☆☆ BB's Blog ☆☆ KV 2

ぼくの名前はBBです。「悪いヤツ」と呼ぶ人もいます。でも、犬には「いいヤツ」だと思われているかもしれません。これでいいのだ。バカボンのパパなのだ。ちなみに、バカボンもBBみたいですが、ぼくはバカボンとは別人です。

31 August 2006

さあ皆さん、ごいっしょに


イギリス人の中にも替え歌をつくって喜ぶ人がいるらしい。こんな替え歌を見つけた。

  Imagine

Imagine there's no homework
It's easy if you try
No books below us
Above us only sky (Sky digital)
Imagine all the students
Never going to school

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope some day you'll join me
And the school days will be done!

Imagine there's no teachers
It isn't hard to do
Nothing to read or write for
And no RE too
Imagine all the students
Living life in peace

Imagine there's no lessons
Except for PE
No need for greed or hunger
Because the canteen's always free
Imagine all the students
Eating all the food

(和訳)

宿題なんかないと想像してごらん
その気になれば簡単さ
ぼくらの下には本はなく
上にあるのはスカイ(デジタル放送)だけ
想像してごらん、すべての生徒が
決して学校などに行かないことを

ぼくのことを夢想家だと思うかもね
でも、ぼくはひとりじゃないよ
いつの日か君も仲間になるだろう
そして学校の日々はおしまいさ!

先生なんかいないと想像してごらん
むずかしいことじゃないさ
読むことも書くこともなんにもなくて
宗教の時間だってないんだ
想像してごらん、すべての生徒が
平和に人生を生きていることを

授業なんかないと想像してごらん
体育だけは別だけどね
飢えることも腹がすくこともないんだ
だって、学食はいつもタダなんだから
想像してごらん、すべての生徒が
すべてのメニューを食べているのを

今朝の音楽 : all_2gether_now
-- Shakespeare Primary School BBC Club

☆ 最初の出だしの音がやや過激なので、心の準備をして聴いてください。

all_2gether_now の歌詞

30 August 2006

もしも .....

歴史に「もしも」という仮定をためしてみても、過去の事実は変わらないことは確かだけれど、もしかすると、未来は変わるかもしれない。

明治政府のめざした義務教育の目標は、富国強兵をになう人材の養成だった。西洋から物質文明の輸入を担当するエリートの養成も、兵士として国を守る(最初は国防が軍隊の目的だった)一般男子の養成も、義務教育を指導する教師の養成も、みな共通していたのは、国家の利益に役立つ人間こそが理想であって、個人の自立などは眼中になかったと言ってもいい。

教育勅語なども、そのような目的でつくられた道徳規範だった。親孝行だとか、きれいごとを並べてはいるけれど、そのホンネは、天皇を国家の長とする「國体」を絶対視して、その体制のもとに従順な臣民をつくることにあったのだ。内村鑑三が、そのような教育勅語に対して拝礼できなかったのは、彼のキリスト信仰のゆえだけれど、その本質は、個人の信条の自由を許さない国家的強制へのプロテストだったのだと思う。

実は、最初に教育勅語の原案を書いた中村正直(まさなお)という人は、内村鑑三などの精神にもつながる個人の自主独立をめざしていた人だった。実際、その原案には、キリスト教の影響が見られたのだ。これを面白く思わなかったのが、当時の法制局長官、井上毅だった。彼は中村案を批判し、日本の教育の根本は、天皇からちょうだいする教え(皇祖皇宗の遺訓)にあるとした。そして、自ら原案を書き始め、儒教道徳を基礎としながらも、宗教性を曖昧にした勅語案をつくった。そして、元田永孚(もとだながざね)の協力を得て、ついに教育勅語は完成したのであった。

中村正直は江戸で幕臣の家に生まれたが、幕府が英国へ派遣した留学生の監督として英国に渡っている。彼は英国で知ったスマイルズ(Samuel Smiles)の Self-Helpを翻訳した『西国立志篇』で有名だが、J.S.ミル(John Stuart Mill)の『自由論』(On Liberty ) も翻訳していた。教育勅語の原案を考えていた彼の頭の中には、きっと英国ふうの教育観があったにちがいない。

中村案を批判した井上は、その原案の中に「天」や「神」の出て来ることが特に気に入らなかったらしいが、中村の中には、キリスト教的な創造主としての神観があって、それはおそらく、福沢諭吉の「天は人の上に人をつくらず」という思想にも共鳴するものであったと思う。井上らが完成させた教育勅語は、宗教性を排しているとはいえ、けっきょく、天皇を神として絶対視する宗教観をニッポンの子供たちに植え付ける役目を果たし、それは日本国から自由と平和を奪うことにもつながった。

さて、もしも中村案の教育勅語が公布されていたら、ニッポンの歴史はどうなったであろうか。英国ふうの立憲君主制までは無理だったとしても、その後の自由民権運動は、もう少しは近代的な成果を期待できたかもしれない。

今日の音楽 : I Shall Be Released
-- performed by The Band

☆ もし上のサイトで音が出てこない場合は、次のリンクをクリックしてみてください。そちらの演奏も同じく The Band によるものですが、スタジオ録音ではなく、解散コンサートのときの録音です。The Band は、ボブ・ディランのバックバンドをしていたグループで、写真ほどにはおじさんではなく、当時はまだ20代だったはずです。

I Shall Be Released (The Last Waltz version)

I Shall Be Released の歌詞

29 August 2006

正しい英語とは


きのうの音楽は、ジョン・レノンのイマジンだったけれど、歌詞の中に次のようなジョンらしい言葉がある。

Imagine there's no countries

意味は「国家なんてないと、想像してごらん」ということだけど、文法的に何か変に思った人がいなかっただろうか。学校の教科書に載るとすれば、おそらく
 
Imagine there are no countries

となるにちがいない。主語の countries が複数形なのだから、動詞は is じゃダメで、are が正しいだろう。たいていの日本人は、きっとそう考えるのだと思う。

ぼくは風呂場でも「考える人」のポーズで固まるくらいに、考えるクセがあるけれど、言葉というものは、文法に支配されて考えすぎないほうがいいのかもしれない。ジョン・レノンが正しい英語を知らなかったからではなく、there's no + (名詞の複数形) というのは、イギリス人がふつうに使う表現なのだ。

似たような話はほかにもある。たとえば次のような文をどう思うだろうか。

Every pupil has their own opinions.

意味は「生徒には、それぞれ自分自身の意見がある」となるだろうか。しかし、教科書的な英語を身につけた人なら、ここでもきっと眉をひそめるかもしれない。主語の pupil が単数形だから、それを受ける代名詞が their じゃおかしいじゃないかと。

たしかに、むかしの英語ならば、

Every pupil has his own opinions.

と書いただろう。男子校なら、今もこれで何も問題はない。共学校でも、his で済ませて苦情のなかった時代があったようだけれど、God でさえ his であることに文句を言うフェミニストが出現するようになってから、

Every pupil has his or her own opinions.

と書かないと、平穏無事には暮らせなくなったらしい。しかし、こういう表現は、言語センスのある人には、どうにも言葉のリズムが落ち着かない。そこで、いつしか伝統的な文法のルールを破って、his or her を their でまとめてしまった。きっと、そういう事情があったのだと思う。だから、このような表現を使うことは、むしろ歓迎されるのが今の時代なのだ。

ニッポンの文科省検定教科書が、この現実を無視しているのだとすれば、歴史教科書の問題に加えて、この国の国際性が問われる課題のひとつにもなるような気がする。

今日のビデオ : Goodbye Mr Chips

☆ RealPlayer をインストールしていないと見ることができません。その方法は下のサイトを参考にしてください。

RealPlayer のダウンロード&インストール方法


Chips: Gentlemen, today we will call upon the services of Mr Gibbon and his 'Decline and Fall of the Roman Empire' to show us that history repeats itself. Will you turn please to chapter nine of volume two.

Chips: 'War, and the administration of public affairs, are the principal subjects of history. Thank you Warburton. Who will continue? If you please, Mr Lancaster.

Lancaster: 'But the number of persons. Interested in these busy scenes. Is very different. According to the different condition of mankind.'

Chips: Now what Mr Gibbon is saying here - or is about to say -

Chips: And Mr Gibbon would hope for fewer lightnings from the gods when saying so - is that - people who are calm and occupied in peaceful countries never make war. Continue please, Mr Lancaster.

Lancaster: 'But a state of freedom and barbarism, the season of civil commotions - Raises almost every member of the community. Into action. And consequently into notice.'

Chips: Gentlemen, take cover under your desks please.

Chips: Now gentlemen, this next passage I count important enough to have you repeat after me. 'The irregular divisions and the restless motions.'

Boys' voices: 'The irregular divisions and the restless motions.'

Chips: 'Of the people of Germany - '

Boys' voices: 'Of the people of Germany - '

Chips: 'Dazzle our imaginations and seem to multiply their numbers.'

Boys' voices: 'Dazzle our imaginations and seem to multiply their numbers.'

Chips: 'The profuse enumeration of kings and...

Chips: Stay put boys, nobody is to come out from under the desks. All stay there. Nobody move.

Chips: (in German) You are safe here.

Airman: Danke.

28 August 2006

戦争と緑と子供たち


8月6日は、このブログに何も書かなかった。8月15日には、月への旅立ちを書いただけ。もちろん、ぼくだって広島の原爆や敗戦の日のことを思っていた。しかし、テレビや新聞などはいっさい見なかったし、自分のブログに戦争のことを書く気持にもなれなかった。

スーツのえりに緑の羽根をつける政治家連中の偽善が、むかしから好きじゃない。戦争で荒れたニッポンの自然は、戦後にはさらにひどくなった。国内だけじゃない。貧しい国々の緑を、ニッポンの企業はどれだけ破壊して来たことだろう。戦争の反省を特定の日にだけみんなそろってやるってのは、どうにも性に合わない。特に儀式は大きらいだ。

広島における小泉首相の形式的な式辞のことや、子供代表の「平和の誓い」のことなどは、老人党掲示板を眺めていて初めて知ったことだった。この「平和への誓い」は、たしかに感動的な内容だと思う。いかにも儀式的な首相の式辞にくらべれば、純粋で簡素な子供たちの言葉は、どれほど希望を与えてくれたことだろう。しかし、ぼくにはひとつ気になることがある。それは、子供代表の「平和の誓い」の中でも、首相の式辞と同様に、元号を使用していたことだ。

戦後の子供たちもずっと元号になじんで来たのは、ニッポンの社会構造における年代感覚が、戦前の天皇制から何も変わっていなかったからだと思う。学校の年度は元号で表されて来たし、役所などの書類に記入する日付は、必ず元号で書くように決まっている。社会の構造がこんなふうだから、主体的に考えないならば、多くの人は何も疑問に思うことなく、元号に慣らされてしまうだろう。国家の管理主義は、この元号の問題にもよく現れていると思う。この国の教育方針は、戦後にも、自立しない国民をつくることにあったのかもしれない。

哀しいかな、ニッポンの天皇制は、平和には似合わない。それは靖国神社が平和には遠く、戦争に近いのと同じだ。軍国主義に染まった天皇制の支配下にあって、ニッポン人は自由と平和を失った。若い命を家族や恋人から引き離し、戦場という地獄へ送った。靖国神社は天皇のために戦死することをたたえた。しかし、世間体でどんなに恰好の良いことを言っても、戦争などに正義の戦争はないのだ。人民から遠く離れた神を演じる天皇のために死ぬなど、権力による強要がない限り、ふつうの人には覚悟のできないことだったはずだ。

広島の子供代表が、平和を語り、元号を使う。ぼくは天皇制を思い、この国のおとなたちの用意した社会構造の不条理を、ただ哀しむことしかできない。

今朝の音楽 : Imagine
-- sung by John Lennon

Imagine の歌詞

27 August 2006

オトメごころは純真か


なんだか変な題名をつけてしまった。これでやっぱりオトメごころは純真だよってな結論になっちゃあ、公約の意味さえ知らない総理大臣なみになってしまう。実をいえば、それほど普遍的な話を考えているわけじゃないのだ。たったひとつの体験談を語ろうとしているにすぎない。

東京を離れて、地方都市に住むようになったとき、公園を散歩していて気づいたことは、子供の姿が目立つことだった。東京の公園では、休日以外、近所の子供の姿を見るのはまれだけれど、その町の公園では、毎日のように同じ顔ぶれの子供たちに出会った。その中にAという名の小学6年生の女の子がいた。彼女には中学生の兄がいて、いつも恋人らしき女子中学生が、金魚のふんのごとく、そばにくっついていた。

ある日、ぼくが愛犬と公園のベンチで休んでいたら、遠くでAの兄が妹に向かって暴力をふるい始め、あっというまにAの小さなからだを地面に投げ倒した。Aは気丈な子だったけれど、地面に伏したまま、声を出さずに泣いているようだった。ぼくは走ってそばにゆき、「何があったの?」と訊いた。すると、そばにいた金魚のふん、じゃなくて、Aの兄の恋人が、「なんでもありません」と言った。「なんでもないことがあるもんか。見りゃわかる」とぼくが言うと、彼女は余計なお世話だと言わんばかりに、「ただのきょうだい喧嘩です」と言う。

それを聞いてぼくは内心ガッカリした。背の高い恋人が、小さな妹に暴力をふるい、地面に投げ飛ばすようなことをしたのなら、だれよりも先に彼女こそが、彼をとがめるべきだっただろう。好きな人であるならば、余計に悪事をゆるせないというのが、純真な心をもつ人間のあり方じゃないのか。靖国参拝は個人の心の問題だとか、参拝を批判する中国は内政干渉をしているだとか、とっくに純真な心を失ったオトナじゃあるまいし。

きょうだい喧嘩なら暴力が許されるという感覚。他人がよその家のきょうだい喧嘩に干渉すべきではないという感覚。そして、何よりも問題なのは、仲間うちでは、絶対的な正義など意味がなくなってしまうこと。これこそが、人間社会を非常に醜いものにしている最大の原因ではないだろうか。ヒトには、すでに子供の頃に、その傾向が始まってしまうのだとすれば、人類の歴史は、これからも弱い者イジメのくり返しになってしまうにちがいない。

今朝の音楽 : Calico Skies
-- sung by Paul McCartney (Live at the Colosseum, Rome, 2003)

It was written that I would love you
From the moment I opened my eyes
And the minute when I first saw you
Gave me life under calico skies

I will hold you for as long as you like
I'll love you for the rest of my life

Always looking for ways to love you
Never failing to fight by your side
While the angels of love protect us
From the innermost secrets we hide

I will hold you for as long as you like
I'll love you for the rest of my life

Long live all of us crazy soldiers
Who were born under calico skies
May we never be called to handle
All the weapons of war we despise

I will hold you for as long as you like
I'll love you for the rest of my life
I will hold you for as long as you like
I'll love you for the rest of my ...
For the rest of my life

15 August 2006

月へ飛びます


しばらく月に行ってきます

ドッグ・チーズを採掘したり
ウサギを散歩させたり
地球を眺めたり
いろいろ月面ワークが
待っているのです

再会を楽しみにしています
ごきげんよう

今朝の音楽 : Rum and Coca-Cola
-- performed by Doodlin'

13 August 2006

残酷なこと

先ほど、BBCラジオを聴いていたら、サイモン・カウエル(Simon Cowell)をインタビューしていた。ニッポンではあまり知られていない人だと思うけれど、彼はイギリス人で、アメリカの人気番組「アメリカン・アイドル」の審査員として有名な人だ。本職はレコード会社の重役で、自らプロデューサーとして、多くのミュージシャンを世に出している。

彼は英国南部の町ブライトンの生まれで、裕福な家庭の子息としてお決まりの寄宿学校に送られるが、不品行の理由で何度か学校を追放され、16歳になるまでに合計16の学校に通ったという。きょうのインタビューの中でも、「学校の規律がきらいだった」と言っていた。「アメリカン・アイドル」の審査員としては、その毒舌の批評で人気があるらしく、けっこう怖い人というイメージがあるようだけど、唐突に「ぼくは動物や子供への虐待はゆるせない」というようなことを言い出して、BBCのインタビュアーを笑わせていた。

ぼくは子供の頃、テレビなどで野生の肉食動物が獲物を捕らえるシーンを、お化けのシーンと同じく、まともに見ることができなかった。実は、今でもそうなのだ。ただ、今は子供の頃とはちがって、肉食動物を残酷だとは思っていない。残酷という言葉は、ヒトにのみふさわしい言葉だろう。ヒトは、ただ生きるためにではなく、贅沢のために、動物を簡単に殺してしまうのだから。しかも、たいていの動物以上に残虐なやり方で。

イヌの肉を食べることを批判したら、愛犬家からさえ非常識に見られるのが、美しいニッポンの現実である。彼らは言うだろう。異文化を尊重できないのは、心が狭い証拠だ。イヌを愛する気持ちを他人に強要してはいけない、とか。

彼らは現実を知っていて、そのような教科書的な発言をするのだろうか。イヌの肉がおいしくなるように、イヌに極限状態にまで恐怖心を与えて殺すだとか、毛皮をとるために、ニワトリのかごのような狭いところに閉じ込めて、イヌやネコに恐怖心と苦痛を与え、殺し方も残酷に半殺しのようなやり方をしているだとか。そういうアジアの現実を、彼らは知っているのだろうか。知ろうとしたことがあるのだろうか。

ぼくがメンバーになっている英国の愛犬家グループの管理人が、ぼくへの返事の中でこう言った。

「私がそんな国を訪れて、そんな残虐な場面に遭遇したら、ためらわずにイヌ肉業者を殺しているでしょう」

それに答えて、ぼくはこう書いた。

「ぼくもかわいそうな犬たちを救うためなら、そうするでしょうね。ぼくの古いテニスラケットに、彼ら残酷な人間どもを皆殺しにするだけのパワーがあれば」

この場に反老人党の人間が登場したら、「あれ? BBさんは、ガンジーの非暴力主義じゃなかったでしょうか?」とか皮肉を言うのだろうね。

さて、きょう最初に登場したサイモン・カウエルだが、BBCラジオで語ったことは冗談ではなく、実際に動物虐待に反対する運動をしているらしい。ポール・マッカートニーと同じように PETA という動物愛護活動に関係しているようだ。真夏の車内で熱中症になる犬のことを心配して発言したり、中国の毛皮工場の実態に抗議したりしている。

ぼくが英国が好きなのは、ぼくのライフスタイルに英国の伝統がしっくり来るからだけど、何よりも、イギリス人が動物に優しいからだ。ガンジーが理解していたように、動物という弱者に対してどのように向き合うかが、人間として重大な問題になるにちがいない。

参考 (1) : 犬の熱中症を心配するサイモン

☆ 犬を抱っこしてるサイモンの写真の下に見える Play Video Now をクリックすると、短いサイモンの映像が始まります。内容は、英語が苦手でも、映像から想像できるでしょう。きれいなイギリス英語です。

参考 (2) : 毛皮商に反対するサイモン

☆ このページには、毛皮にされるために狭いかごに入れられている子犬たちの写真が載っています。無理をして見ないでください。ぼくは、現実を正しく知るために、また、このようなつらい現実を報道する記者たちの努力を無駄にしないために、いつも見ることは見るのですが、その後しばらく気持ちが落ち着きません。

今夜の音楽 : Don't Fence Me In
-- sung by Ella Fitzgerald

Don't Fence Me In の歌詞

12 August 2006

先祖について考えた

世間ではお盆休みらしいけれども、ぼくの場合は、大人になってからも子供なみに長い夏休みがあるのがふつうだったし、なんといってもクリスチャンなので、お盆というのは、いつもピンと来ないのだ。それでも、風呂場で「考える人」のポーズをしていたら、いつのまにか先祖のことを考えていたから、やっぱりお盆なんだなあとは思う。

公開するには、いくらハダカ好きのぼくでも、ちょっと気が引けるけれど、今夜はどうも脳細胞が勝手に盆休みモードに入ってるらしいから、風呂場で考えたことをここに再現するしかなさそうだ。

国家も企業も、段々お金持ちになるのが定めであるならば、親族というものも、そうあらねばならないのだろうか。ぼくは自分の親族を思うにつけ、時代が進むにつれて、徐々に貧乏になっているように思えてならないのだ。

祖父はまるで貴族のように見えた。実際、弁護士の資格を持っていたらしいのに、仕事らしきものをしているようには見えなかった。父はそんな祖父に反撥して家を飛び出したらしいけれど、ぼくがしばらく実家を離れているあいだに、父の家もいつのまにか立派になっていたから、最初は地上げ屋にやられて家がなくなったのかと思った。少年時代はずっと貧乏だと思っていたのに、なんだかだまされたような気がしたくらいだ。慶応の医学部くらいの授業料なら、それほど負担にならなかったのかもしれないとか思って(ちなみに、慶応医学部は、私立の医学部の中では、いちばん学費が安いのだ)。

母方の親族は、父方にくらべると、ずっと平民ぽく見えたのだけど、どうやら聞いた話だと、ただものではない家柄だったらしい。祖母の育った家では、食器には家紋がついていて、祖母は少女時代から芝居などを見に行くのを楽しんでいたという。子供の頃のぼくの食器といえば、ドナルドダックくらいしかついていなかったから、実に身分のちがいをひしひしと感じてしまう。

そんな祖母が、ぼくの眼には平民ぽく見えたのはなぜだろう。いかにもインテリ系の父方の親戚とはちがって、母方の親族には、どこか素朴な人間味を感じたものだ。それで思い出すのは、子供の頃に母から聞いたこんな話である。

祖母は、どんな過去や育ちをもつ人でも、その人間性を見て、評価する人だったらしい。そんな祖母だから、身分を超えて多くの人に慕われたらしく、その中には、なんとヤクザの親分までいたというから、小泉純一郎もビックリ仰天だ。そして、さらに驚くのは、赤ん坊の頃のぼくは、その親分に特別に可愛がられていたそうで、一緒に風呂にまで入っていたというから、浜松町の小便小僧だってビックリ仰天だろう。

その親分の背中には、日本刀で斬られた大きな傷跡があったという。彼はうしろから斬りつけられたときにも、じっと正座したまま動かなかったそうだ。事情は知らないけれど、そんな話を母から聞いて、子供ながらに、ぼくは暴力について何かを学んだような気がする。いつしか、ぼくがガンジーの非暴力主義に共感するようになったのも、その出発点には、あの親分の背中の傷があったのかもしれない。とは言っても、ぼくの記憶の中では、親分の背中どころか、頭のてっぺんから足の先まで、まったく何も覚えてはいないのだけれど。

父は子供の頃に、家に大きなシェパードが数頭いたという。いかにもそんなイメージのある祖父の家だった。一方、母の実家では、母がどこかから拾って来たいろんな種類のイヌやネコでごった返していたという。子供のしつけには厳しかった祖母らしいけれど、動物のことでは自由にさせてくれたらしい。母は「ひ」と「し」の発音の区別がつかないようだが、これは別に動物と一緒に育ったせいではないだろう。

ぼくの中には、たしかに、父方と母方の両方の血統が同居しているように思う。ただ、先祖たちと明らかにちがうのは、ぼくには財産らしきものを何も残せそうにないということだ。お金がなくても人助けのできたマザー・テレサのことを思うと、ぼくにも何かできないだろうかと考え込んでしまう。しかし、ぼくの場合は、人間よりも動物のことを心配してしまう傾向があることは確かで、それは特にプロテスタントとカトリックのちがいが原因ではないはずで、やはり母方の血統から来ているように思う。

今夜の音楽 : Hey Jude
-- The Beatles

Hey Jude の歌詞

11 August 2006

オオカミだって友だち

男はオオカミなのよとか、赤ずきんちゃん気をつけてだとか、何かとオオカミさんは、人間たちには評判が悪いようだ。しかし、考えてみてほしい。あなたは野生のオオカミを見たことがあるだろうか?

実は、ぼくも見たことがないのだ(ダハハ)。でも、いつか見てみたいと思っているし、できれば、イヌのように友だちになれたら最高だとも思う。だから、きょうの写真など見てしまうと、ウー、ぼくも抱きしめて、じゃなくて、ぼくにも抱かせて!と願わずにいられない。

たとえオオカミを実際に見たことがなくても、この写真に写ってる動物がオオカミであることくらいなら、ニッポンの小学生にだってわかるだろう。そして、この女性がフランス出身のピアニスト、エレーヌ・グリモーであることも、最近の音楽事情に詳しい人なら、きっとすぐに気づくだろう。実は、ぼくは beldamさんに教えてもらうまで、このピアニストのことを知らなかった。

で、問題は、なにゆえにエレーヌは、オオカミさんとこれほどまでに仲がよいのだろうか、ということになる。イヌでさえ信用しない人の目立つニッポンだから、ましてオオカミなどを愛してると言ったら、きっと公園から追い出されてしまうだろう。エレーヌちゃん、そんなことしちゃ危ないわよ。きれいなお顔に咬みつかれたらたいへんよ。さあ、そんな危険なことはよして、あなたの素敵なピアノを聴かせてちょうだい.... こんな声が、どこかから聞こえそうな気がする美しいニッポンではある。

エレーヌが美しいとすれば、彼女はピアノを弾くだけじゃなく、野生のオオカミを愛し、彼らの生活を守るために、一所懸命に活動しているからだと思う。彼女は、ニューヨークで野生オオカミの保護センターを設立しているのだ。その活動目的に、こう書いてある。「オオカミに関する知識、オオカミと自然環境との関係、オオカミの未来を守るためにヒトのなすべき役割などについて、世に知らしめ、オオカミの保護活動を推進すること」

ニッポンでも人間の手によってオオカミは絶滅させられたが、実は英国ではもっとむかしに絶滅していた。牧畜文化が発達していたヨーロッパでは、オオカミは有害な動物とみなされていたのだ。欧州の人間がオオカミの価値とそのほんとうの性質に気づくのは遅すぎたようだ。一度絶滅した動物は、もう帰らない。英国人が動物をたいせつにするようになった背景には、彼らの先祖たちが犯した過ちへの反省があるにちがいない。

ニッポン人はどうだろうか。「人間の親友」といわれるイヌという動物にさえ、ニッポン人は余りにも不寛容ではないだろうか。どんなイヌでも、ただイヌというだけで危険視し、いつもリードにつなぐのが常識のようになっている国なんて、世界では珍しいのだ。リードをしていないイヌを見たとたんに、「放し飼いにしてる!」などと、子供の口からさえ飛び出して来るニッポンでは、エレーヌ・グリモーのように美しいピアニストは生まれないのかもしれない。

参考(1) : エレーヌのオオカミ保護センター公式サイト

参考(2) : 英国の Wolf Trust

☆ 英国には、このブログのおすすめリンクでも紹介している Dogs Trust を始め、動物関係の慈善団体が非常に多いのです。エレーヌのオオカミ保護活動は、このサイトでも紹介されています。

今朝の音楽 : The Colour of My Love

I'll paint my mood in shades of blue
Paint my soul to be with you
I'll sketch your lips in shaded tones
Draw your mouth to my own

I'll draw your arms around my waist
Then all doubt I shall erase
I'll paint the rain that softly lands
On your wind-blown hair

I'll trace a hand to wipe out your tears
A look to calm your fears
A silhouette of dark and light
While we hold each other oh so tight

I'll paint a sun to warm your heart
Swearing that we'll never part
That's the colour of my love

I'll paint the truth
Show how I feel
Try to make you completely real
I'll use a brush so light and fine
To draw you close and make you mine

I'll paint a sun to warm your heart
Swearing that we'll never ever part
That's the colour of my love

I'll draw the years all passing by
So much to learn so much to try

And with this ring our lives will start
Swearing that we'll never part
I offer what you cannot buy
Devoted love until we die

-- sung by Céline Dion

10 August 2006

ほんとうに、クリスタル?

田中康夫の落選について、老人党に投稿しようと思ったけれど、最近、あまり討論する時間がないので、こちらで独り言をいうことにした。

田中氏はユニークな人だと思う。それは、ニッポンの政治家の多くが、余りにもふつうの人が目立ちすぎるから、余計にそう見えるのだろう。もちろん、ぼくがいう「ふつう」とは、「政治の資質に欠ける」という意味だ。議会制民主主義の先進国においては、むしろ田中氏のような人こそが、「ふつう」なのじゃないだろうか。

しかし、率直にいえば、ぼくは田中康夫にもかなり失望感を感じている。新党日本を結成した頃に、彼の実体の危うさがヨリ明確になったような気がする。櫻井よしこを尊敬するなどと言ってるようじゃ、いくら声援を受けたお返しとはいえ、ガックリする人が多いのじゃないだろうか。

今回の選挙では、長野県民も誰を支持していいのか、かなり悩んだことだろう。投票率が急激に下がったことに、それが現れているように思う。北朝鮮のミサイル問題でも、田中氏は、けっこう強硬な姿勢を見せていた。そんな気質が、櫻井よしこや西部邁に好かれるところなのだろう。

ニッポン人のユニークな人には、何かの拍子に、ごくふつうのニッポン人の本性を見せてくれる人が少なくないので、ホンモノの変な人を愛する者は、とかく失望するわけだ。とは言っても、ぼくはもちろん今回の選挙結果を非常に残念に思う。当選した村井氏は、田中時代の良かったものを台無しにするような政治を始めるだろうから、野辺山の美しい星も、哀し気に輝くようになるかもしれない。

今日の音楽 : Humoresque (Dvorák)

9 August 2006

野生のエルザ

今でも、ぼくの心の中に、ライオンと友だちになりたいという気持ちがあるとすれば、きっと子供の頃に観た映画「野生のエルザ」のせいだろう。

捨てられたり、もらい手のない犬たちと一緒に育ったぼくであったけれど、おとなになって初めてブリーダーから犬を譲ってもらおうと思ったとき、英国ゴールデンに決めたのは、この犬種がいちばんエルザに似ていたからかもしれない。あるいは、単に英国バカであったせいであろうか。

「野生のエルザ」で主演したヴァージニア・マッケナ(Virginia McKenna)は、その3年後に、「かわうそ物語」(Ring of Bright Water)という映画に出ている。この制作国がアメリカになっているのは、おカネを用意したのがアメリカだったからだろう。そういうわけだから、監督もアメリカ人になったのだろうが、原作者(Gavin Maxwell)はスコットランド人だし、俳優はみなイギリス人だし、そして音楽担当のフランク・コーデル(Frank Cordel)もイギリス人だ。もちろん、舞台は英国で、始めはロンドン、それからスコットランドの田舎町に移る。

ヴァージニア・マッケナは、「野生のエルザ」をきっかけに、動物愛護運動を人生のテーマに決めたらしい。1984年には、動物園調査運動(Zoo Check Campaign)に参加しているし、その関係で彼女自身も1991年に、Born Free Foundation という活動を始めた。Born Free というのは、「野生のエルザ」の原題である。意味は「生まれながらに自由」となるだろうか。その運動の対象動物には、イルカ、オオカミ、クマなども含まれる。

彼女は動物園の視察のために来日している。そして、ニッポンには基準に達している動物園がほとんどないという判断を下した。英国の動物園前では、時に、動物園に反対する運動家が静かにプラカードをかかえて立っていたりする姿を見かけるらしい。そういう人たちを批難するようなイギリス人は少ないだろう。動物園を楽しみにするような子供だって、心のどこかでは、彼らに共感を覚えているにちがいない。実際、英国の子供たちの中には、動物園に反対する子供が実に目立つのだ。英国には、動物園をそう簡単には作れない厳しい法律がある。

ヴァージニア・マッケナは、2004年、動物愛護運動を認められて、エリザベス女王からOBE勲章を授与された。国民を不幸にすることに指導力を発揮した首相でも、判を押したように、天皇から勲章をもらえるニッポンとは大ちがいだ。

きょうの写真に見える犬は、ヴァージニアが映画「かわうそ物語」で共演したわん公で、彼女はその後の実生活でも、彼(ジョニー)と一緒に暮らすことになる。

参考:「かわうそ物語」の解説

今日の音楽 : Born Free

Born free, as free as the wind blows
As free as the grass grows
Born free to follow your heart

Live free, and beauty surrounds you
The world still astounds you
Each time you look at a star

Stay free, where no walls divide you
You are free as a roaring tide
So there's no need to hide

Born free, and life is worth living
But only worth living
Cos you are born free

**
生まれながらに自由だ 
風が吹くように
草が育つように
生まれながらに自由だ 
自分の心に従うべく

自由に生きよ
されば、美は君を囲むだろう
世界はなおも君を驚かせよう
君が星を見上げるごとに

自由のままでいておくれ
君をさえぎる壁などもない場所で
うなる潮の流れのように君は自由
どこにも隠れる必要などはない

生まれながらに自由だ
いのちは生きる価値のあるもの
ただ生きる価値のあるもの
生まれながらに自由だからこそ

8 August 2006

変な人たち

大阪万博のシンボルとなった「太陽の塔」だけど、当時、高さ70メートルもあったというその塔にのぼって、目玉の中で1週間立てこもった男がいたらしい。制作者の岡本太郎も、なんか変な人だったイメージがあるが、その上をゆく変な人が、世間には少なくないようだ。

ぼくはその男に、数年前に偶然、出逢ったことがあるのだ。どういうわけか、ぼくは彼に犬の話をしていた。それを熱心に聴いていた男は、話が一段落ついたときにこう言った。

「社会運動をされている方ですか?」

「いいえ、そんなたいそうな人間じゃありません 。ただのイヌバカですぼくは」

「できれば、ここにサインしていただけないでしょうか?」

そう言って、彼は鞄の中からメモ帳を取り出した。ぼくは内心かなり戸惑ったけれど、いかにも純朴な人に見えたので、名前を書くことは書いた。すると、あちらは名前と電話番号を教えてくれて、ぼくの連絡先まで訊くのだ。ぼくは電話がきらいなので、代わりにメールアドレスを書いた。彼が自分のことを語り、太陽の塔について教えてくれたのは、その直後だった。

ニッポン人でぼくを理解してくれる人は、もしかすると変な人なのかもしれない。あの時ほど、そう思ったことはない。

今夜の音楽 : First of May

First of May の歌詞

7 August 2006

高い所はお好き?

増上寺の近くに屋台があって、BBC(愛犬のペンネーム)とよく散歩の途中で立ち寄ったものだった。そこのラーメンは、なかなかの味だったから、そばを通るとつい食べたくなってしまう。ふつうはチャーシューが1枚しか入っていないのに、ぼくが注文すると、いつも3枚入ってきた。BBCのために2枚余計に入れてくれたのだ。

今では、肉は焼き鳥くらいしか食べなくなったので、ラーメンのチャーシューは、みんなBBCのものになっている。ちなみに、あすこの屋台で焼き鳥を注文すると、BBC用には、サビ抜き、じゃなくて、塩抜きで焼いてくれた。

ある晩のこと、ほろ酔い気分で屋台を出て、東京タワーの方向へ歩いて行ったら、いつになく人の姿が多いので、何か変だなと思ったら、だれかが東京タワーの鉄塔にしがみついているという。よく見ると、たしかにずっと高い所に何やら人間らしき物体が見えた。テレビのカメラも向けられていた。散歩の途中、よく映画のロケに出会ったものだが、あの東京タワー男は、俳優でもスタントマンでもないようだった。

どうしてあんなことができるのか、ぼくには理解できない。むかし、新宿の高層ビルのガラス張りのエレベーターに乗って、とてもこわい思いをした記憶がよみがえる。ぼくはかなり高所恐怖症気味なのだ。観覧車だってこわいくらいだ。としまえんのジェットコースターなんてのは、絶対に乗れない。ディズニーランドが限界だ。できれば、花やしき程度のものが、いちばん相性がいい。

今朝の音楽 : Dream a Little Dream of Me

Dream a Little Dream of Me の歌詞

5 August 2006

進化しすぎたサル

あえて進化論的にいえば、人間はやや進化しすぎたのかもしれない。創造論的にいうなら、人間は被造物にすぎないことを忘れてしまったようだ。

動物には宗教がなくても、被造物としての分をちゃんとわきまえて生きている。人間は勝手に宗教を創造するが、多くの場合、神でさえも人間の都合に利用されているかのようだ。その一方で、神の存在を否定することも、人間にはたやすいことだろう。

いずれにせよ、人間は被造物であることを忘れ、地球を支配する神であるかのように、おごり高ぶるほど、進化してしまったらしい。天災ですら、すでに人間の仕業になりつつある。科学は地球最後の日を予測できるかもしれない。しかし、科学にそれを防ぐことはできるのだろうか。

今夜の音楽 : Pipes of Peace

☆ ポール・マッカートニーが、1983年に発表した曲です。いかにもポールらしいメロディーにのせて、平和を歌っています。歌詞はこちらでどうぞ。

Pipes of Peace の歌詞

4 August 2006

グールドもイヌバカだった!

きょうの写真に写っている犬は、少年だった頃のグレン・グールドと連弾する彼の愛犬。

彼は実に変なピアニストだった。デビューしてまだ2年の若僧グールドは、バーンスタイン指揮するニューヨークフィルと共演することになった。会場のカーネギー・ホールに彼が現れたのは出番2分前。セーター姿のままステージに出ようとするグールドを、バーンスタインは必死で止めたという。

ジョージ・セルと共演したときには、椅子の高さを調節するのに、オーケストラと聴衆を30分も待たせたとか。彼は椅子には特別に何かのこだわりがあったらしい。いつも使用していたのは、父親特製のなんだか足の短い変な椅子だった。それをスタジオ録音のときにも使ったから、ピアノの音と一緒に、椅子のきしむ音だって、ちゃんと聞こえるのだ。そして、普通は聞こえないはずのピアニストのハミングまでシッカリ聞こえる。

こんな変な人だから、犬との関係においても、いろいろ伝説が残っていそうな気がする。彼が愛犬家だったという事実は、ぼくのブログにコメントを残してくれる beldam さんから初めて知ったことで、さっそく調べてみたら、ロシアに演奏旅行中、愛犬に手紙を書いたという情報だけは発見できた。きっと、まだまだあるだろう。これで、またぼくの研究課題がひとつ増えたわけだ。いやあ、人生って、ほんとに楽しいものですね。

ところで、beldam という英語は「老婆」という意味だけれど、どうやら beldam さんは、けっこう若くて美しい女性のようだ。古いフランス語では、bel は「美しい」という意味だったらしいから、たぶんまちがいないだろう。ちなみに、ぼくの本名 BadBloke の意味は「悪いヤツ」で、まちがいなく、ぼくは悪いヤツなんです。ごめんなさい。

今夜の音楽 : Inventionen (J S Bach)

☆ これは珍しい録音です。グールドが、自宅でピアノを、かなり適当に弾いてます。

Source: Library and Archives Canada/Glenn Gould fonds/MUS 109 - 7535
© Estate of Glenn Gould and Glenn Gould Limited

3 August 2006

母校はどこへ行った

なだいなだ著『野越えやぶ越え「医車」の旅』の中に、「見失われた母校」というのがある。なだファンならご存知のように、なださんは、灘中学ならず、麻布中学出身である。もしかすると、地方の人には開成ほどには有名でないのかもしれないが、麻布といえば、東京の教育ママたち憧れの超名門校であることはまちがいないだろう。

ところが、なださんが書いているように、旧制中学の時代には、事情がややちがっていたようだ。当時の麻布中学は、東京のエリートコース(一中から一高とか)から少しはずれた「落っこち仲間」の集まる学校であった。なださんは今の麻布を思い、このように言う。「今や私たちがかつて占めていた空間を、すきのない、そつのない、将来官僚にもってこいの生徒たちがうめることになってしまった」

このごろのニッポン人は、何かと他人の作文を検閲したがる傾向が強いようだから、なださんのこんな発言にも文句をいう人がいるのかもしれない。もちろん、麻布に入学する生徒が、みな一様に官僚向きだとはいえないだろう。しかし、幼少の頃から公園で犬と遊ぶこともなく、進学塾に通っていた少年たちでなけりゃ、今の麻布に合格することはむずかしいと思う。

なださんは、医学を学んだ慶応のことについても、「母校はどこかに行ってしまった」と書いている。たしかに、慶応も東大も、今の学生たちの傾向はたいして変わらないように思う。むかしは慶応ボーイなどといったらしく、お坊っちゃん学校の代表みたいな慶応だったけれど、今や父親の稼ぎで見るなら、東大の学生のほうがお金持ちの家庭出身になるらしい。だれがこんなことまで調べるのか知らないけれど。

なだいなだの本をよく読んでいた十代の頃、実はぼくも医学部に進むかもしれないという事情があって、慶応医学部をかなり意識していたことがあった。ところが、たしか高校2年生になった頃だったか、医学部の授業料が一気に値上げされて(ずっと昔から何度も値上げされてたらしいけど)、ぼくとしては、とんでもない高額な数字になってしまったのだ。

ぼくは当時の父の収入がどれくらいなのかさっぱり知らなかったけれど、近所の幼なじみの屋敷や祖父の家などとくらべたとき、自分の家がずいぶん小さな家に思えたことはたしかで、心のどこかで「うちは貧乏にちがいない」という思いがあったらしい。もちろん学力の問題もあったけれど、何よりも経済的な理由で、ぼくは慶応医学部をあきらめたのであった。両親にも話していないことをネット上で公開してしまうなんて、ぼくはやっぱりハダカが好きなのかもしれない。

お昼の音楽 : Le jeu du téléphone

2 August 2006

見上げてごらん

天文学は、ぼくが専攻した細胞学よりは、ずっと美しい学問だと思う。なぜかというと、動物を実験に使わないから。子供の頃からただ星を見るのが好きだった人たち。そのまま大人になっただけのような人が、きっと天文学者には多いのだろう。

生物学なんてのも、子供の頃から昆虫採集が好きで、中高生になった頃には、生物部に属してウサギの解剖なんかを熱心にやったような人が多いのかもしれない。最近では、生命科学が出世コースだから、ただそれだけの理由で生物学へ進む人も多いのだろう。出世のためには論文にウソも書くような生命科学者が、将来はもっと目立つようになるのだろうか。そんな学者に殺される動物たちの心のほうが、彼ら人間の心より、ずっと美しいにちがいない。そういえば、このごろの高校生には、犬がきらいなのに、獣医学部を受験する優等生が増えているという。

ぼくは、子供の頃から、昆虫採集がきらいだった。自由に飛んでいるチョウチョは、そのまま自由に飛んでいる姿を見るのが好きだった。そんなチョウチョを捕虫網でとらえ、小さなかごに閉じ込め、毒の入った注射針で殺して標本にするなんてのは、ぼくには野蛮なことに思えたのだ。学科としての生物も好きじゃなかった。受験科目は、物理と化学を選んだ。

ただ星を見るのが好きだった少年も、偉い学者になると、あの頃の純粋な気持ちを忘れてしまうのかもしれない。『星の王子さま』も『幸福の王子』も、美しいものを忘れがちな大人たちに向かって、何かだいじなメッセージを語っているように思う。

今朝の音楽 : Goodbye Blue Sky

☆ 1979年に発表された Pink Floyd のアルバム The Wall の中に入ってる曲です。反戦歌と呼んでもいいでしょう。

  考えてみたことあるかい?
  すばらしき新世界の約束が
  きれいな青空の下に広がる時
  どうして、ぼくら防空壕に向かって
  逃げて行かなきゃならなかったの

原文はこちらでどうぞ。

Goodbye Blue Sky の歌詞

1 August 2006

あるイギリス映画の話

「小さな恋のメロディ」という映画があった。制作者の名前には、今や英国の映画界を代表するデヴィッド・パットナムの名が見られ、その脚本はアラン・パーカーが初めて手がけた脚本だった。キャストは、ミュージカル「オリバー!」で注目された子役マーク・レスターを主役にしていた。

最初、この映画の題名は、S.W.A.L.K. となる予定だった。これは、Sealed With A Loving Kiss(愛を込めたキスで封印された) の略で、英国の子供たちがよくラブレターの封に書いた決まり文句(殺し文句?)だった。しかし、これはアメリカ人には通じない英語だったから、To Love Somebody という案も出たけれど、結局、主人公の女の子の名前 Melody に落ち着いたのだった。邦題の「小さな恋のメロディ」は、メロディの意味を勘違いした人が多かったとは思うけれど、なかなか良くできた題名だと思う。

メロディ役の女の子トレイシー・ハイドは、当時のニッポンの映画雑誌での人気投票で、しばらく首位の座を独占したらしいけれど、どういうわけか、これ1本で映画の仕事をやめ、やがて大人になって会社勤めを始めた頃には、友人のだれもが彼女の映画のことを知らなかったという。

ニッポンでは、子役でカネ儲けをねらう人間がきっと多いにちがいない。我が子を芸能界に進出させたくて、人生のすべてをかけているような親も、おそらく多いのだろう。子供が夢をもつことは大いにけっこうなことだけれど、かつての医学部ブームなどと同じように、子供よりも親の方が熱心だとすれば、子供の夢は今でも大人に支配されたままになるだろうか。

ここでいきなり犬の話をしても、ぼくの正体を知る人なら驚かないと思う。ニッポンで人気のある犬種は、レトリーバーに限らず、英国産が多い。それなのに、輸入される犬の90%以上は、米国生まれだという。本家本元の英国から輸入される犬は、1%ほどにすぎない。

イギリス人は、一般的に商売がへたなのかもしれない。まして、犬のことになると、カネ儲けよりは犬の幸福を願うのが普通になるから、そう簡単には犬を売らない業者が多いようだ。ペットブームのニッポンなのだから、その気になれば、犬を売るだけでも、どれほどカネを稼げることか。しかし、イギリス人は、特にニッポンには犬を輸出したがらないようだ。流行のファッションを追うように犬を買い、いらなくなった服を捨てるかのように犬を捨てる。そんな飼い主が目立つというウワサは、海を越え、空を超え、遠く英国の田舎にまで届いているらしい。

映画の話にもどれば、トレイシー・ハイドは、現在、フランスの田舎で家族と一緒にひっそりと暮らしているそうだ。きっと家の中には犬もいるように思うけれど、これはぼくの勝手な想像にすぎないかもしれない。さらに想像をふくらませれば、その犬の名は、メロディかもしれない。

今朝の音楽 : Melody Fair

☆ このページの左下に見える Melody_Fair.wma をクリックすると、ウィンドウズ・メディア・プレーヤーが起動し、音楽が始まります。映画では、ビージーズが歌っていましたが、ここではパフィーじゃなくて、香港の双子のようです。

♡ 「双子(Twins)」というのは芸名らしく、ほんとうの双子ではないようです。(8月4日追記)

この映画の中で、小さな恋人たちが残した忘れられない会話があります。それを紹介している解説を見つけました。

「小さな恋のメロディ」解説

何か胸にジーンと来る解説です。ただし、ふたりが通う学校を「パブリック・スクール」と書いていますが、それはまちがいで、コンプリヘンシブ・スクール(comprehensive school)と呼ばれる普通の公立学校だと思います。英国でパブリック・スクールというと、なぜか私立学校になってしまい、特別な歴史のある学校だけをそう呼ぶのです。

これを見て懐かしく思う人は、かなりの映画通か、ただの中年かでしょうね。

Melody & Daniel in the cemetery

クリックすると、リアル・プレーヤーが起動します。このアプリのインストールに関しては、下の「コモンセンスが通じない」で紹介したリンクを参考にしてください。(回線の混雑などの理由でつながらない場合、しばらく忘れて散歩にでも出かけ、あとでもう一度思い出してみてください。)