乗る人だけど、ぼくを知る人なら、リアルの世界でこの種の人間が出現したら、どのようなことになるか、その修羅場を想像しながら、きっと笑いをこらえるにちがいない。ネット世界でなら、ぼくはかなり優しく対応するのだ。こんな具合に。
ニッポンのネット世界に共通するある特徴があります。エチケットだとかルールだとかの専門家を気取る方が、彼らから見て異質な人間を発見すると、管理人に言いつける傾向が見られることです。

それと、別のメールでぼくに何か質問されたようですが、まだ答えない自由がぼくにはあります。ぼくの質問や発言を無視されるのも自由です。ぼくがあのような質問をしたのは、このMLの目的に従って有意義な議論を期待したからです。ある種のマナー論など、教育勅語を愛するどこかの園長の経営する幼稚園限定にしていただきたいと、願っています。

BB

すると、これを読んだ彼は、ついに切れたようであった。こんな具合に。
BBさん RAです大体私もアンタノような自由なML

でありたいんだ・・<管理人に言いつける傾向が見られることです>とんでもないこれまでなら即注意??前髪破りってイウンだね・真似は少しするが・・よい参考にナッタ有難うBBさんもうあんたとは相手にせん

そのままコピペしたので、読みづらいかも。とにかく、かなり動揺させてしまったようで、これはぼくの想定範囲外だった。この程度の攻撃で、ここまで反応するなんて知らなかった。なら最初から、ぼくのBBを非難するかのように「B〜!です」なんて書いて、余計な芸を見せなきゃよかったのに。

そこで、ぼくは風呂場で考えた。ぼくはだいたい根は優しい人間なのだ。相手が弱そうだと、よほどのことがない限り、言いたいこともグッとこらえる。だから、リアルの世界でぼくに何か厳しいことを言われる人間てのは、社会的な地位が高かったり、それほどの人間でもないのに威張っていたりするようなタイプになる。つまり、他人からキッパリと批判されるような経験のない強者ふうの人間が多いのだ。だから、たいていはぼくの言葉にビックリして固まってしまう。動揺するなんて余裕もないくらいに。

ぼくは今回、どうやら弱い人間に向かって攻撃してしまったらしい。やはりぼくは悪いヤツだったんだ。アーン、アーン。

さらに、つづく。

今日の音楽 : Bad Boy
-- by Eric Clapton

3 March 2007

どこにでもいる老人(1)


世間では、きょうは「ひな祭り」だとか。できればルイス・キャロルのように、可愛い少女たちをボートに乗せて、懐中時計を持ったウサギさんのお話でもしたいとは思う。しかし、ああ、人の世の哀しさよ。今はどうしても老人の話を始めなくちゃならない。

ずっと前から、あるメーリングリストに参加している。その名は、no_more_war。西羽潔さんという方が始めたMLで、戦争体験者が戦争を語り継ぐことを目的として集まっているはずのグループである。ところが、ずっとその様子を見ていたら、常連として投稿している人の中に、右翼っぽい老人があまりにも目立つのだ。西羽さんは高齢であり、最近、ガンで入院されていたとか、そのような話を聞いて、ぼくはこのまま見過ごしてはいられなくなった。そこで、きょう、珍しく投稿したのだ。これで2度目になる。去年初めて投稿したのも、やけに目立つ皇国老人の発言に失望したのがきっかけだった。

ぼくはまず次のような質問をした。

ひとつお尋ねしたいのですが、このMLで、「君が代」を愛する方々は、ニッポンがあの愚かな戦争をやってた時代、大人でしたか、子どもでしたか、それとも、ぼくと同じように、まだ姿も形もなかったでしょうか?

BB
すると、常連のひとりから、こんな返事があった。

私は83歳、戦争に参加しました。「君が代」は当然国歌として尊重しています。日の丸が嫌いなら嫌いでいいですが、意見を発表したり、特に他人に意見を求める場合は、単なる「BB」ではなく、ハンドルネームでも良いから、名を名乗りなさい。それが通常の最低の礼儀だし、MLでのエチケットの筈です。

そこで、ぼくはすぐにこう返事を書いた。

簡単な自己紹介で申し上げたとおり、ネット上では本名を公開せず、BBとして発言するのが、ぼくの流儀です。

ぼくのコモンセンスと、国際的なネット世界での経験から、BBとハンドルネームの違いを、あなたのように区別する人は、珍しいと思います。

そして、さらに言えば、ぼくのコモンセンスでは、今回のあなたのような発言は、エチケットに反します。

BB

すると、今度は別の常連が登場して、こう言ってきた。

西羽様 B〜!です、BBさんのお尋ねは少し失礼かも、

コンナ事がこのMLでは許されるのですか、覆面で相手に素性を言わせるような??キツイ言い方かもしれんが、西羽さんは外国や横文字入り寄稿や日本有名大学卒業者には少々MLに反していても見逃す傾向があるように見受ける、もう一度このMLのに基本「ルール」とうをBB氏に教えてあげて下さい。

パラッパ、パラララッパ・パッ、アーン、アーン。ぼくは思わず老人党掲示板のことを思い出してしまったよ。いつのまにか、「君が代」問題が、マナーだとかルールだとかの問題にすり替わっているのだ。

このつづきは、またあとで。

今日の音楽 : Hello
-- by Lionel Richie

2 March 2007

新しい都知事に望む


浅野史郎が都知事選に立候補する決意を固めたようだ。そこで、新都知事に望むことを2つだけ書いておきたいと思う。
  1. 教育現場から右翼的強制を排除してほしい。
  2. 東京を福祉都市に変えてほしい。
先日の「君が代」強制問題で最高裁が下した判決を見ても分かるとおり、ニッポンの司法は、右翼政権の支配下にある。この現実を、まず東京から改革すべきだ。石原慎太郎とその子分たちによって戦前のような国家主義教育を強制され始めている都内の学校から、傲慢な右翼勢力を追い出すべきである。時代錯誤的な右翼政治家たちのせいで、ニッポンがどれほど国際的な信頼を失って来たことか。何かというとすぐに「お国」を口に出す皇国老人の国家主義が、どれほど国益に反していることか。何よりも、新都知事は、この現実を地球規模の広い心で見渡し、東京に新しい希望の風を運ぶことのできる人でなければならない。

いま東京が財政的に豊かなのは、石原都政の実績ではない。石原の代わりに、もっとましな人物が知事の椅子に座っていたら、東京はもっと豊かになっていただろう。豊かとはいっても、ごく少数の「勝ち組」に富が集中し始めているのが現実である。新都知事は、この富を社会的弱者に分け与えることのできる人でなければならない。石原の目指す全体主義的な軍国都市への道から東京を解放し、弱者に優しい福祉都市を目指すべきである。

言葉だけでなく、本当に平和を求め、正直に生きようとする人が、希望をもって生活できるような都市。いまの東京、いまのニッポンが向かっている方向とは、全く逆の方向へ東京を導くことのできる人。東京っ子は、そのような新しい知事が登場すれば、必ず支持し応援するにちがいない。

宮城県を福祉県に変えた浅野史郎なら、東京を福祉都市に変える政策を実行できるだろう。石原や黒川のような人物は、六本木ヒルズに住むようなイナカッペとかに勝手に応援させておけばいい。東京っ子たちよ、ぼくらの古里を明るくするために、ともにハートに火をつけようじゃないか。

今日の音楽 : Light My Fire
-- by The Doors

戦争と美人


ジェーン・フォンダが出版した本のサイン会で、ひとりの退役軍人が彼女に向かって唾を吐きかけたという話を聞いたことがある。その話を知る前に見ていたサイン会の写真に写っていたジェーンは、どこか表情が暗かった。何か様子が変だなと思ったら、やっぱりそんなひどい目に遭っていたのだ。

ジェーン・フォンダは、ベトナム戦争の頃、果敢に反戦運動をしていて、自分は共産主義者だと主張しながら北ベトナムを支持したらしい。アメリカでそのような発言をすることが、どれほど勇気のいることか。実際、彼女は大衆から「非国民」と見なされ、激しく非難されたのだ。あれから30年が過ぎても、ジェーンに向かって唾を吐きかけるような退役軍人がいるくらいだ。

いま、ジェーンは、 敬虔なキリスト者として暮らしているらしい。アメリカ人ならみなクリスチャンだと思ったら大まちがいで、ニッポンでキリスト教原理主義だとか、まちがって福音派だとか呼ばれているクリスチャンの多くは、いくら食事のたびに神に感謝の祈りを捧げたとしても、ニッポンの葬式仏教徒くらいにしか宗教的ではない人々だと、ぼくは勝手に思っている。

しかし、どこの国にも、ほんとうに聖書に従おうとするキリスト者はいるものだ。そのようなキリスト者によって、キリスト教はこの2000年のあいだ、初代教会と同じ信仰を継承してきたといえる。本来そのようなクリスチャンのことを福音派と呼ぶはずなのに、統一協会と仲良しのブッシュ大統領だとか、そんなブッシュを支持して戦争を正当化するクリスチャンを福音派と呼ぶなんてのは、ゴキブリをコオロギと勘違いするくらいに、許しがたいことになる。とは言いながら、虫が苦手なぼくとしては、自分でもこの表現は、いまいちピンとこなかったりしているけれど。

かつて共産主義者として反戦運動を闘ったジェーン・フォンダ。それがいま、敬虔なキリスト者として生きている。これを筋金入りの共産主義者は、堕落と見るのだろうか。ぼくには、ジェーンがいよいよ平和に近づいているように思えるのだけど。
わたしは、あなたがたに平和を残します。わたしの平和を与えます。わたしが与える平和は、世が与えるのとはちがいます。心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。(イエス・キリスト)

Peace I leave with you, my peace I give unto you: not as the world giveth, give I unto you. Let not your heart be troubled, neither let it be afraid.
今日の声 : Spiritual Emptiness
-- by Jane Fonda

What I realised writing my book was that I had been empty since adolescence. Whenever I try to figure out how to describe it, it always manifests for me in terms of emptiness. I feel like when I was an adolescent, and felt so unworthy of love and so empty, I moved outside of myself. Myself emptied out of myself.

And what was left was a kind of, what I thought was, a more perfect me that maybe people could love, and I wasn't going to show them the other part. And when you do that, you fill in the emptiness, it fills up with anxiety real fast, and then to numb the anxiety you do many things. I suffered from eating disorders of other people, and drinking, and you know, there's many ways of mumbing it.

So if you leap almost 50 years later and I'm living in Georgia and I'm having this feeling of being led and I find myself so curious about this faith that these people all around me are practising. And I feel my emptiness being filled up with reverence.


1 March 2007

嫌いな女の話


奥谷禮子(おくたにれいこ)という女性がいる。ぼくは「日出づる国の魔女」と呼んでいるけれど、どうか「魔女の宅急便」の可愛い魔女などを思い出さないでほしい。

キャリアウーマンという言葉がはやった時代があった。たぶん奥谷禮子は、キャリアウーマンとして成功したと、自分では信じているのかもしれない。でも、こんな女がキャリアウーマンの行き着く姿なら、キャリアウーマンと豪華なホテルの一室でシャンパンを飲むよりは、鼻水たらした少女と星を眺めていた方が、どれほど幸福な気分になれるだろう。

この手の人間に限って、本なども出版しているのが現代の特徴であって、ベストセラーを狙っているのか、本を書くときは、「禮子」を「礼子」に変えて覚えやすくしているらしい。こんな女性の名前まで覚えなくちゃならないのが、現代の哀しい不条理のひとつではある。ぼくなどは、トヨタの奥田碩と区別がつかなくなることもある。とにかく、ニッポンを「勝ち組」万歳国家に変えて、弱者の生活をどんどん苦しくすることに貢献している財界人のひとりであることはまちがいない。

「過労死」などという言葉の生まれたこと自体、日本人として恥ずかしいことなのに、奥谷禮子は、それを「自己管理の問題」としてあっさり片付けるのだから、あいた口が塞がらないどころか、ぼくは思わずバッヒューンとオナラを発射しそうになったほどだ。ほんとに人騒がせな女だ。やだな。ほんとに、やだな。こうゆう女は大嫌いだ。

奥谷礼子の著書に『ポジティブになれる人ほど幸福に近づける』というのがある。ぼくはもちろん読んではいない。読まなくたって、著者の生き方を見れば、どんな内容かは想像がつく。たとえカルト宗教の教祖のように、うまく人をだますような書き方をしていたとしても、ぼくをだますには、あの手の顔じゃ無理だね。

奥谷礼子のいう「ポジティブ」とは、弱い者をいじめてでも自分は得をするために積極的に生きるという意味になるのだろうし、その目指す「幸福」とは、多数の弱者が貧乏になった分だけ自分の財産が殖えるということを意味するのだろう。

こんなものをありがたく読んで、いっぱしのキャリアウーマンになったつもりの女性が、どんなに高級な衣装で身を飾っても、六本木ヒルズに住むイナカッペくらいしか相手をしないのじゃないか。女もカネで買えるそうだから。

今日の音楽 : Can't Buy Me Love
-- by The Beatles